hibi-ki的 がんばらなくていい移住 # 3
Special Issue 6
“変な人?”を
養成する大学
2021.5.13
山梨県西部、都心から車で約70分の距離にある都留市。1000m級の山々と豊富で清らかな水に囲まれた地で、人口約3万人が暮らしています。ほどよい環境のこの地域で、子どもから大人まで“森に学ぶ場”が近年増えてきています。その活動の最前線を、響hibi-ki独自の目線で取材してきました。

都留市の取材では、幼児や小学生、大人の教育に関する話題が多いことから、せっかくならその狭間である大学についても知りたいと思い、地元の都留文科大学を尋ねることにしました。フィールドワークを重視した、地元とのつながりの深い、教養学部地域社会学科特任教授の高田研先生に話を伺います。

写真:西山 勲/文:田中 菜月

目の前で起きていることを
自分の学びにする

都留市のほぼ中央部に位置し、川と山にはさまれるような形で麓に校舎を構える公立大学法人「都留文科大学」。教養学部と文学部からなる文系大学です。1953年に設立された山梨県立臨時教員養成所がはじまりのため、現在でも教員の育成が大きな柱になっています。

その中で地域に軸足を置き、大学内外で活動しているのが教養学部の地域社会学科です。実践的に地域課題の解決に取り組める人材の育成を目指したカリキュラムが組まれ、高田先生いわく「うちの学科は基本的に地域を動き回る」という先生たちが多数在籍しています。

高田先生の専門領域は公害教育と森林環境教育です。これまで、文部科学省で環境教育の担当として教員向けの研修会に携わっていたり、林野庁と森林環境教育のプログラムづくりをしていたり、小学校から高校まで学校教育の指導を行っていたりと、教育の分野を渡り歩いてきました。

「公害や環境問題は、経済を優先した結果起きたことです。それは日本社会の構図でもあるわけですよね。最近は『SDGs』がよく言われていますけど、環境の問題を考えているだけでは社会問題は解決しないということです。すべての人々が幸せだと思って生きていける社会をどうつくるかが重要なことですから、そのために何をどうやって変えていくか。人権とかさまざまな問題がありますけど、例えば村を尋ねてその村の中で起こっているいろんなできごとを直接聞いて、現状を知って、そこからどうするか考えていくしかないと思っています」

だからこそ、フィールドワークを重視するのだという高田先生があるエピソードを聞かせてくれました。

「林業地である京都の北山町で森林環境教育のプログラムをつくるというプロジェクトがあって、学生たちと参加したことがあります。森で遊ぼうみたいなアクティビティ集をつくるのもいいとは思いましたけど、林業の現場で働いている人たちから直接学ぶのが一番大事で、それこそが森林環境教育じゃないかという思いがありました。なので、自然や産業、暮らし、グリーンツーリズムといったさまざまな視点から北山の林業地帯で聞き書きして、それをもとに学生たちが議論し、現場目線から林業とは何かを知る、ということをやりましたね」

都留市役所のばんちょが撮影したムササビの写真。今も大切に構内に飾られている。

今回の取材先で大学生の存在を随所で感じたのは、こうした現場主義の考えが大きく影響しています。また、高田先生の前任の教官がばんちょの恩師・今泉吉晴先生(動物行動学) であり、その今泉先生の構想や考えを継承しているのだそうです。

●ばんちょの記事はこちら

都留市で森のようちえんフォーラムを開催したときの資料。音頭を取ったのが高田先生。

「都留市全体が学びの場だという考えや、目の前で起こっていることを学びにしないといけないという今泉先生の思想があります。それらを僕もばんちょも引き継いでやっているということです」

森林環境教育は
就職先として選ばれない?

宝の山ふれあいの里で実習を受けていた都留文科大学の勝沼さん(写真右)

実際の学生の声も聞いてみたいと思い、ばんちょのところでちょうど「環境ESD」という大学の実習を受けていた、高田ゼミ生で3年(取材時)の勝沼宗一朗さんに話を聞きました。

「環境教育を学んで自分の価値観が変わりましたね。例えば今までなんとなくエコのためにやっていたことって、本当に環境のためになっていたのかなとか改めて考えるようになりました。来週は授業で木の伐倒もあるんですけど、チェーンソー楽しいっすね。文系でそんな大学ないですからね。『あれ、林業の学校に行ってたっけ?』ってなります(笑)」

入学した頃は森林環境教育に漠然とした興味しかなかったという勝沼さんも、気づけば自然や環境に関わる仕事を志すようになったと言います。

「山梨県警の山岳遭難救助隊か、アウトドアメーカーに勤めようかなと考えています。高田先生が顧問のワンダーフォーゲル部に入っていて、登山もするので。そうした経験を活かしたことをやりたいなと思って。逆に、森林環境教育を仕事にするってことは考えていないですね」

実状として、森林環境教育の担い手の道に進む学生はなかなかいないようです。その場にいたばんちょがそのワケを教えてくれました。

「森林環境教育の仕事って単価計算されていないんです。自然学校とか大企業がやっているから、個人仕事の単価がないし、単価計算されにくい。今でこそフリーランスで指導者をやっている人たちも増えてきましたけど、あまり世の中に単価が出ていないから意外と知られていないんですよ。今の学生たちの世代にも伝わっていない。食っていけるイメージないでしょ?」

「ないですね。就職先として環境教育っていうのは頭の片隅にほとんどないと思います」(勝沼さん)

「そこはすごい自分たちの責任だと思っているんですよ。うちの場合は7500円からスタートして、中間は1万5000円、MAXで3万円出してます。僕がいなくても1日プログラムの運営ができれば3万です。10日やったら30万でそこから税金がいくら引かれる、みたいなところまで教えてあげるようにしています。家族を養ったらもっと収入が必要だよね、どうしていく?自分のスキルを磨いて、投資して、価値を高めていけば収入も上がっていくからって。だけど現実はなかなか難しい。この年代だと実習生扱いが多いんですよ。他の場所だと日当5000円以下で働く子もいますから。魅力わかないですよね」

森林環境教育の担い手育成という点では、まだまだ課題の多い現在ですが、森林環境教育を体験した学生たちにとっては価値観を揺さぶられる大きな経験になっているようです。

高田ゼミ生たちの
卒業後

地域社会学科では社会科や小学校教諭の免許が取れるため、卒業後は教員になる人が約1割、その他は公務員が約2割、残りの約7割弱が企業に就職するそうです。そんな都留文大生の中にあって、高田ゼミでは少し毛色のちがった進路を歩む学生もいると言います。

「たまに僕のゼミから森林組合や自然学校に勤める子がいますよ。ゼミの活動を通して興味を持つんでしょうね。でもね、経験のない世界じゃないですか。就職したはいいけどギャップに驚いてやめてしまったら時間が無駄になるので、学生のあいだに森林組合へインターンシップに行かせました。それでよかったらやりなさいって。今も4年生で地元の森林組合連合会へ就職したいっていう子がいますよ」

実は以前、響hibi-kiで取材した岐阜県飛騨市でわらび粉を生産する前原さんも、高田先生のゼミ出身でした。

●前原さんの取材記事はこちら

「僕が『わらび粉で金儲けできる』って冗談で言ったんですよ。卒業後は真面目に企業で勤めていたのに、『仕事やめてわらび粉つくります』ってある日前原くんが大学に言いに来てね。『お願いだからやめておけ』って言ったけど彼の気持ちは変わらなかった。少し前に完成したわらび粉を持ってきてくれましたよ。まあ、ここでは“変なやつ”を養成しているよね(笑)」

公害教育や森林環境教育が専門ですが、高田先生のゼミ生はそれぞれやりたいことをテーマにしているそうです。

「バラバラだから卒論も大変ですよ。全然テーマが違うからね。今年は安楽死の法制化についてとか、もちろん環境教育の子もいるけど。みんな好き勝手にやっていますね」

自由気ままに好きなことをする。まるで開地保育園の裏山の延長線が、この高田ゼミに伸びているようです。森林環境教育を媒介にして、今まで関わりのなかった物事に出会うことで、思いもよらない道が切り拓かれていく場にもなっています。

●Information
都留文科大学
山梨県都留市田原3-8-1
TEL 0554-43-4341 FAX 0554-43-4347
HP https://www.tsuru.ac.jp/

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田中 菜月 (たなか・なつき)
1990年生まれ岐阜市出身。アイドルオタク時代に推しメンが出ていたテレビ番組を視聴中に林業と出会う。仕事を辞めて岐阜県立森林文化アカデミーへ入学し、卒業後は飛騨五木株式会社に入社。現在は主に響hibi-ki編集部として活動中。仕事以外ではあまり山へ行かない。
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