阿武町と連携して、自伐型林業やキャンプフィールド計画などをぐぐっと推し進めているのが、一般社団法人STAGE代表理事の田口壽洋さんです。田口さんの視点から語られる、阿武町の未来予想図。
自伐型林業は
はじめの一歩
もともと、隣町にある島根県津和野町で地域おこし協力隊として自伐型林業の修業をしていた田口さん。阿武町が自伐型林業をはじめるきっかけをつくった一人です。
「自伐型林業って幅が広いんですよ。例えば家の裏山の藪をかって薪をつくるだけでもいい。自伐型林業で山の中に作業道をつくる場合、通常は幅2.5mの作業道が推奨されていますけど、軽トラ用のもっと小さい道をつくってもいいんです。それぐらい自伐型林業は柔軟でハードルの低いものだと思っています。それに、必ずしも自伐型林業で儲ける必要はありません。今の若い世代は儲けることに興味ない人も多いし、暮らしていける程度に稼げられればいいと。そういう人と自伐型林業は相性がいいと思いますね」
林業と聞くと職人気質で難しそうなイメージもありますが、田口さんの話を聞いているとなんだか自分でもできそうな気持ちになってきます。
「自伐型林業なら素人でもしっかり学べばできるし、そのあと森林組合とか林業会社へ行くのもありだと思います。実際にやってみて現場作業が得意じゃなければ、パソコンで森林データを管理するとかそういった道もあるし。林業をやってみるきっかけになればそれでいいと思います」
阿武町にたくさんあるけれど全然使われていない森林資源を、まずは自伐型林業を通じて活用するところから。そんな思いが伝わってきます。現在は一般社団法人STAGEとして田口さんが中心となり、町の自伐型林業推進事業を管理・運営しています。作業地の選定や山主との合意形成、人材の運用、山につけた道や搬出された木の新たな活用法・販路をつくっていくところまで、つまり林業の入口から出口までの仕組みづくりを行っています。
特に、阿武町の森林は既存のマーケットではあまりお金にならない広葉樹が多いため、そうした資源の価値をどうつくっていくかも重要です。木が売れれば、雇用もつくることができます。一般的に薪としての利用が多い広葉樹ですが、これが阿武町のキャンプフィールド計画につながっていきます。
「薪を販売しようと思うと、通年で需要があるのはキャンプ場とかピザ窯を持っているピザ店ぐらいです。なので、キャンプフィールドを拠点にして木材の需要をつくっていくのがいいだろうと考えています。それと今年から薪ストーブを購入するための補助金を阿武町につくってもらいました。阿武町ではまだまだ薪ストーブの普及率が低いので、まずはやってみようという段階です」
お金を生み出す仕組みをきちんとつくり、阿武町内の雇用を着実に増やしていく。小さい町だからなのか、民間と行政が密にコミュニケーションを取りながら、町を少しずつ変革しています。
まだまだ伸びる
阿武町のポテンシャル
田口さんがある本を見せてくれました。藤山浩さん編著の『「循環型経済」をつくる』という本で、循環型の経済をつくることによって地域の人口を安定させるといった内容が書かれています。
「地方は地域に入ってくるお金と、出ていくお金のバランスが悪いんですよ。要は家計と同じで、入ってくるお金よりいっぱい使っちゃってるわけですよね。そういう状態だと地域内に仕事がなくなって、住民1人当たりの手取りも低くなっていきます。逆に地域から出ていくお金を少なくして、入ってくるお金が増えれば、地域内の仕事も増えて手取りも増えるってことですよね。それを知って、まさに阿武町で実践しようとしているわけです。空き地だったところをキャンプ場にしてお金を落としてもらえる場所をつくるとか、薪を売って使われていなかった山をお金に変えるとかね」
地域内から外へ出ていくお金を抑える部分については、木質バイオマスを活用したエネルギー事業や地域通貨の発行もやっていきたいと田口さんは話します。
「地域通貨があればお金を地域内で回すことができますけど、そもそもお店が少なくて使う場所がないので今はまだ難しいですね。そのへんがうまくできるとだいぶ安心して阿武町で暮らせるんじゃないかな」
こうして町全体の将来像を描くかたわらで、林業以外にも阿武町のポテンシャルを伸ばす取り組みを地道に重ねています。阿武町で大正時代から飼育されてきた「無角和牛」は、和牛の4品種(黒毛和種・褐毛和種・日本短角種・無角和種)の一つですが、全国で約200頭いるうちの約150頭が阿武町で育てられています。黒毛和牛の勢いにおされて頭数は減少の一途をたどっていますが、田口さんはこの無角和牛の販路を広げ、適正な価格で販売するための取り組みもしています。
「脂の少ない無角和牛は高く売れないからみんな手をつけないんですよ。赤身肉の食べ方を知らないだけで、レアステーキにして食べればおいしいんですけどね。だから無角和牛の特性を消費者にも地元の人にも伝えることが大事。赤身肉のトップシェフがいる東京の料理店に町長を連れて行って、そのおいしさを実感してもらいました」
かつて広告代理店で食のPRなどに関わっていたという田口さんの経験も大いに活かされています。最近では町の予算を活用して、専門家からのアドバイスをもらい、機材を買って実験するなど、無角和牛の飼育・流通方法の改善も進めています。
「僕が何か指導できるわけじゃないけど、専門家を町に連れてくることで、阿武町がもともと持っているポテンシャルを伸ばしたいと思っています。無角和牛については今のところ従来の1.5倍の価格で売れるようになりました」
漁業でも同じです。道の駅で安く売っているだけでは漁師の手取りも増えず、これから漁業をしようと思う若者も増えません。そこで魚食文化の専門家を招いて魚の目利きや締め方、販路開拓の指導を受け、それらを担う人材育成も行っています。
「ちゃんとした品質で魚を流通させて、かつ、それをしっかり評価してくれる卸先を見つけられたら、今の10倍20倍で売ることだってできます。漁師だけではそれができないので、そうした仲買人のような人材を町として育てていく必要があります」
先駆的な行政に加えて、こうした田口さんのようなリーダー的存在が地域にいることは阿武町の大きなアドバンテージになっています。民間と行政が一体となって地域内循環に向けたタネまきをしている阿武町では、たとえ都市部より産業の規模が小さくても、安定して収入を得ながら暮らす将来像が描ける、信頼のおける地域なのだと思わせてくれます。