hibi-ki的 がんばらなくていい移住 # 3
Special Issue 4
仕事を遊びにする
保育園児たち
2021.5.13
山梨県西部、都心から車で約70分の距離にある都留市。1000m級の山々と豊富で清らかな水に囲まれた地で、人口約3万人が暮らしています。ほどよい環境のこの地域で、子どもから大人まで“森に学ぶ場”が近年増えてきています。その活動の最前線を、響hibi-ki独自の目線で取材してきました。

「裏山で子どもたちを遊ばせている保育園がある」と聞きつけた編集部が向かったのは、幼保連携型認定こども園の「開地保育園」です。実際に裏山の様子を覗かせてもらいながら、園長の亀澤正隆さんに裏山の利用と保育について話を聞きました。

写真:西山 勲/文:田中 菜月

子どもが園庭で
サルに襲われた

都留市のちょうど中央部に位置する開地保育園は、市街地から車で10分ほど離れた山間にあります。園舎のすぐ裏に山道があり、そこを歩いて5分ほど山を登ると、園児たちがいつも利用している開放的な空間が現れます。

利用する裏山の広さは約3ha。現在はクラスごとに週3、4回くらい利用している。

そこそこ傾斜のある坂道を登り終え、息を乱しながら裏山利用の経緯について亀澤さんに話を切り込みます。

「数年前に子どもとはぐれたと思われるサルが山から降りてきて、うちの園児がそのサルに園庭で襲われたんですよ。その一件が起きてから、“山に入らない”選択肢じゃなくて、“山に入るためにどうするか”を選びました。子どもたちの経験の幅を狭めたくなかったし、何より自然から学ぶことに価値を感じていたからですね」

元理学療法士の亀澤さん。母の跡を継いで園長に。自らの経験を活かし、園の隣に高齢者向け施設も創設。

この件をきっかけに「森の整備委員会」を立ち上げ、子どもたちにとってどんな森が大切なのか、何のために森に入るのか考え、その計画をもとに本格的な裏山の整備がはじまりました。都留市職員のばんちょ南都留森林組合都留文科大学の高田先生、近所の小俣製材所、保育士、亀澤さんの父である泰隆さん(地主)と、多種多様なメンバーが整備委員会に加わっています。

広場は大まかにゾーン分けされ、下のエリアは“観察ゾーン”になっています。巣箱があったり、リスが渡れるロープが張ってあったり、遊びの要素は控えめです。中央には見晴らし台や集合場所などに使われる広場が設けられています。上方エリアは“遊びゾーン”として、子どもたちが乗って遊べるロープが張り巡らされています。遊びの中に学びの要素を盛り込んだ整備がなされていますが、あくまで最低限の範囲でシンプルに環境が整えられています。

ここには特に決められた遊びはありません。子どもたちが自由に思いつくままに過ごしています。決められた遊びがないからこそ、子どもの発想力や探求心、好奇心が発揮された遊びが生まれています。取材に訪れた日は落ちた枝で“鬼滅ごっこ”をしている姿や、クリスマスツリーらしきものをつくっているグループもいました。流行や季節感を取り入れた遊びのセンスに脱帽です。

山で階段をつくる
子どもたち

山の中で遊ぶようになって、子どもたちの一番大きな変化は身体に現れたと亀澤さんが教えてくれました。

「身体能力の変化というか、バランス感覚が養われたと思います。この山を走って登り降りしますからね。子どもたちの体幹バランスはすごいですよ。体幹バランスが整うことは、子どもが成長する上でとても大切なことです。初めて裏山に入るときはお尻をついて降りる子もいます。怖くて泣いちゃう子もいますけど、それは当然です。何度も登ったり降りたりを繰り返すことで、自然と危険を回避するような身体の動かし方が身についてくるんですよ」

裏山から見える景色。奥の山は遠足で登るという「三ツ峠山」(標高1785m)

骨折などの大ケガも起きたことはないと言います。身体の使い方が自然と鍛えられていくのでしょうか。子どもたちの秘めたる身体能力恐るべしです。

何やらせっせと働いている?子どもたちを見かけて声をかけると、「階段つくってる!」と返事が返ってきました。どうやら見晴らし台へ降りるための階段をつくっているようで、この日は仕上げの3段目をつくっているところでした。この場所以外にも登ってくる途中の道にあった階段も子どもたちがつくったのだそうです。仕事が遊びになり、その遊びから学びが生まれると亀澤さんは話します。

落ちていた木のかたまりで幹を地面に打ち込む少年。大人顔負けの身のこなし。この頃よくやっているという薪割り作業の経験が活きているのかも?

「この子たちはノコギリも金づちも釘も使えるし、火起こしもできますよ。こないだはナイフの使い方も教わって、干し柿をつくったり鉛筆を削ったりしました。“生きていく力”をどうやって伸ばすかがここでの一番のポイントなので、こういう経験は重要ですね」

「ハチだよ」

おもむろに亀澤さんが子どもたちに向かって声をかけました。すると子どもたちは黙って一斉に頭を守るようにかがみます。「OK、いいよ」と再び声をかけると、何事もなかったかのように元に戻っていきました。

「遊びは自由でいいんですけど、安全に遊ぶためのルールは決めておかないといけません。山の中はいろいろと危険なこともあるので、こういうルールを知らないと山には入れないです」

ルールはさまざまですが、例えば緊急時に備えて、必ず男性職員が一緒に登ることになっています。子どもたちや職員の安全を確保するためのリスク管理をする必要があるからです。園児も職員も自然の怖さや危機管理については、専門家からしっかりとレクチャーを受けた上で、最大限の対策をしています。クマなどの野生動物に遭遇することを回避する対策として、駆逐用煙火の花火を上げてから山に入るようにもしていると言います。

一定の決まりごとは必要ですが、その一方で、子どもたちのさまざまな様子を観察していると、機会を与えてあげれば想像以上に子どもたちは何でもできるし、勝手に伸びていくものなんだと、自分の凝り固まった考えがほぐれていきました。

「機会を与えるということは、事前に一人ひとりの子どもたちの様子をきちんと評価しておかなければできません」と亀澤さんが話すように、子どもたちの状況を把握した上でのリスク管理が必要になります。そうした配慮があるからこそ、『これは危ないからダメ』と好奇心や探求心を阻むことなく安全に活動でき、子どもたちが遊びを追求できる環境が生まれているのです。

変な大人が
たくさんいます

「このあたりは“変わった大人”が多いんですよ(笑)。“変わった”は語弊がありますね。子どもたちの目線に立ってくれる、そして子どもたちにとっていい見本やモデルになってくれる大人に恵まれているということです。園児たちに真剣に関わり、向き合ってくれますから」と亀澤さんが言うように、「森の整備委員会」を中心に色んな大人たちとの交流があります。

南都留森林組合は園児と一緒に間伐体験を行ったり、小俣製材所は裏山でとれた木材を板に挽いてくれたり、都留文科大学の高田先生は学生を引き連れて一緒に木材の搬出を手伝ってくれたり、チェーンソーの資格を持つ保育士さんは子どもたちの間伐体験前にデモンストレーションで伐採したり、とにかく色んな大人が子どもたちの周りにいます。

「こないだは宝の山(都留市役所のばんちょが運営を担当するネイチャーセンター)へ行って、遊ぶんじゃなくて仕事として、池と川の掃除をしたみたいです。その代わりに子どもたちが『マグロをください』って請求書を渡して、マグロはなかったからヤマメをもらって、それを自分たちで捌いて、火を起こして、焼いて食べたそうですよ」

実際、大人自身も面白がって関わってくれているような印象を受けます。もちろん労力はかかるでしょうが、大人が楽しんでいれば、それが子どもにも伝播するものなのかもしれません。

「こうして子ども心を持って一緒に楽しんでくれて、そして協力してくれる大人が地域にいることは、とっても魅力的だと思います。色んなスキルや考えを持った人がいるし、何かやろうと言ったときに賛同してくれる人たちがいる。なにより、子どもを一人の人間として尊重してくれている。これが子どもたちの育ちには非常に重要だと思っています」

気持ちを大切にされて育った子どもたちには意欲が生まれ、挑戦し、楽しい・悔しい・なぜ?といった感情を経験し、それが次の意欲につながっていきます。このサイクルで育つと、子どもたちの自信が増していくのだそうです。

「自然を通した遊びの中で“危険で真剣に遊ぶ”経験もしていますし、なにより自分の探求心や好奇心といった意欲のもとに活動しているので、子どもたちはいつも一生懸命です。好奇心旺盛ですし、学び方も知っています。これこそが“遊びが学び”になっているのだと感じます」

開地保育園での自然体験活動は、実は全体のごく一部の活動です。英語や異文化交流、体育教室、農園や料理、高齢者との交流など多様な取り組みを実践しています。

「うちの保育園には『より多くの経験をすることで子どもたちの無限の可能性を広げたい』という保育理念があります。だから“経験活動”として幅広く取り組んでいます。その中の一つに、林業体験や自然体験があるという感覚です。経験したことが増えるほど、『これ知ってる!やったことある!』という強みが増え、それが後押しとなって何事においても『やってみよう』というマインドが育つのかなと思います」

そうした経験を踏むには、身近にいる色んな大人と関わることが重要、というわけです。大人が子どもたちとどのくらい真剣に向き合い、関わってくれたかが、未来の子どもたちの姿に大きく影響するのでしょう。この地域にはまさに今、子どもたちの成長に真剣に取り組んでいる大人たちがいます。子育ての視点からも地域の特徴が見えてきました。

●Information
開地保育園
山梨県都留市小野623
TEL&FAX 0554-43-3647
(受付時間は月~金曜日の8:00~17:00)
HP http://shinseikai.ed.jp/

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田中 菜月 (たなか・なつき)
1990年生まれ岐阜市出身。アイドルオタク時代に推しメンが出ていたテレビ番組を視聴中に林業と出会う。仕事を辞めて岐阜県立森林文化アカデミーへ入学し、卒業後は飛騨五木株式会社に入社。現在は主に響hibi-ki編集部として活動中。仕事以外ではあまり山へ行かない。
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