森で働く
# 14
言葉の先にある
林業女子の現在地②
2021.6.14

「森と関わって働く人」のリアルな現場の声を伝えていく当連載。響hibi-kiがはじまって約1年、ようやく林業現場で実際に働いてる女性たちを取材する機会がめぐってきました。彼女たちは何を思い、どのような選択をして、森で暮らしているのか。島根県益田市で林業に携わる女性たちに話を聞きました。vol.2は林業の六次産業化に注力する山本千栄さんです。

▶vol.1はこちら

写真:西山 勲、取材先/文:田中 菜月

京都出身の元モデル・画家兼デザイナー
山本千栄さんの場合

《林業女子》
NPO法人G.I.F.T in nature 理事長
山本 千栄さん

益田市に来るまではデザインやアートなど、林業とはかけ離れた世界で活躍していた千栄さん。彼女が山に目を向けるきっかけになったのは、母の病だったと言います。治療法や薬について調べるうち、“水”が身体にとって一番いい薬であると思い至ったのでした。

「京都ではウォーターサーバーを使ったり、ミネラルウォーターを買ったりするのが当たり前で、それに疑問を感じるようになりました。日本は山も自然も豊かなのに、なんで水を買わないといけないのかなって。そのときに『伏流水が飲める山がほししい』と思って(笑)、山に興味を持つようになりました」

それから山探しがはじまります。親戚がいた益田市も候補の一つでした。それに加えて、山を管理していくための情報を調べる中で、山仕事や林業の必要性を認識するようになりました。

「山仕事をしないときれいな水が飲めないし、それなら山仕事を勉強しようってことで地域おこし協力隊に応募することにしました。募集もたまたま見つけて、連絡したら『どうぞどうぞ』みたいな感じでしたね。『モデルの女子が来る』と役場がざわついた?みたいです(笑)」

田舎ゆえの特性なのか、瞬く間に地域内へ、果ては隣町の林業関係者にまでそのニュースが広まってしまったそうです。そんな田舎の洗礼を受けながらも、はじめて触れる林業は楽しかったと千栄さんは話します。

「先輩が優しかったので、実際林業をやってみて楽しかったです。そのときすでになっちゃん(前編で登場した奈月さん)もいて、『ゆっくりでいいから』って言ってくれたのでやりやすかったですね」

協力隊として赴任してから約3か月後には、山本さんの同期で名古屋から移住してきた男性と奈月さんの3名で「NPO法人G.I.F.T in nature」を立ち上げました。当時は設立に追われてチェーンソーの研修など、週1回くらいしか山に行けなかったと言います。会社の立ち上げが落ち着いた1年目の冬から、ようやく本格的な林業の仕事がはじまりました。協力隊の活動として山仕事をする以外にも、会社としての事業も行っています。

「所有林を使わせてもらう代わりに、私たちが道をつけて間伐をしています。その山主さんがクロモジを育てている方なんですが、支障木や枯れ木を処理して山を管理することも会社として請け負っています」

同時並行で色々な活動を進めていく手数の多さとスピード感に圧倒されるばかりです。どこへ向かって走り出しているのでしょうか。

森の入口から出口まで
デザインする

2020年5月からは、地元のキャンプ場を管理しています。誰も管理者に名乗り上げていなかったところ、千栄さん自ら手を挙げたのだそうです。


千栄さんが運営するキャンプ場「匹見峡レストパーク」。千栄さん写真提供

「環境がすごくいいですし、ここより先に人も住んでいないので水もきれいなんですよ。飲み水として使ってますからね。いつかNPOのベースとしてここで複合的な林業ができたらいいなあと思って管理を市に志願して、無事認定してもらった感じです。2020年の6月から営業を再開したんですけど、今週末も来週末も満室です。県内だけじゃなく広島や山口方面から来る方が多いですね」

協力隊を卒業後はキャンプ場の運営を続けるほか、NPOとしてさらに活動を広げていきたいと千栄さんは話します。NPOでの主な事業は3つです。

① 森の担い手育成
② 森林整備
③ 林業の六次産業化

担い手育成では、チェーンソーや作業道づくりの講習会を開催していきます。チェーンソー講習会ではすでに奈月さんが講師を務めているように、「初めての人や女性の受講生は女性講師の方が参加しやすいと思うのでこれからも継続的にやっていきたい」と千栄さん。森林整備では、国定公園にある支障木伐採や草刈、間伐などを行うことになります。林業の六次産業化に関しては、市場で売れないような木を自分たちで加工し、付加価値を高めていきたいと語ります。

「チェーンソーで家具をつくるとか、炭づくりもやりたいです(※)。実際、一緒に会社を立ち上げた男性は炭づくりをはじめています。以前使っていた炭窯が集落のあちこちにあるんですけど、炭をつくれる方がいなくなっています。唯一つくれる方は80代後半で、いつ引退してもおかしくない。その方に師匠になってもらって色々教えてもらいながらやってます。匹見の森林率は97%で、そのほとんどが広葉樹なので炭をつくるにはぴったりなんですよね。まずはキャンプ場で炭を販売していくつもりです」

※現在はすでに炭づくりを行っています

森づくりや担い手づくり、そして整備の中で出てきた木材をどのように消費者に届けていくのか。小さな体からは想像もつかないほど壮大なプロジェクトが千栄さんの頭の中ではぐるぐると渦巻いています。

「できるだけ林業の入口を広げるのが私の役目かなとも思っています。夫が映像クリエイターなので動画コンテンツも増やしたいです。特に広報は絶対に充実させないといけないと思っていて。というのも、やっぱり発信しないと林業、ましてやこんな奥地は陽の目を浴びません。そこを私ができるだけ発信していって、人を呼ぶところまでできたらいいなあと思っています。もちろん自分が何もやっていないと説得力がないので、自分も山を買って、自分で整備するところまで実現するのが理想です」

●千栄さんのYouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCfV6wr-DL2AoR8Fu7SVTKzA

地元の知り合いが山を譲ってくれるという話もあるらしく、自分の山を手に入れることが現実味を帯びてきました。今は、自ら山を管理できるだけのノウハウを身につけるべく、研鑽に励む日々が続きます。

山の中で狼と暮らす

千栄さんが益田市へ移住してきたタイミングで変化したことがもう一つあります。それは狼犬(ウルフ・ハイブリッド)と暮らしはじめたことです。農業もやりたいと考えていたこともあり、狼のフンが獣害対策に役立つと知って飼うことを決めました。


千栄さんとライラ。取材先写真提供

「イノシシやシカが増えたのも、捕食者である狼がいなくなったことで生態系のバランスが崩れた影響があります。そうした教育方面の活動もできるんじゃないかという考えもありました。やりたがりなんですよね(笑)」

本人は自虐的に笑っていましたが、その行動力は並々ならぬ才能だと思います。また、狼犬のフンは獣害対策に効果があると実感してもいるようです。

「忙しすぎて農業にはまったく手を出せていないんですけど、ライラ(千栄さんが飼っている狼犬)の兄弟は農業でバリバリ活躍しています。知り合いの農家さんの敷地をウルフパトロールしたり、フンを提供してあげたりしているみたいです。1回分のフンに2リットルくらいの水で溶かしてまいてるみたいですけど、サルにも効いてるみたいですよ」

結婚後も一緒に暮らしているというライラですが、「ほんとに警戒心が強くて、野生が残ってますね」と千栄さんが言うように、飼うには相当の覚悟が必要になります。一方で、獣害対策という点では農業だけでなく、林業でも大いに活躍してくれそうな予感もあります。

最後に地元の人との関係性について聞いてみました。

「人間関係はいいですよ。でも、『本当はどう思ってるんだろう?』と思うこともあります。『いつか別の地域へ行っちゃうんでしょ』みたいな空気を感じることもありますけど、そう思う気持ちはわからなくもないですね。過去に何回も移住者が来て、いろいろ手をかけてあげたけど結局離れて行ってしまったという事実があって、その過去が積み重なって今があるので。両方悪くないですよね」

移住者も地元の人も、互いに相手の様子を伺うのはどこの地域も同じでしょう。先ほどの千栄さんの話では、炭づくりの師匠がいるなど移住者を迎え入れる人もいるように、それぞれに折り合いをつけながら関係を保っていることが伺えます。

取材後には、出産し新たな家族が増えた千栄さん。草創期である会社での活動に加えて、人生のターニングポイントも迎えたことで、今まで想定していたこととはまた違った取り組みも動きはじめそうだと期待が高まります。

今回は同じ地で林業に従事する2人の女性を取材し、まったく異なるスタイルの存在を目の当たりにしました。そのくっきりした違いこそが面白いなと感じます。“林業女子”という便利な言葉でひとまとめにするのではなく、一人ひとりの生き方をこれからも見つめていきたいと思います。

田中 菜月 (たなか・なつき)
1990年生まれ岐阜市出身。アイドルオタク時代に推しメンが出ていたテレビ番組を視聴中に林業と出会う。仕事を辞めて岐阜県立森林文化アカデミーへ入学し、卒業後は飛騨五木株式会社に入社。現在は主に響hibi-ki編集部として活動中。仕事以外ではあまり山へ行かない。