にっぽん 民藝 journey
# 21
美濃和紙めぐる
アートな旅 vol.3
2022.4.25

前々回、前回と続いてきた美濃和紙アート旅もこのvol.3で完結となる。最後は美濃和紙専門店〈Washi-nary〉の取り組みから、私たちの身近なところでどのように和紙が使われるのかを確かめてみよう。vol.1vol.2はこちら。

写真:田ノ岡 宏明/文:田中 菜月

和紙ソムリエがいる
和紙専門店

紙すき職人・千田崇統さんの工房がある蕨生(わらび)地区を離れて、美濃市街地へ向かった。江戸時代の商人町の面影が残る「うだつの上がる町並み」は、かつて多くの和紙問屋が軒を連ねていたという。今でも、美濃和紙の文具や雑貨などを取り扱う店がいくつか点在している。

ちなみに「うだつ」とは、隣家と隔てるようにして屋根の両側に取り付けられた装飾的な防火壁のこと。うだつは裕福さの象徴でもあったようだ。うだつが上がるくらい美濃の和紙商人も儲かっていたということだろうか。

この町並みの中でひと際存在感を放っているのが、ホテル〈NIPPONIA美濃商家町〉だ。実はこの宿のインテリアに、千田さんの和紙がさまざまな形で活かされている。

壁紙に使われているのは藍染の和紙。千田さん自ら施工まで行った。
この建物を改装する際に壊した土壁の土や、古い障子のアクを紙の上に流し込んだ作品。長良川に浸して、川の波を利用してすいているというから驚きだ。

ホテル内では、千田さんの作品だけでなく、随所で美濃和紙を感じられる。一見地味な和紙だが、その可能性を大いに広げてくれる空間がここには広がっている。これほどまでに和紙を浴びられる場所はここにしかないだろう。一度は泊まってみたいホテルだ。

Washi-nary店内。さまざまな和紙のsampleを見ることができる。

そして、NIPPONIA美濃商家町の中には、和紙専門店〈Washi-nary〉も併設されている。自社製品は当然のことながら、千田さんを含む美濃和紙の紙すき職人たちの作品を含め、いろいろな素材・用途の紙を取り揃えており、その膨大な和紙の情報量に圧倒されるだろう。まさに、ワイナリーを訪れたような心持ちになるはずだ。

店内には、茶道で用いる懐紙を中心に、マスキングテープやレターセット、メモ帳といった文具など、一般客でも日常で使いやすいアイテムが並ぶ。

こうした雑貨類以外にも、原紙の販売も行う。照明や壁紙、飲食店のランチョンマット、アート作品の素材など、原紙の使い道はさまざまだ。だからこそ、どういった形で和紙を使いたいのか、それによってどの種類を選ぶのがベストなのか、といったことを専門スタッフに相談することができる。実際、日本画や舞台美術などの芸術分野からの問い合わせもあるのだそうだ。和紙を知り尽くした“和紙ソムリエ”がいるからこそ、多彩な和紙の可能性を知ることができる。

ソーシャルビジネスとして
和紙を捉える

NIPPONIA美濃商家町とWashi-naryの代表を務める辻晃一さん。

このWashi-naryを運営するのは、戦前から美濃の地で紙に関わってきたという機械すき美濃和紙メーカー 「丸重製紙企業組合」だ。今の会社の形態になってから3代目にあたるのが、代表理事の辻晃一さん。現在は機械すき美濃和紙メーカーとして、商品の企画・製造・販売、和紙原料(楮など)の生産、観光事業など幅広く事業展開している。実は、NIPPONIA美濃商家町を運営する「みのまちや株式会社」には丸重製紙企業組合も出資しており、辻さんが代表を務めている。

和紙の小売店は他にもいくつかあるのだが、同社を特徴づけるのは職人を前面に押し出していることだ。Washi-naryの店舗内やHPを見てみると、職人たちの写真と名前がずらっと連なっていることに気づく。

「お客様が職人さんと直接やり取りしたい場合、私たちは“どうぞ”というスタンスを取っています。それに、千田くんの和紙アートもホテルで飾っています。気に入って買ってくださる方も。紙1枚だとあまり高く売れませんが、アート作品は数万円、数十万円の値がつく場合もあります。 価値のつき方が全然違うんですよね。 ホテルの一部の壁紙も千田くんが自分ですいて、デザインや施工まですべてやってくれたものです。そうすると紙だけを売るより仕事の単価がぐっと上がりますよね。これからは紙をすいた後の工程も含めて、総合的に仕事にしていくことも必要になってくるかなと思います」

自社の社員ではないにも関わらず、紙すき職人自体にも光を当てるのは、美濃和紙という文化を思ってのことだろうか。そんな辻さんだが、もともとは家業である美濃和紙メーカーを継ぐつもりはなかったという。何がきっかけで今の姿があるのだろう。

「前職のベンチャー企業で働いていたときに父親から『帰ってこんか』と話があって、まっさきに『嫌だ』と思いました。だって、和紙って儲からなさそうじゃないですか(笑)。ただ、起業したい気持ちはずっとありました。いざ起業しようと思ったときに『何をやるか?』と考えたら、やりたいことがないことに気づいてしまったんですね。会社をつくることが起業ではなくて、“衰退したフェーズの産業を再興することも一つのベンチャーじゃないかな”と考え方を変えてみたら、『ありかも』と思えたので継ぐことにしました。でも、和紙だけでは難しそうだと感じて、“まちづくり”をキーワードに新たな仕事をつくっていくことにしたんです。その時から『美濃と和紙を元氣にする』ということを自分の使命としています 」

辻さんが地元へ戻る頃には、母校の小中学校が廃校になり、どんどん過疎化が進んでいた。
そうした光景を目にして、美濃和紙を含め“美濃地域全体”を元気にさせたい思いが徐々に膨らんできたという。

「ソーシャルビジネスとして和紙をとらえようと考えました。モノがたくさん売れる時代でもないし、無理に売ろうと思ったら限界があります。やっぱり和紙は守らなきゃいけない大切なものだけど、過去のやり方や市場性では先が見えないと感じていて。まちづくりの一環として、複合的に和紙を伝えていこうという思いがありました」

そこでまずはFacebookで情報発信をはじめたのだった。これまでの仕事ではつながれなかったような人に情報を伝えることができ、新しいつながりも増えていった。

「SNSで情報発信をはじめてから、新しいお客様やこれまでに取引のない業界の方々とのつながりが増えてきて、中には個人で和紙を買ってくれるケースも増えてきました。個人の場合はそんなにたくさんの量を買っていただくわけではないので、当然単価を高くせざるを得ないんです。ですが、そのお客様から『そんなに安いんですか?』『もっと高いと思いました』と、驚かれるケースも出てきました。そこから、メーカーである自分たちが直接お客様に和紙の価値を届けたいって考えるようになったんです。そして、価値を直接届けるためにお店が必要だったというわけです 」

こうしてWashi-naryの構想が動き出していった。そして、ショップとホテルの一体化は、先述のまちづくりの観点から生まれたものだった。

「以前から美濃市を観光した際に『ホテルがない』という問題があったので、ホテルと和紙のお店を一体化した建物をつくろうと考えていました。そのタイミングでちょうどこの建物が市に寄付されるということを知って、活用の提案をさせてもらいました。この建物はもともと和紙の原料問屋 が所有していたもので、Washi-nary部分は原料倉庫だった大きな蔵を改装していて、ホテル側は迎賓館のような別宅だったものです。和紙で栄えた町の中で、和紙の原料問屋だった建物に滞在・宿泊してもらって、和紙の空間を体感して、最後に和紙を 買って帰るという流れをつくることができたかなと思います」

右手はWashi-naryとホテルの受付、奥にホテルがある。

それにしても、今のお店のスタイルはやはり、“ワイナリー”から着想を得ているのだろうか。

「お酒が好きなのでワインの発想から 、ワインショップみたいなお店をつくりたいと思いました。ワインを覚えてみようとワインショップへ行くと、啞然とするくらい壁中にワインが並んでいるわけですよ。でも、その中からお気に入りを見つけたり、ブドウ品種や産地などによる違いを知ったり、ときにはワイナリーツアーなどに参加したりして、ワインの世界を楽しむわけです。 それは和紙の世界も一緒です。白い紙だけだからパッと見たら違いがわかりません。そこで、試飲のようなものを提供して、基準を一つつくることにしました。そこから世界が広がり出すんです。あとは違いを比べられること。だから、いろんな和紙の試し書きができるツールを用意しました」

まさに和紙のテイスティングができるというわけである。こうしてさまざまな要素を組み合わせることで、美濃和紙とより深く交わることのできる唯一無二の空間が誕生したのだった。

トイレットペーパーでお尻を拭くほど
山が手入れされる?

辻さんの構想はショップとホテルだけに留まらない。それは山や林業にまでつながっているのだった。

「僕は板取川で泳いで育ったので、子どものときと比べて川の雰囲気が変わってきたなと感じます。昔より格段に砂地が多くなりました。特に鮎にとっては棲みづらい環境なんですね。近所のおじさんから山の環境が悪くなっている影響だという話を聞いて、森林に水源涵養の機能があることや間伐の必要性を知りました」

和紙が収納されている棚の上には、長良川の支流である板取川を模したデザインがあしらわれている。実際、この板取川の周辺には昔から紙すき職人たちの工房や製紙工場があり、“紙すきの郷”となっている。

「紙の原料に使用する木材パルプも木からできてるわけなので、例えば、間伐材を使用した トイレットペーパーでお尻を拭くほど間接的に山が手入れされることになるわけです。そうすれば、製紙業の価値が変わるかなと思います。山を守るために製紙業がある。『美濃市の豊かな自然が残っているのは製紙業が豊かだから 』という位置づけになると製紙業の価値が変わってくるんじゃないかと。夢としてはそういう思いがあります。和紙や林業だけで切り取ると持続不可能なので、そのあいだをつなげていく必要があると考えています」

林業が衰退すれば木材が手に入らなくなるため、紙もつくれなくなってしまう。そうした思いから、自ずと山を見据えた活動を思い描いているのであった。早い段階からFSC認証(※)を取得したり、「みの市民エネルギー株式会社」を立ち上げてクリーンエネルギーの活用を模索したりと、着実に歩みを進めている。辻さんたちが新たな段階に前進したときには、また私たちも取材に行こうと思う。

※FSC認証とは、“適切に管理された森の産出物であること”を認証する国際的な制度。認証された森で生産されたものを、適切に管理・加工・流通している事業体も認証の対象となる。詳しくはこちら

私たちの身近にあり余るほどあふれている紙。あまりにもその姿しか見ていないからか、紙は紙としてはじめからこの世に存在していたのではないかと錯覚してしまうほどだ。しかし、「原材料は何?」「どうしてこの形になっている?」「誰が紙をつくっている?」とさまざまに問いを立ててみるだけで、紙の新たな姿が浮き上がってくるのだった。あなたならどんな問いを立てて旅をはじめるだろうか。

●Information
Washi-nary(ワシナリー)
〒501-3728 岐阜県美濃市本住町1912-1 NIPPONIA 美濃商家町内
営業時間:平日13:00~17:00(月火定休)
土日祝10:00~17:00
TEL 0575-29-6655
https://washinary.jp/
田中 菜月 (たなか・なつき)
取材・記事執筆担当。印刷会社で働いていた数年前、ふと森に関わる仕事がしたいと思い立ち林業の学校へ。それ以来どっぷり森の沼にハマる。もう抜け出せない。伐木作業者特別教育修了/狩猟免許の更新忘れた…/休日はアイドル、キャンプ、純喫茶巡り、読書。