にっぽん 民藝 journey
# 22
草木染の
来し方行く末
2022.6.2

地域に根差した暮らしの中から生まれてきた「民藝」。天然の植物の色素を用いて行う染色「草木染」は布に染色を施すためのみならず、織物や和紙などの幅広い民藝品に欠かせない技法だ。今ではよく知られている「草木染」。この言葉の生みの親である山崎斌(あきら)氏を曾祖父に持ち、自身も染色家として群馬県みなかみ町で活動する山崎杜人(もりと)さんの工房〈草木屋染の家〉を訪ねた。

写真:西山 勲/文:森山 芳衣

山崎家がつないできた
草木染の流儀

群馬県高崎市に生まれた山崎杜人さんは、「草木染」の言葉を生み出した第一人者として知られる山崎斌氏を曾祖父に持つ。

もともと小説家として有名であった斌氏は、生まれ故郷である長野県麻績村(おみむら)の主要産業である繭の市場価格が、世界恐慌により下落し続けていたことを懸念。地域産業を再興するために草木染の研究所を故郷に創設した。

「従来は古代染色、藍染、桜染、茜染など単体の名称で存在していましたが、それらを総称して草木染と呼びはじめました。当時、台頭してきていた化学染料との違いをつけるためにも名付けたようです」

小説家であり、歌人、俳人と多才であった山崎斌氏が草木染に没頭し、率先してその普及に力を尽くした理由には、もちろん故郷を盛り立てたいという想いもあるが、それだけが理由ではないと杜人さんは言う。

「曽祖父が残した文章の中に、『古きを温ねて(たずねて)、新しきを樹てよ(たてよ)、月の明りも粗末にはしますまい』という言葉があります。歌をよみ、美味しいものを食べ、色んなことを学んで生活を豊かにし、自分の身の回りのことを大切にして生きていなさいよという意味でとらえています。この考えから、曾祖父は草木染の道に入ったのではないかと」

草木染は周りにある草木花から命を頂き、衣服などをつくる生活に根ざした民藝であり芸術でもある。一見すると全く関係のない分野に思われる小説と染色の世界。斌氏にとっては染色もまた、創作活動には必要不可欠な「身の回りの大切なこと」のひとつだったのかもしれない。

山崎青樹著『草木染染料植物図鑑』

斌氏の意思は息子の山崎青樹(せいじゅ)氏・桃麿(ももまろ)氏へと受け継がれ、今では山崎家の血縁者の少なくはない人数が草木染の道へと進んでいる。

斌氏と共に草木染研究を深めた青樹氏の著書『草木染染料植物図鑑』は、ありとあらゆる植物の染色を実践した書物として、染色家のみならず多くのひとに草木染の世界へと魅了させる本である。

海洋生物の世界から
草木花の世界へ

高校を卒業後、有害な外来海洋生物を問題とする「マリンペスト」について学びたいと、杜人さんは専攻科のある大学へ入学するため浪人生活を続けるも断念。20歳の頃に父・山崎樹彦(たてひこ)氏に師事し、富岡の工房で草木染の勉強を開始した。6年間の修行期間を経て独立し、みなかみ町で工房「草木屋染の家」を開業する。

型染の型。草花や生き物など絵柄はさまざま。

継承した草木染の技法の中でも特徴的なのが、父・樹彦さんから継承した「型染」という技法。草木染による型染は祖父の青樹の代で確立された技法で、山崎家に脈々と伝えられている染色法でもある。型染は切り絵のような紙の型を使って布に模様を付ける染色方法で、染色の技術のみならず刻刀による彫りの技術も必要とされる。

できる限り均等に、型を壊さないように手早く糊を塗る。

ベニヤ板にもち米を伸ばした糊を塗り、布を固定する。次に西洋型紙と言われるテトロン紙に模様が彫られた型を布にのせる。デザインは古典模様や独自のもの両方使うのだそう。もち米とぬかを混ぜたものを防染糊(ぼうせんのり)として、型の上から薄く布に塗っていく。

この先の工程では、防染糊の塗られていない箇所が染色される。

半日以上かけて防染糊を乾かしてから、江戸時代からの技法である引き染、もしくは一般的な染色方法として知られる浸し染で染めあげる。

浸し染では、生地の状態により「染料→水→媒染→水→染料」を1セットとして繰り返し染める。その後、水でよく洗い、お湯で煮る。染料を固定する媒染にはできる限り鉄やみょうばんを使用し、地球にも優しい原料を使用している。

「父から受け継いだ伝統的な方法をベースに、自分ならではの染色方法にも取り組んでいます。藍染はこれまで山崎家では行われていなかった方法です。また、草木染による絵の具や口紅づくりのワークショップを行ったりと自分でやってみたい新たな草木染の分野も研究しています」

脈々とつづく草木染の技術を自身も継承しながら、杜人さんならではの新たなエッセンスを加え作品づくりを行っている。

藍染を使った雪花絞りの演習。
布の折り方によって異なる模様が染色される。
空気で酸化することによって、徐々に緑から藍色へと色合いを変えていく。

尽きることのない
色への探求心

「みなかみのいいところは山が近く、染料の原料がたくさん採れるところ。近所のカスタネット工場から栗の木の廃材を頂いたり、山の所有者から許可を頂いて原料を採取したりしています。地域に根差した植物が採取できるのもいいところですね。採取する植物は季節にもよりますが、ハンノキの花や、ヌルデの葉の五倍子(ごばいし※)などからもいい色が出ます」

※五倍子はヌルデの葉茎にできる虫こぶ。ヌルデミミフシが寄生して生じるもので、殻にタンニンを多量に含み薬用として用いられるほか、染織やインク製造に用いられる(『日本国語大辞典』より引用)

草木染によって現れる色は、染料の採取時期によって全く違うと言う。

「リンゴや杏など酵素反応で発色するものは、採取後すぐに染色する必要があります。栗の木などのように比較的保存に向いたものもあれば、花が咲く直前の木でなければ色が変わってしまうものなどもあります。冷凍や真空処理など以前から保存方法についても研究してきました」

さらに、身近に採取できる原料だけでなく、本来であれば捨てられてしまうような素材にも光を当てたいと考えているようだ。

「今後は玉ねぎやアボカドの皮など、食物の廃棄物を活用した残り染めについても研究していきたい。その中から魅力的な染料が見つけられたらなと。また、食育の観点から、子どもたちへのワークショップなどできたらいいなと思います。作品づくりに没頭する時期もありましたが、今は地域貢献的なものに関われたらなという思いもあります」

口紅や絵の具などに草木染を応用させる研究をはじめ、染料そのものの探求を続ける杜人さん。斌氏や青樹氏が草木染めの道を切り拓いたように、杜人さんもまた溢れる探求心を胸に、まだ見ぬ染色の世界に心躍らせ没頭しているように見えた。

●Information
草木屋 染の家
〒379-1418 群馬県利根郡みなかみ町須川784
営業時間 10:00〜17:00(冬期は16:00まで)
TEL 080-3156-2210
https://www.kusakiya-somenomori.com/
【参考文献】
銀座もとじ「山崎家の草木染」
https://www.motoji.co.jp/blogs/reading/yamazaki-kusakizome-202010
森山 芳衣 (もりやま・よしえ)
町・群馬県みなかみと東京との二拠点で生活中。春には山菜採り、梅雨には梅しごと、夏には家庭菜園、冬には雪との対話と、自然の流れに合わせた生活をエンジョイ中。喫茶店・古本屋巡り/料理/のんでのまれてのんだくれ/刻一刻と変わる山々の色合い/人より熊、鹿、サル、タヌキ、きつね、カモシカなど動物との遭遇率高し。