hibi-ki的 がんばらなくていい移住 # 3
Special Issue 5
どんな子でも
俺んとこに来い!
2021.5.13
山梨県西部、都心から車で約70分の距離にある都留市。1000m級の山々と豊富で清らかな水に囲まれた地で、人口約3万人が暮らしています。ほどよい環境のこの地域で、子どもから大人まで“森に学ぶ場”が近年増えてきています。その活動の最前線を、響hibi-ki独自の目線で取材してきました。

今回の都留市の取材先で必ずと言っていいほど名前があがる“ばんちょ”。都留市役所の職員で、“宝の山ふれあいの里”と呼ばれるネイチャーセンターの運営を担当している佐藤洋さんです。施設を利用する園児たちが昼寝中の昼下がり、宝の山を訪れて、都留市の取材でキーワードになっている“森林環境教育”や佐藤さん自身の活動について話を聞きました。

写真:西山 勲/文:田中 菜月

森林環境教育だけで
自立した人間が育つわけじゃない

森林環境教育と聞いて、なんとなく子どもにとってはいいのだろうと漠然としたイメージを持っていただけの編集部に、諭すようにばんちょが教えてくれました。

「森林環境教育の一番のゴールは、“相手側になる”ことです。それは人間だけじゃなくて、例えば動物側の立場になることもそうです。そのゴールを目指して体験プログラムをつくるようにしています。“何かができる”ことが大事なんじゃなくて、“そこにどう向き合うか”、“課題をどう解決するか”っていう気持ちを育てないと教育にはなりませんから。自然にふれることで自然界に対する察知能力が身につきますし、人の気持ちも汲み取れるようになって、自分の気持ちも発信できるようになります。そのトレーニングの一環として森林環境教育があるんです」

まさにこの考えが開地保育園の裏山の活用と結びついていることに気づきます。園庭で子どもがサルに襲われてしまった事実に対して、どのように向き合い、脅威でもある自然とどう付き合っていくのか。それを考え、行動に移すために、森の整備委員会が立ち上がったというわけです。森の保育園を通じて子どもたちに体験教育を行うだけでなく、準備段階を含めて大人を巻き込んだ一つの社会教育とも言えます。

●開地保育園の記事はこちら

他方で、佐藤さんが今一番気にかけているのが、森林環境教育に対する過信です。

「僕たちがやっている教育ではプロセスを大事にしていて、子どもたちの個々のスキルに合わせてサポートするようにしています。個人のスキルが上がれば集団のスキルも自ずと上がって、それが結果的に社会のためになると思いますし、その“手段の一つ”として森林環境教育をやっていきたいと思っています。ただ、自然保育とか環境教育だけやれば自立した人間が育つわけではありません。森林環境教育をきっかけに、たくさんの人と関わってもらいたいし、だから僕もいろんな人と関わります。そうすると色んな社会のことがわかってきますから」

都留市内の取材先のあちこちでばんちょの名前を耳にするのは、彼のこの考えとつながっているのだと腑に落ちた瞬間でした。

渋谷育ちの小学生が初めて知った
“生きる”ということ

宮城県出身のばんちょは林業科の高校を卒業後、都留文科大学へ進学し、環境生態学を専門にムササビやリス、ネズミ、モグラなどの小動物について学びます。その後、都留市役所の嘱託職員として「宝の山ふれあいの里・ネイチャーセンター」で働きはじめ、2年後の平成10年には市の職員として博物館学芸員に採用されます。以後、この施設を拠点に20年以上活動し続けてきました。

最初の頃は一般的な博物館学芸員の活動をしていました。山を歩いて写真を撮り、森でのできごと、感じたこと、疑問に対して仮説を立てたこと、実証したこと、森や木々のことをフィールドノートに記録。施設や地域のことを知ってもらおうと、記録をまとめたものを3年ほど地区の人に配布していました。都留市の広報にも載るようになり、約5年執筆を続けたそうです。この他にも、写真展示や野生動物の観察会なども行ってきました。基本的には、生き物や野生動植物について調査し、それらを市民に伝えていくことが最初の主な活動でした。

「当時は毎日充実していたんですけど、『社会のためになるのかな?』と考えることもありました。『毎日遊んで何やってんだ』って役所の人にも言われちゃうし、人も来ないし。そこは悔しいので『絶対に来たくなる場所にする』って思っていました。改めて振り返ると、これまでの博物館業務は物事や事象の本質を追い求めていたことに気付きました。本質を捉えて、深く掘り下げる基礎をつくっていたということです。だから、子どもたちに『生きることに無駄はない』と伝えられている今に、これまでの経験がつながっていると思います」

「人の役に立ちなさい」と言われて育ってきたばんちょにとって、働きはじめた当初は思い悩んだ時期でもありました。そうした状況に転機が訪れたのは、前市長の「営業へ行ってこい」という一言でした。それから3年ほど東京方面(文京区、杉並区、渋谷区、品川区、新宿区など)へ足繫く通うことになります。教育委員会などを訪れ、教育長たちに施設利用のプレゼンを重ねていきました。これをきっかけに、渋谷区の小学校は宿泊自然体験学習として宝の山ふれあいの里へ12年間、毎年来てくれるようになったと言います。これ以外にも地元内外の利用者が増え、今では、小・中学校の林間学校や遠足の開催地として定着するようになりました。

「『生きるってこういうことですか?』って子どもがね、体験学習の2日目くらいに言ってくるんですよ。それは富裕層の子どもたちなんですけど、中には火が起こせなくても自分は勉強できるからいいでしょみたいな顔をしたり、靴のかかとを踏んだまま登山したりする子がいるんですよね。それに、親との関わりが薄いから、会話しないし、会話の質が低いんですよ。それが気になって、学校まで行きましたから。『親呼んでください』って。『一緒にごはん食べてもらっていいいですか?先生は言えないと思うから僕が言います』って。そういう機会をつくってもらうようになりました。それから運動会とか学芸会にも呼ばれるようになって、かなり交流がありましたね」

都留市周辺を含め、都市部の子どもたちと関わることで、養育事情や家庭生活を把握するようになったばんちょ。子どもたちのリアルな声を保護者や社会へ返していった結果、学童期の体験活動の提供に限界を感じるようになりました。自然体験活動をはじめる時期は、小学校に上がる前の、できるだけ幼い時期から行った方がいいのではと考えるようになっていきます。

めんどくさいは
最高の褒め言葉

ばんちょの話を聞いていると、子どもだけでなく“大人への教育と共育(※)”も必要なのだという耳が痛い事実にも気づかされます。

※「共育」とは、保護者や学校など教育を行う主体だけでなく、多様な立場の人や組織が連携して教育に加わること、あるいは教育や指導を行う側と受ける側がともに学んで成長していくこと。

「保育園と幼稚園の子どもたちがこの施設に来続けると、異様にスキルが上がりすぎてしまうんですよ。動物のフンや死体を見たときの免疫がすごく高まる一方で、家族とのギャップが生まれます。『そんな汚いもの持って帰ってこないで』みたいな反応をされるわけですよね。それが子どもにとっては良くないので、家族とのギャップを埋めていく活動もやっています」

子どもたちのスキルが上がるのは、興味があるものに対しての情報吸収率が高く、園も施設側も子どもたちの「やってみたい」「やってみる」の意志を尊重しているからこそです。例えば、動物のフンを解析してみたり、死への向き合い方、生物が死んだ後の役割、他の生物との結びつきなどを丁寧にアクティブラーニングすることで、自然界の出来事に対する免疫力が高まります。

さらに、興味のあることを家族に話すことも必然だとばんちょは話します。ただ、今の暮らしと森は大きくかい離しているため、大人が受け入れ、共感することが難しくなっています。その溝を少しでも浅くするため、子どもも養育者も保育者も指導員もともに学んでいくことを“共育”と位置付けています。
※保育に関しては、「生命の維持と情緒の安定」が原則です

大人向けの教育として、開地保育園の入園式などでは保護者に対して“子どもたちとの向き合い方”について説明をするようにしているそうです。自然体験活動を通じて経験し学んだことを家庭でも話すことで、子どもたちは自分の中で社会性を担保しようとするものなのだと言います。だからこそ森での遊びを受け入れてあげる必要があり、それによって子どもたちの自己肯定感が高まることも考えられるようです。

こうした考えや取り組みに対して、厄介な印象を持たれることもあるそうですが、“それでいい”とばんちょは穏やかな笑顔で話します。

「『ばんちょ、めんどうくせえな』みたいに嫌厭されることもありますけど、僕はあえてめんどうくさい仕事をしているんで、それは最高の褒め言葉だと思っています。効率のいい、楽な道はなるべく選びたくないですね。モノが壊れたら100均で新しいものを買うんじゃなくて、自分で直そうって。物事の本質をちゃんと理解していった方が豊かになると思うんですよね。モノとお金を得ることだけが豊かではなくて、知識を経験値に変えられることが本当の豊かさだなって僕は思っているから。そうしたことができるようになるまでのプロセスが子どもたちには大事だと思います」

今では、都留市周辺の幼保園だけでなく、県内や遠くは三重県からも指導の依頼が来るようになりました。他にも人材育成や森の調査などばんちょのタスクは盛りだくさんです。

《ばんちょの主な仕事》
・園庭Designwork
・森の植生/毎木調査
・森の総合健康診断
・保育士/幼児教諭人材育成
・森のリスクマネジメント研修講師
・森の見立て/伐採研修講師
・コミュニケーション障害/不登校児支援 など

森林環境教育の側面だけから社会を捉えているわけではなく、“社会教育・保育・幼児教育・学校教育のすべてがつながってこそ教育は成立していく”と考えているからこそ、ばんちょの活動は多岐に渡ります。

チェーンソーを使う保育士は
宝の山の卒業生!

宝の山へ取材に訪れた日は、ちょうど開地保育園の園児たちが森の保育に来ている日でした。引率していた保育士さんの中に、宝の山出身の方がいると知り、急遽話を聞かせてもらうことになりました。都留市で生まれ育ったという牛田美穂子さんです。

小学生の頃、宝の山で開かれていた「自然塾」に参加していた牛田さん。ばんちょが教育委員会で偶然見つけたという当時のアルバムを見せてもらいながら、開地保育園に勤めることになった経緯やばんちょとの関係性について聞きました。

「大人になってからまたここに戻ってくるなんてまったく思ってなかったです(笑)。もともと都留市内の保育園で就職先を探していて、ちょうど求人が出ていたのが開地保育園でした。それで採用してもらったんですけど、私が保育士2年目の秋に担当していたクラスの子がサルに襲われてしまって。そこから森の整備委員会に加わることになって、そこでばんちょとつながりました」

「森の整備委員会はそんなに大変だなっていう印象はなくて、大人の中に座っているだけで色々と吸収できるので。『面白い人たちがいっぱいいるな』って思っていました。保育士になりたてだったのもあって、何をやっても楽しかったですね。自分にとっては吸収するタイミングだったのかもしれません」

牛田さんはチェーンソーを使いこなす保育士さんでもあります。全国を探してもそういない人材です。

「子どもと一緒に裏山で間伐体験をしているときに、ばんちょや南都留森林組合さんに『チェーンソーやってみる?』みたいな軽いノリで誘われて。そのときにたまたまチェーンソーの特別講習があったので受けることにしました。それからは保育園の仕事の中でチェーンソーを使ったり、ばんちょのところで一緒に練習させてもらったりしています」

見た目だけではわからない規格外な保育士さん。仕事観も独特です。

「外に出るのが好きなので、今の仕事内容は苦じゃなくてむしろ楽しいです。薪割りとかお湯を沸かすとか掃き掃除するとか、仕事と生活の境界線が曖昧になっているけど、どれも網羅されているみたいな感じがすごい面白いと思います。ここも週に1回は来ていますけど、ほとんど生活の場みたいな感じになっちゃってますね」

ばんちょがこの20数年取り組んできたことは、牛田さんの今につながっているように感じました。

でも、まだまだ変えていくことはあると話すばんちょ。保育園・幼稚園から小学校へ上がると180度変わってしまう環境に、子どもたちはかなり苦しんでいると言います。現場の考えのズレも大きいそうです。

「どんな形でもいいから学校教育に参入したくて、今は小学校で『放課後子ども教室』を月1回はじめました。それと、とりあえず荒れてる子は俺んとこ来ますね。すべてではないですけど、家庭や社会、学校で荒れてる子どもや子育てに悩むご家庭はまず相談に来てくれるようになりました。施設や自分自身が地域の“安心装置”として機能しはじめていることはありがたいことです。今は、社会教育の観点から地域のさまざまな施設や人と連携しているので、どんな子でも来いですよ。すぐに適切なところへつなげます」

めんどうなことを引き受けてくれる大人がいること。それもまた地域の一つの宝だなと思います。

●Information
宝の山ふれあいの里・ネイチャーセンター
山梨県都留市大幡5108
TEL 0554-45-6222
HP https://www.city.tsuru.yamanashi.jp/benri_service/facility_map/1/7/9371.html

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田中 菜月 (たなか・なつき)
1990年生まれ岐阜市出身。アイドルオタク時代に推しメンが出ていたテレビ番組を視聴中に林業と出会う。仕事を辞めて岐阜県立森林文化アカデミーへ入学し、卒業後は飛騨五木株式会社に入社。現在は主に響hibi-ki編集部として活動中。仕事以外ではあまり山へ行かない。
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