hibi-ki的 がんばらなくていい移住 # 3
Special Issue 2
学校をはじめた
森林組合
2021.5.13
山梨県西部、都心から車で約70分の距離にある都留市。1000m級の山々と豊富で清らかな水に囲まれた地で、人口約3万人が暮らしています。ほどよい環境のこの地域で、子どもから大人まで“森に学ぶ場”が近年増えてきています。その活動の最前線を、響hibi-ki独自の目線で取材してきました。

都留市周辺の森林を管理しているのが「南都留森林組合」です。職員数は11名と、森林組合としては小規模な組織でありながら、林業界でも先進的な森林空間活用の取り組みが進んでいます。なぜそうした活動ができるようになったのか、そして現在から今後の展開はどうなっていくのか、組合長の杉本光男さんと現場責任者で参事の竹田仙比古(のりひこ)さんに話を聞きました。

写真:西山 勲、取材先/文:高岸 昌平

丸太を扱うだけの林業は
もう終わった

「森林組合」と聞いて思い浮かべる仕事は、木を植えて育て、伐採して木材を販売する、といったようなイメージでしょうか。実際、多くの森林組合がそうした事業を行っています。でもそれ以上に「もっとやるべきことがある」と話すのは、南都留森林組合の組合長を務める杉本光男さんです。

普段は林業道具や農機具の販売店を経営している杉本さん。

市議会議員だった杉本さんが組合長に就任したのは10年ほど前のこと。組合に多額の借入金などがあったことから、人員を総入れ替えし、杉本さんの舵取りのもと改革に向けたさまざまな模索がはじまります。

そうした改革の一つとして浮上してきたのが、“森林の空間活用”でした。これまでの森林整備や木材生産に加えて、森林環境教育やツアーなどの空間活用を専門的に行う「ソフト事業部」を5年ほど前に立ち上げ、3事業部体制になりました。ソフト事業部の誕生により、学びや体験の場としての森林空間がより市民に開かれていくようになります。

《南都留森林組合の3つの事業部》
① 森林の調査・測量・書類作成・森林所有者との交渉など(渉外設計部)
② 植林や間伐などの森林整備や木材生産(森林整備部)
③ 森林環境教育やツアーなどのイベントを企画・運営(ソフト事業部)

加えて特徴的なのは、ほとんどの職員が上記①~③すべての事業を行うことができる人員体制です。各事業部に担当者はいますが、基本的にほぼ全員が現場・事務・インストラクターをこなせる体制になっています。

中央が竹田さん。左は地域おこし協力隊の辻さん、右は渉外設計部部長の卯月さん。

一見普通にも思えますが、安全が常に求められる林業では分業制をとり、担当業務ごとに専門性や効率を高める事業体が多数です。そのため、現場と事務作業を行う人は完全に分かれていることが多々あります。そうした状況とは真逆の南都留森林組合では、分業制を取っ払うことで「組合全体の取り組みに対して全員が責任感を持てるようになる」と竹田さんは話します。

また、横のつながりが生まれることで、職員同士の会話も増えるなど、風通しのいい職場環境を整えるきっかけにもなっているようです。雑談からひらめきが生まれると言われますが、まさにそうした相乗効果も生まれそうな気がします。

森林資源の活用や、そのための柔軟な組織体制づくりだけでなく、業界ではいまだ珍しい月給制の導入など、杉本さんを中心に変革が進められてきました。今ではかつての借入金もゼロになったと言います。「私だけでできたことではなくて、組合の皆で考えてやってきたことですから」と控えめに話す杉本さん。

こうした杉本さんの考えを、現在進行形で具現化させているのが参事の竹田さんです。6年前に竹田さんがやってきてから、南都留森林組合における森林の空間利用・環境教育の活動はさらに深化していきます。

パティシエから狩猟まで
経験豊富な“しいたけ課長”

竹田さんは、過去にパティシエをはじめ運送会社や獣害対策の仕事などもこなしていたという異色の経歴を持ちます。なぜ、林業の世界へ足を踏み入れることになったのでしょうか。きっかけは“マウンテンバイク”だったと振り返ります。子ども時代は東京の八王子で過ごし、植林された低い木々の間を縫って友達と自転車で林道を走り回った、その記憶がずっと残っていました。でも、大人になってマウンテンバイクで走る林道は、子どもの頃の記憶とまったく違った景色だったと言います。

「森の中が真っ暗だったので全然道も分からなくなっていました。山ってこんなふうに変わってしまうのかと思いましたね」

伐採体験などのときは「たけだ隊長」、植菌教室を行うときは「しいたけ課長」に早変わり。

植林されてからほとんど手が加わっていなかった森林は、うっそうと茂っていました。この体験から、人工林の荒廃する状況や林業の存在をはじめて意識するようになります。「今ならまだ違う道に行ける」という当時の職場の人からのアドバイスもあり、35歳に差し掛かるタイミングで森林に携わる道へ進むことを決断しました。

南都留森林組合では原木しいたけも生産している。

そして、東京環境工科専門学校に入学し、森林管理について学びはじめます。卒業後は、山梨県で鳥獣被害対策の仕事に就き、地元住民の手で被害を抑えられるようNPOの設立にも携わり、集落の自立・自衛組織支援を進めました。講習会の実施や、サルにGPSを付けた行動調査、罠の見回りなどの仕事で山梨県内の山を歩き回るうちに、都留の山の雰囲気が気に入ったと言います。そうしたタイミングで見つけたのが南都留森林組合の求人でした。

現場作業員としてバリバリ働くつもりで面接を受けたものの、組合側からは森林環境教育を任されることになります。「“え!?”とは思いましたけど、とりあえず入ってから考えることにしました」と竹田さんが話すように、思い描いていた働き方とは異なる形で就職することになりました。

杉本商店での取材時の一コマ。テーブル奥左が杉本さん、右が竹田さん。今の南都留森林組合を大きくかたどるのがこの2人。

しょうがなくやらない
森林環境教育

1年目の竹田さんは現場作業や調査に行きながら、森林環境教育の事業を当時の参事から引き継ぎました。そして、2年目には新設されたソフト事業部の責任者として動き出します。

森林環境教育プログラムの一つとして“しいたけの植菌体験”を小学校で指導している。実は組合職員には元教員が2名在籍し、教育事業で大活躍中。

現在は、年間60~70件の森林環境教育のプログラムを開いており、週1回以上開催しています。ほかの職員に企画を手伝ってもらいながら、地域の学校へのプログラム提供や、地域のイベントにも出展しています。組合の主力事業の一つにしたいと総売上の1割超を目標に掲げて精力的に活動していますが、それにはある理由がありました。

「ひと昔前の森林環境教育は、半ばボランティアのような形が多かったと思うんです。頼まれてしょうがなくやるというか。でも、やるからには収益が上がる仕組みをつくって、持続的な活動にしていきたい。また、次の世代につながっていくようにしたいとも考えています。子どもたちがしっかりと学んでくれたら、そのあとの木材利用につながるかもしれないですし、もしかすると林業の世界に飛び込んできてくれるかもしれない。収益化だけでなく、体験を通して信念のこもったメッセージを伝えていくことも重要だと思っています」

この日のしいたけ植菌教室では、ほだ木にするための丸太づくりから実施。山から丸太を運び出すだけでひと苦労。

収益化させて事業を続けていき、林業の未来につなげていこうとする思いがありました。また、森林環境教育のプログラムをつくる際は、学校側の要望や「子どもたちに何を伝えたいのか?」ということを探りながら丁寧に構成していきます。集中豪雨などの話と関連させ、森の手入れをして災害を減らすといった話や、鳥獣被害の話題と絡めた野生動物との共生など、テーマはさまざまです。

森林環境教育のプログラムの一つとして行われるチェーンソー製材。写真提供:南都留森林組合
写真提供:南都留森林組合

森林散策や工作をする1日のプログラムもあれば、自分たちのフィールドをつくり、その中で森林整備や資源活用を実践していく通年のプログラムもあります。そこから、“学校林づくり”に発展することもあるようです。森づくりの計画から組合が関わることで、子どもたちの体験にも幅が出てきます。中でも、“丸太の解体ショー”と題した、チェーンソーを使った製材が人気です。森で伐採された丸太をその場で板にすることで、暮らしの中にある木材がどのような流れを経て形を変えているのか、身を持って学ぶことができます。

プロを育てない?
都留市森の学校

子どもへの教育だけでなく、大人を対象とした「都留市森の学校」も2019年に開校しました。森林環境譲与税を活用したこの学校は都留市が主催ですが、南都留森林組合が提案し、企画から運営まですべて担っています。コンセプトは“地元の森林所有者が森林に対して責任を持てるようになること”だと言います。つまり、プロを育てるための学校ではないのです。

「ここで得た知識・技術を必ずしも実践しなくてもいいと思っています。ただ、森林整備を誰かに頼むときに、依頼する側の人がしっかりとした知識を持っていた方が丸投げになりませんよね。そうした人が増えていけば、森の活用もいい方向に向かっていくのではないかと思います」

林業に従事する人以外にも、森林に関する知識と技術を身につけた人が増えれば、地域の森林力を高めることができると竹田さんは言います。森の学校参加者で、3年前に都留市へ移住してきた横山啓太さんは、2年目のコースを受講中です。そんな横山さんにこれまでの森の学校について振り返ってもらいました。

移住前は国際協力に携わっていた横山さんは「自給自足的な暮らしが結局は国際協力になるんじゃないか」と話す。少しずつ挑戦しているという自然農法もその一つ。

「いろいろなことを質問するんですけど、講師の方はすごいわかりやすく説明してくれます。一つひとつ丁寧すぎるくらいに教えてくれますね。話が先に進まないくらいです(笑)」

森の学校で樹木の胸高直径を測る受講生たち。写真提供:南都留森林組合
手ノコによる枝打ち。写真提供:南都留森林組合

初心者にとっても参加しやすく、かつプロから手取り足取り教えてもらえる場は他になかなかありません。1年目は基本的な機械の使い方や知識のレクチャーが多く、実技も含めながら進みます。2年目になると応用が中心となり、それぞれの場面でどのように道具や体を使えばいいのか勉強します。2年目になってぐっと増える実践の機会が特に学びを感じられると言います。この先は横山さん自身も森林環境教育に携わっていきたいと考えているそうです。

「管理されていない森林を自分たちで整備して、自然体験活動の場を増やしていけたらいいかなと思っています。森も管理できるし、教育の場も広がる。子どもだけじゃなくて、大人や高齢者向けの森林セラピーにもつなげていけたらいいかな」

理学療法士を本職とする横山さんならではの関心テーマです。また、森の学校の受講生同士の交流が刺激になるとも話してくれました。受講生は地元の森林所有者、Uターンで都留に戻る人、移住を検討している人、林業に興味のある学生などいろいろなバックグラウンドを持っています。講義以外でも参加者の交流が深まっていると竹田さんが教えてくれました。

「移住してきて農業をやっている人のところに、都会在住の参加者が興味を持って手伝いに行っているという話を聞きました。小さい単位のコミュニティが生まれはじめ、活動の幅が広がっているので、同じようなことが森林を通じて生まれるといいですよね」

例えば、自分が所有する森で困りごとがあったときに知り合った参加者に手伝ってもらったり、何かしらのビジネスを一緒にはじめてみたり、コミュニティがあるからできることもあります。多様な人を巻き込むことで文殊の知恵が生まれる可能性も大いにありそうです。

こういった活動の広がりについて竹田さんは、「何が生まれていくのかを森林組合が決めるのは面白くないので、そこに対して私たちがお手伝いできる程度で良いかなと思っています」と、淡々と続けます。もっとラフに、それぞれの生活スタイルに合った形で森に関わっていける。そんな環境や空気がこの地域で根付きつつあります。

今後は企業の森づくりの一環として、“マウンテンバイクのコース”を森の中に整備したり、担い手不足が進む“狩猟”も組合として取り組んだりと、さらなる空間活用の多角化を目指しています。都留市の森林でやるべきこと、できることはまだまだありそうです。

林業の視点のみだと閉塞感を抱くこともありますが、南都留森林組合のオープンマインドな活動は、組合を、森林を、地域を、軽やかな方向へ先導してくれているように感じます。ローカルな森を下支えする存在として、そして、変革を起こす穏やかな台風の目のように、ますます動きを加速させています。

●組合職員の記事はこちら

●Information
南都留森林組合
山梨県都留市法能404-13
TEL 0554-43-7455 FAX 0554-43-6982
MAIL minamisinkumi@cc.wakwak.com
HP https://minamisinrin.com/

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高岸 昌平 (たかぎし・しょうへい)
さいたま生まれさいたま育ち。木材業界の現場のことが知りたくて大学を休学。一人旅が好きでロードバイクひとつでどこでも旅をする。旅をする中で自然の中を走り回り、森林の魅力と現地の方々のやさしさに触れる。現在は岐阜県の森の中を開拓中。
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