遠くに見える、緑が生い茂る山々。街の中で生活していれば風景の一部に感じるその山でも、視点をグッと近づけてみれば、そこで働く人の姿がハッキリと見えてきます。今回取り上げるのは奈良県吉野郡下市町にある〈豊永林業株式会社〉。同社では30年以上山の中に森林整備のための道をつくり続けてきました。後編では、道づくりを起点にして、市街地に住む人と山林との繋がりを生み出した豊永林業の取り組みに迫ります。前編に続き豊永林業株式会社の加藤賢一さんに話を伺います。
▶前編はこちら
「林業の6次産業化」を目指して
自社ブランドの立ち上げ
道づくりを中心として山林の管理を行ってきた豊永林業ですが、日常的に業界全体の課題に直面してきました。
低調な木材需要という先行きの見えない状況、木を伐って市場に持っていってなんとか買ってもらう現状。何よりも、そのことを世の中の多くの人が知らないという現実に次第に危機感を募らせていきます。この避けられない現実が社員全員に「このままでいいのだろうか」、「一般の人にもっと林業を知ってもらいたい」という気持ちを芽生えさせていきました。
こうした思いが形となって生まれたのが〈rin+(りんぷらす)〉。”あなたの暮らしに、rin(林)をプラス”というコンセプトで2021年5月に豊永林業が立ち上げた自社ブランドです。
一般的な林業といえば、山から木を伐り出して、丸太にして市場で売る1次産業です。しかし〈rin+〉では、山から木を伐り出すところに始まり、簡易製材機での製材、木製品の企画開発・制作、それを販売するショップの運営まで自社で手がけています。
まさに、1次(林業)×2次(製材・加工業)×3次(販売)=6次産業化の取り組みです。
「自分たちは丸太を市場に出して終わりやったんです。でも実際その丸太を挽いたりとか、どないになってんねやろ、みたいなことを思いました。丸太が市場で売られている価格はわかりますけど、そこから消費者の手に渡る時には価格はまた上がってるじゃないですか。それはなんでやろ、自分らでできひんかな、みたいなのもあって簡易の製材機を新しく入れました」
ここでは商品開発も現場に出る社員含めて全員で行います。商品の材料は基本的に間伐で出た木や道づくりで発生する支障木。本来は市場で売ることができない木からも商品を制作することで、山林の持つ価値を最大限に高めています。
また、製品の販売では、現場作業をしている社員が店頭に立つこともあります。従来のように丸太を売るだけでは生まれることがなかった、エンドユーザーとの直接のつながりが生まれていきました。こうして、丸太の生産から木製品の販売まで一貫する体制をつくったことで、産地と生産過程すべてが見える木製品が一般のユーザーに展開されていきます。まさに林業の“見える化”を体現した取り組みといえます。
〈rin+〉の構想はすべて社員の発案、全員での話し合いの中から生まれたものでした。「現場終わって帰ってきて、ほんで会議何回もして、ロゴ決めて店舗デザインして、社員みんなで進めていきました」と当たり前のように語ってくれた加藤さんでしたが、朝から現場で働き、へとへとの状態で新規事業を立ち上げていくというのは並大抵のことではありません。その背景には、林業への課題意識の他に、豊永林業社長の増春雅孝さんが日ごろから社員にかける言葉もあったといいます。
「社長が常に『個人個人が経営者であれ』と言ってくれるので、自分らでこうしたほうがいいんじゃないか、みたいなのが出てくるんだと思います」
普段は現場に出ている社員も、経営者の視点に立つ。こうした雰囲気が社内で培われていたことが、現場目線の課題解決の方法として〈rin+〉の誕生を後押ししたのです。
Instagaramを活用した
林業と一般の人との接点づくり
自社ブランドによる商品展開のほかに、豊永林業の特徴的な取り組みにSNSがあります。
2020年に開設されたInstagramのアカウントには、木の伐採や道づくりの様子など、現場で撮られた迫力のある質の高い映像がコンスタントに投稿されています。記事執筆時点でフォロワーは約1300人、いいね数は平均して100を超えており、多くの人に見られ関心を持たれていることが伺えます。
担当しているのは入社3年目の松田さん。現場作業とあわせてSNSの運用ができる人材を募集したところ、Facebook経由で入社が決まった選りすぐりの人材でした。
「僕は大阪出身で、いろんな仕事を経験してきて、林業で落ち着いているって感じですね。都会で営業の仕事もしてましたし、オーストラリアにワーキングホリデーで行って農業したりとか、日本に帰って来て、また農業やゲストハウスで働いたりとか。好き嫌いとか心地いいとかそういう基準で仕事を選んでいて、今はここで落ち着いてますね。ベタなんですけど、自然が好きで身体動かすのが好きで…ってなったら林業かなと思って」
多くの経歴をお持ちの松田さんですが、SNS自体はプライベートで人並みに触る程度でした。入社してから開設したInstagramも、現在に至るまでは試行錯誤の連続だったと教えてくれました。
「会社入ったときには林業のことなんか何もわからなくて、できることっていったらSNSくらいしかないんですよね。それで、できることをやろうってことでちょっとずつ始めたって感じです。〈rin+〉ができてからは、製品となる前のその木がどこから供給されてるのかっていうのを、インスタでもっと発信していこうってなっていきました。今では道に特化してるんですけどね」
「道のことをガンガン発信してるところってまだそんなに多くない気がしていて、がら空きではないですけど、競合あんまおらんし、というのもありますね。あまり専門的なことを投稿するつもりはないんですけど、簡単な作業道の役割とか、道を作る意義とか道の仕組みとか仕掛けとかちょっとした工夫とか、そういうことも発信したいなって思ってます。どちらかと言えば一般の人向けですね」
林業を一般の人に知ってもらうために投稿を続けている松田さん。林業事業体などの業界人のフォロワーはもちろんうれしいが、林業を知らなそうな個人のフォロワーが一番うれしいと笑顔を見せてくれました。
そんなSNS担当の松田さんであっても、最優先は現場の仕事。限られた時間の中で、一人で現場作業と動画の素材集めをするには限界があります。そのため、現在は素材集めを社員全員でしています。「これ使えないかなぁ」といったことを全員で相談しながら、それぞれの現場でカメラを回して素材を集めています。
そうして撮影を分散したとしても、現場作業と並行して動画を撮るのは中々の負担になるはず。なにか本業への良い影響があるのか尋ねたところ、加藤さんが思いもしないメリットを語ってくれました。
「安全とかはやはり意識するのかなって思いますね。動画にしても撮られているというのもありますし、InstagramとかSNSが発展して、どこで誰が見てるかわからないじゃないですか。だからこそ自分たちの安全意識の向上にも繋がっていると思います」
一般の人に林業を知ってもらう機会を作れるだけでなく、自分たちの安全意識の向上にも役立っているというSNS。まだ運用をしていない事業体の方にも、実はオススメかもしれません。
▼道づくりや木材搬出の動画を見る
自分たちが誇りを持てる、
かっこいい林業
豊永林業では他にも〈rin+〉名義で、“森のヨガ教室”や“作業道づくり体験”などのイベントを開催しています。一般の方を対象としつつも、他ではあまり見ない珍しいイベントを開催している経緯について加藤さんが教えてくれました。
「SNSの発信だけではあれなんで、実際に現場に来てもらって空気を味わってもらうのが一番じゃないんかなって。それで自分たちがやっている作業道の釘打ちを体験してもらうイベントをやっています。どうしても自分らの現場優先というのもあるので、頻繁には開催できないんですけど」
一見本業とは結びつかないような一般向けのイベントも、林業の“見える化”には大きな役割を果たします。
「本業には関係のないユーザーですけど、巡りめぐってというか。『林業風通しが良い』みたいなことになればいいなと。僕自身も下市に住んでいたのですが、林業を全然知らなかったですからね。小学校とコラボとかできたらすごく面白いのかなとも思うんですけどね。作業道を徒歩で行って、ほんで上のほうでコーヒーとかドリンクを飲むみたいな。そんなんでもいいかなと。小さな木やったらノコギリで伐ってもらう体験してもいいかな」
ここでもキーになっていたのは道の存在。今までつくってきた道がイベントで使われ、確かに山と人との距離を近づけていました。
会社として道を作り続けて30年以上。1,500haの山林への道づくりも少しずつ終わりが見えてきたと語ってくれた加藤さんに、これからの林業について尋ねてみました。
「林業自体が不透明だし、林業ってやっぱり木を伐るっていうイメージがどうしても強いですよね。だから、実際はこういう道つけもありますし、木を育てるっていうのもありますし、それらをひっくるめて全部林業なので、そういうのも知ってほしいなっていうのがあります。あと、海外だったら林業はメジャーな職業です。でも日本ではキツイ、汚い、危険の3Kみたいな。だからイメージの払拭、まあ“かっこいい林業”って言うんですかね。自分たちの中でも誇りを持ちたいと思いますね」
加藤さん、松田さんが山林の管理のためにつくってきた道は、森林整備だけでなく、現場に捨て置かれる木の有効活用や、一般の人を山に招くイベントにもつながっていました。今後もその道から枝分かれして広がる数々の取り組みから目が離せません。皆さんもInstagramからその歩みを追いかけてみてはいかがでしょうか。