hibi-ki的 がんばらなくていい移住 # 2
Special Issue 3
こ‌れ‌か‌ら‌が‌ア‌ツ‌い!‌‌
わ‌さ‌び‌農‌家
2020.12.8
島根県と山口県の県境に位置する津和野町。森を取り巻く豊かな自然と近代文化の名残が併存する地域です。かたや、森林業についてはいざ知らず。移住者、地元の人、行政などさまざまな視点から暮らしの断片を拾い上げていきます。

津和野の特産物といえば“わさび”。日原地区では明治時代の頃からわさびが栽培され、一大産地と称されるほど生産者も多くいました。しかし、チューブタイプのわさびが流通する現代、わさび農家は希少な存在となっています。生産者はどんな人で、どんなふうに栽培しているのか。本物のわさびは何処に。地元で7代続くわさび農家・大庭敏成さんのもとを訪ねました。

写真:西山 勲/文:田中 菜月

島根わさび
その特徴とは

本物のわさびを食べたことはありますか?

辛いイメージが先行しがちなわさびですが、その本来の魅力は風味にあります。特に「島根わさび」は、爽やかな辛さ、ほのかな甘み、みずみずしい香り、粘りのある濃厚な口当たりと、多様な味わいを持っています。

「根茎をすったものは冷奴などシンプルな料理と合わせて食べると、その味がよくわかります」と大庭さん。刺し身や焼き肉などの薬味にするのはもちろん、季節に合わせていろいろな楽しみ方があると言います。

この地でわさび栽培が栄えたのは明治の頃。“水”を中心とした自然環境がわさびに最適でした。温度変化の少ない冷たい水温と一定の水量、透水性の高い土壌、柔らかな日差しなど、限られた条件のもとでしか育つことはできません。森林の中で育まれるわさびは津和野を象徴する林産物なのです。


●島根わさびの詳細はこちら
https://shimane-wasabi.jp/

わさび栽培は
じっくり待つこと

わさびの栽培方法はさまざまですが、大庭さんのところでは静岡で主流の「畳石式」と呼ばれるわさび田で栽培しています。

わさび田は棚田式になっている。

わさび田の地面は石や砂の複層構造になっていて、湧水が流れ込むようになっているのが特徴です。この仕組みのおかげで不純物のろ過、水温の安定、養分や酸素の供給が同時に可能になり、わさびを安定して生産できるようになります。大庭さんは地元の農業大学校を卒業後、静岡県のわさび農家のもとへ赴き2年間研修。そこで学んだ技術を現在に応用しています。

「畳石式は畑で育てた場合とわさびの風味が全然ちがいますよ。畑わさびは土臭くて、爽やかな香りがうすいかなあ。それに、同じ面積でも倍くらい収量がちがいます。従来のわさび田って山を歩いて上がったところにあるんですよ。今でもやっていますけど、一等地のよく生産できるところでしかつくってなくて。30~40分歩くから、行って帰るだけで疲れる(笑)。この畳石式なら車が通れる道のそばに圃場をつくって生産できるでしょ。そうするれば作業効率が上がって収量も増えるし、結果的に所得の安定にもつながるわけです」

生産能力の高い畳石式ですが、そのためのわさび田を整備するまでがひと苦労です。

「ここ(取材場所)のわさび田は国有林を借りていて、上と下で700㎡くらいあります。木を伐採して土地を切り開くところからはじめました。畳石式のわさび田は自分でつくらないとなかなか手に入らんですよ。特殊な技術がいるから建設業者にお願いしても簡単にはつくれない。わさびの生産と規模拡大を一緒にやるとなかなか大変ですね。年中わさびが採れるようにわさび田を何か所もつくって、なんとか収穫が順々にまわるようにしています。最近はようやく通年で収穫できる面積になりました。いつでも出荷できる体制になって、固定客もついてきたところです」

大庭さんのわさび栽培のサイクルは苗づくりからはじまります。生長したわさびからタネを採取し、畑にまいて約1年。育った苗をわさび田に植えてから約1年半~2年経つと収穫できるサイズになります。

「苗を植えてから2~3ヶ月、根が張るまでは砂が流れやすいんですよ。雨が降ったら流れるので、そういうときは水の流れを止めたりしています。それを過ぎたらあまり手間はかかりません。水さえあたっていれば大丈夫なんで」

収穫はお客さんからの注文次第で、週に2回前後行っています。一番需要があるお盆前と年末、苗を植える作業が重なる春と秋が繁忙期になりますが、それ以外はゆとりがあると言います。林業ほど長くなく、農業ほど短くない、ちょっと珍しい生産サイクルに合わせた生活を送れるのがわさび農家なのです。

休みの日は
鮎釣り名人

大庭家は代々わさび農家。かつては山間部の換金作物として、日原町ではどこの家でもわさびを育てていたと言います。

「小さい頃は継ぐつもりはなかったけど、農業大学校を卒業するときに本格的にわさび栽培をやろうかなと思うようになって。ちょうどそのころ研修の話もあったので、せっかくの機会だしと思って静岡へ行くことにしました。わさびはなかなか特殊な作物なので、受け入れてくれる農家は少ないんですよ。でも、たまたま研修先が見つかってラッキーでした」

わさび農家として地道に生産技術を究めていくかたわらで、釣り好きの一面を持つ大庭さん。鮎釣りの全国大会に出場するほどの腕前です。

「夏とかだとそんなに忙しくないし、日も長くて時間があるから鮎釣りに行きますね。鮎釣りを覚えたのは小学校6年生くらいのときかなあ。師匠もおらんから独学です。鮎はお金にもなるしいいですよ(笑)」

津和野町は山間の地域ですが、海も近いため、海釣りにも出かけると言います。

「山口県の萩市とか阿武町のあたりなら1時間以内で行けるからよく行きます。釣りはやっぱり魚が釣れたときの感覚が一番ですね。あとはゲーム性。単純に釣れるもんじゃないから、魚との駆け引きというか、釣れるまで色々と試行錯誤する過程が面白い。まあ、遊んで魚が食べられればそれでいいですね」

現在は両親と奥さん、娘さん2人(5歳と3歳)と暮らしています。

「わさび田の見回りに子どもを連れて歩くこともありますよ。こういう環境を楽しく感じてもらえたらなとは思います」

東京にも轟く
島根わさび

近年はブランド化の取り組みに力を入れてきました。津和野町に地域おこし協力隊として着任した田口さんとの交流から、「島根わさびブランド推進協議会」を2017年に設立。

津和野にきてわさびの魅力を知ったという田口さん。

「田口さんを通じて東京の飲食店からもシェフを招いて、実際にうちのわさびを見て、食べてもらいました。品質や味に関しては評価をもらえたので自信がつきましたね。他にもいろんな飲食店を紹介してもらったおかげで小売がだいぶ広がってきています。逆にその注文に応えきれないくらい。売れる商品だっていうことはわかったので、もっと生産量を増やしていきたいです」

収穫されたわさびは農協に出荷され、そこから小売店に卸す流れになっています。小売店は寿司屋やそば屋などさまざま。市場に出せるほどの量がないため、小売店に直接販売する形になるのだそうです。こうして自分たちで小売店に販売できると、中間マージンも取られないため農家の所得向上にもつながると大庭さんは話します。

また、ブランド化が軌道に乗った背景の一つには、今なお続く品質の追究があります。

「うちでは自家採種で選抜した種だけを残すようにしています。大きくなるとか形がいいとか味がいいとか、そうしたものだけを残してどんどん更新していく。わさびは品種登録が少ないので系統くらいしかわからないんですけど、うちだと10種類くらいの系統がありますよ。わさびって同じ系統ばっかり残すと衰退するんです。常に他のものとかけあわせないと徐々に小さくなる。つまり、わさびは原種の固定ができないから常に雑種ってことです。難しいけどそこが一番面白いところですかね」

ニッチなわさび農家
未開の地はまだある!

大庭さんが組合長を務める「日原山葵生産組合」には、約50名の組合員が所属しています。高齢の組合員が多く、喫緊の課題は後継者。今はIターンで2人の新規就農者がわさび原料の加工から携わっています。

「若い人でもやりたいって初めは興味を持ってくれるけど、続かない。植えてから2年経たないと収入にならないし、苗を植えれば誰でもわさびがつくれるわけじゃないからね。わさび田の土地は簡単には手に入らないし、整備自体も技術が必要。そのへんをクリアしないといけない。今、いろいろと動いとるところなんだけど、こればっかりは信念を持っとる人じゃないと続かん」

若手の生産者を育てていくには、島根わさびをさらに世に出していく必要があります。チューブタイプのわさびが広まった今こそ、日本人向けのマーケットを新たにつくる余地はあると田口さんは話します。さらに、海外も視野に入れることで、島根わさびの可能性は格段に広がります。

島根の山から世界へ。そこには津和野町の恵まれた立地条件から生まれたわさび生産がありました。林業とはまたちがった自然との向き合い方や時間が流れています。

1
津和野町ってどんなところ?
2
移住者が集う「津和野ヤモリーズ」
4
薪を生業にする村上さんの場合
5
移住したらこんな特典が!
6
地域おこし協力隊に入ったら?
田中 菜月 (たなか・なつき)
1990年生まれ岐阜市出身。アイドルオタク時代に推しメンが出ていたテレビ番組を視聴中に林業と出会う。仕事を辞めて岐阜県立森林文化アカデミーへ入学し、卒業後は飛騨五木株式会社に入社。現在は主に響hibi-ki編集部として活動中。仕事以外ではあまり山へ行かない。
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