森で働く
# 21
持続的な狩猟と
造林とまちづくり【前編】
2023.5.31

近頃は身近なところでジビエ料理を目にするようになってきました。本やマンガ、動画などを通して自ら発信するハンターが少しずつ増えるなど、若い世代や新たに狩猟の世界へ飛び込む人もじわじわ出てきています。そうした状況のさらに先を行くのが、2010年に「猪鹿庁」を設立して狩猟事業をスタートさせ、現在では造林専門の会社を営む〈郡上里山株式会社〉の代表・興膳健太さんです。狩猟から林業に至った経緯とこれからについて話を聞かせてもらいました。

写真:孫 沛瑜/文:田中 菜月

脂がのったうまいジビエ
獲れるのはいつ?

《狩猟×林業》郡上里山株式会社 代表/興膳 健太さん

おいしいジビエの肉が獲れる時期はいつだと思いますか?

厳しい寒さを乗り越えるために脂肪をたっぷりつけていそうな冬あたりでしょうか?

実は冬ではありません。

「脂がのっていて栄養状態のいい時期に獲った肉がおいしいんです。過食することで脂がのるんですけど、なんで過食するかっていうと、野生動物の一番のライフイベントである子孫を残すことが関係していて、交尾をする時期にベストコンディションでいるために過食する必要があるんですね」

シカの発情期は9~10月頃。そこに向けて強い身体をつくるために、シカたちは7~8月にかけてたくさん木の実や草などを食べます。夏のシカはオスとメスともに栄養状態が最高潮で、この時期に獲った肉が一番おいしいというわけです。イノシシの場合は2月が発情期なので11~12月頃が旬です。

だからこそ、野生動物たちの食料が山にたくさんあることが重要になります。そのために興膳さんはドングリの木がたくさんある山を増やしたいと、造林の仕事を通じて山づくりに励んでいます。

造林ってどんな仕事?

興膳さんは2009年に岐阜県郡上市で狩猟事業をスタートし、翌年に里山保全組織「猪鹿庁」を設立して若手ハンターによる狩猟の六次産業化に取り組みました。狩猟のツーリズム事業や同時並行で行っていた自然体験事業が軌道に乗ると、2016年にはそれらの事業を仲間に託して、興膳さん自身は獣害対策や狩猟者育成など“食えない事業”に特化した〈郡上里山株式会社〉を立ち上げます。

そんな中、2018年9月に岐阜県内で豚コレラが発生。この伝染病が野生のイノシシにも蔓延し、狩猟どころではない事態になってしまいます。興膳さんにとっても苦しい状況でしたが、山との向き合い方を考えるきっかけにもなりました。

造林をはじめたのは2020年4月から。和歌山県田辺市にある〈株式会社中川〉から先進的な造林業について学び、自社で実践しているという。

「3年前くらい前に『木を植える人がいないんだ』という話を聞いて、じゃあ自分がやってみようと。山の恵みを受けてきた猟師としてイノシシが喜ぶ山づくりをしたいと思ったし、そのために自分たちがドングリの木を植えて、イノシシが帰ってくるのを待とうって本気で思いました。そこから林業に思いっきりふって、今に至るんですよね。狩猟×林業ってほんとにニーズがあって、興味を持ってくれる人は結構いますね。造林ってチェーンソーとかも使わないので初めての人にも向いているんです」

では、造林はどんな仕事をするものなのでしょうか?同社が行っているのは主に4つです。

・地ごしらえ
・植林
・下草刈り
・除伐

苗木を植える場所は、たいてい木が生えていない伐採後の山林です。大きな木はなくても、切り捨てされた伐採木の枝が散らかっていたり、雑草や低木などが生い茂っていたりするため、「地ごしらえ」と呼ばれる作業をします。散らかっている木や枝などを整理して、雑草などを刈り取り、植えやすい状態に整えます。

その後、苗が活着しやすい春と秋を中心に植林を行います。苗木がある程度成長するまでは毎年夏頃に「下草刈り」をすることで、5年ほど経つと下草に負けない大きさに苗木が成長します。15年後くらいにはさらに苗木の成長を促すため、周囲の支障木を伐採する「除伐」を必要に応じて行います。

人間に例えれば、生まれてから社会人になるまで成長をサポートする保護者のような役割を果たすのが造林の仕事です。

「造林は『どういう山をつくりたいか』が前提にあるし、それを考えるのが植える人の責任でもあると思います。ただ、今の山主さんって『なんでもいいから植えといて』って感じなので悲しいですね…。何でもいいって言われるので、僕たちはコナラの木を植えまくって、ドングリが増えることでイノシシが丸々と太ってくれればうれしいなあって気持ちでいます。ドングリを食ったイノシシは絶対的にうまいから、そこはやりたいですね」

これが「おいしいイノシシが獲れる山」につながっていきます。

造林は今後さらに
必要とされていく

伐採後は植林が義務付けられているため、同社では伐採業者などから仕事を依頼されることが多いと言います。収入は伐採業者から入るわけでなく、国や県からの補助が活動資金となります。国の方針でも主伐再造林(伐採後の場所に植林していくこと)が推し進められているため、造林の仕事は今後さらに増えていくことが予想されます。

そんな造林ですが、仕事を進めていく上では人の手が欠かせません。伐採であれば大型機械でガンガン作業を進めることもできますが、植える作業は人が一つずつ植えていくものです。事業として造林地を広げていくのであれば、自ずと人手を増やす必要に迫られます。

左から、郡上里山株式会社の近藤和基さん、山口大輔さん、山中亘さん、笠島拓実さん。

郡上里山株式会社の社員数は11名(R4.7.1当時)です。岐阜県森林公社が運営する〈森のジョブステーションぎふ〉に求人掲載しただけでかなり反応があったと言います。多くが遠方からの移住者で、狩猟×林業という他にはない仕事に興味を持ってやってきた方がほとんどです。狩猟ブームが来ていると興膳さんは話します。

郡上里山株式会社は基本的に土日休みで、現場では6時間しか働かないルールになっています。朝6時に事務所に集合し、6時半前後に現場で仕事を開始、休憩を取りながら14時くらいには帰る、というのが1日の流れです。副業OKのため、空いた時間で別の仕事をしたり、趣味を楽しんだり、ゆとりのある暮らし方ができる点も社員から好評のようです。

自然環境に恵まれた郡上市はバイクで走ると気持ちいいと話す笠島さん。

この日、現場で働いていた社員の一人である笠島拓実さんに話を聞かせてもらいました。千葉県出身の笠島さんは大学卒業後の2021年5月に郡上里山株式会社に就職し、今は郡上市で暮らしています。大学では生物について学んでいました。

「生きものに関わる仕事がないかなと思って偶然見つけたのが今の会社でした。卒業前の3月後半にインターンして、就職しようと決めました。就職して最初は、がっつり山の中に入るんだと思ってびっくりしたんですけど、動いてみれば身体も慣れるもので、山の斜面ぐらいだったらサクサク歩けるし、機械を持って斜面で草刈りするのは平気になりました。今の時期だと働いてるときに虫やらヘビやらカエルやら、ちっちゃい生きものがいるんで、それを見つけるのが楽しいですよ(笑)。レアだなあって写真撮ったりすることもありますし、梅雨が明けて暑くなるといろんなやつらが出てくるかなと思うとテンション上がりますね」

生きもの好きにはたまらない環境のようです。ところで、肝心の狩猟についてはどういった仕事をしているのでしょうか。

造林と狩猟は相性が◎

林業では植林後のシカによる被害が大きな課題になっています。というのも、若葉のついた苗木はシカにとってはごちそうなのです。植えたばかりの苗木がシカに食べられてしまって植え直し、なんてこともよくあります。獣害対策として植林地をネットで囲う取り組みがなされていますが、シカは隙間などから巧妙に侵入してくるため、十分な対策にはなっていません。

植林地を獣害対策のネットで囲った様子。興膳さん写真提供

興膳さんはこの状況を逆手に取ろうと考えました。「ネットで囲むとその周りをシカが歩き出すんですよ。下草刈り後に生えてくる柔らかい新芽もシカの大好物なので余計に中に入りたいんですよね。そこで、ネットの周りにわなを仕掛けて獲っちゃおうと。シカを獲るならこれが効率的なんです」

林業界では苗木をシカから守るための筒状シェルターが導入されていますが、苗木の成長が遅れ、成長後はゴミになってしまうデメリットがあります。生分解性のものはまだまだ少なく、シェルター1つで700円ほどかかるため、一度に何百本何千本と苗木を植えるとなると余計に造林の費用がかさんでしまいます。

「苗を守るだけでは獣害は解決しないです。シカは捕獲しないと増えるばっかりなので」

増えすぎて林業の支障になっているシカを捕獲して個体数を調整することで、植えた木の成長を守ることができます。それによってドングリの木が増えていけば、イノシシなどの野生動物にとっては食料がたくさんあって喜ばしく、野生動物を獲る側も脂ののった肉が食べられてうれしい。この循環を回していくためにも、造林と狩猟を掛け合わせて行っていくのが肝心なのです。

オンラインで体験できる狩猟
クラウドハンター

今や狩猟にふれやすい環境になりましたが、自分が実際に関わるとなると簡単な話ではありません。しかし、オンラインでも狩猟が体験できると言われたらどうでしょうか?

興膳さんが手にしているツールは、狩猟で使っているというトレイルカメラです。木に取り付けられたカメラの前を野生動物が通ると、カメラの赤外線センサーが動物の熱に反応して撮影することができます。SIMカードが入っているため撮影された写真や動画をリアルタイムで見ることもできます。

トレイルカメラに映った獣たち。興膳さん写真提供

「このカメラのおかげで、『すげえデカいイノシシが来たぞ!こんなのほんとにいるんだ』みたいなことが起きるわけです。わなに獲物が掛かったかどうかもわかるので、わなの設置が上手かったか下手だったか一目瞭然です。わなに掛かれば『俺の目に狂いはなかった!』みたいな感じで、めちゃくちゃテンション上がりますよ(笑)。仲間でカメラを見ながら『(わなの横を通りすぎる野生動物に対して)いや~わなはそっちじゃないんだよなあ…』とか呟いたり。自分らが見てて面白かったので、都会の人たちもそう感じるだろうなと思いました」

そこで誕生したのが「クラウドハンター」という取り組みでした。狩猟に興味のある都市部の人たちと地元の猟師や農業関係者がどこにわなを仕掛けるか作戦会議をし、実際に現地でわなとカメラを設置して、帰宅後に捕獲できたかどうかを見守る、という企画です。撮影画像は参加者自身のメールに届くように設定できるため、都会で暮らしながらよりリアルな狩猟が体験できるようになります。

「『東京のオフィスにいながら里山を感じられます』っていう参加者もいましたね。夜な夜な仕事してたら携帯にシカやウサギ、キツネの写真が届くわけですよ。うれしくて同僚に写真を見せて回るんだけど、同僚に心配されるって言ってました(笑)。単純に楽しいんですよね」

参加者はもちろんですが、受け入れ側のおじいちゃん猟師にとってもメリットがあると興膳さんは言います。

「田舎のじいちゃんたちは孤軍奮闘してるんですよ。じいちゃんたちだけでわなを掛けたり、わなの見回りに行ったり。でも、都市部の人たちが関わってくれれば『かっこいいとこ見せなあかん』ってモチベーションが上がっていいと思うんです」

千葉県鋸南町(きょなんまち)でクラウドハンターを開催したときも、大きなムーブメントが生まれました。

「情報共有するためのFacebookのグループページに、『獲物がかかった!』って投稿があがったんですね。金曜日の夜のことです。そしたら、『明日見に行きたいっす』みたいな人がたくさん出てきて。猟師さんの都合で朝6時に刺し止めすることになったんですけど、それでも20人中5人集まりました(笑)。地元の方も人手が増えて喜んでくれていました」

クラウドハンターでのわな設置の様子。興膳さん写真提供

クラウドハンターでは通常、2週間カメラで見守ったあと、バーベキューで獲れた肉をみんなで食べてイベント終了になります。にも関わらず、その後もお世話になった猟師さんのところへ通う参加者が続出するのだそうです。

「参加者独自で“通う人たちの会”みたいなグループページを立ち上げて、『今週末行くけど誰か一緒に行きませんか』とか『乗り合わせで行きましょう』とか、交流が続いてるみたいです。2019年に鋸南町で台風の被害がひどいときがあったんですけど、ボランティアに行く人たちが何人かいましたね。地元の人たちもクラウドハンターをやって良かったって言ってくれるので、僕らもうれしいですし、クラウドハンターをもっと広めたいです」

そして、このクラウドハンターを造林と掛け合わせてやっていこうと興膳さんは考えています。そうすることで、さらに持続的な狩猟・林業へとつながっていきます。

「郡上市は鹿や猪の有害鳥獣を捕獲すると1頭あたり1万4000円の奨励金が出るんですけど、正直それだけじゃしんどいんですよね。わなの見回りをしても獲れなかったら0円だし、捕獲できても山から運び出したり解体したりする大変な作業ばっかりなんで、そこの費用をイベントで賄えないかなと。クラウドハンターは1人3万円くらいの参加費で、一度に20人くらい来てくれるんです。林業のシカ問題をちゃんとお金にしながら解決していくってことをここから広めていきたいですね。うちらみたいな若い人たちでやっていかないと、じいちゃんたちだけでは難しいですし」

じいちゃんたちのためにも、植えた木を守るためにも、クラウドハンターになってみませんか?

後編では、造林や狩猟に留まらない興膳さん個人の取り組みに迫ります。

▶後編はこちら

田中 菜月 (たなか・なつき)
1990年生まれ岐阜市出身。アイドルオタク時代に推しメンが出ていたテレビ番組を視聴中に林業と出会う。仕事を辞めて岐阜県立森林文化アカデミーへ入学し、卒業後は飛騨五木株式会社に入社。現在は主に響hibi-ki編集部として活動中。仕事以外ではあまり山へ行かない。