「森と関わって働く人」のリアルな現場の声を伝えていく当連載。今回は酪農家でありながら、森づくりや生き物との共存、農山村との交わりを模索する幸山明良さんの活動に迫ります。後編は牛を活かした森づくりや、幸山さんの家族の話についてです。
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山地酪農は
地域も森も支える?
岐阜県瑞浪市出身の幸山さんは明治大学農業経済学科地域資源管理論研究室(現在は農業マネージメント論研究室)で農業や農村の全般について学びました。その後畜産を学ぶため、山地酪農で知られる岩手県岩泉町の「なかほら牧場」で修行を積み、独立して熊本県へ移り住みます。2016年熊本地震の影響を受けて新天地を探していたところ、ちょうど山地酪農の人材を求めていた根羽村に声をかけられ、村への移住が決まりました。
根羽村では、さまざまな地域課題の解決策の一つとして山地酪農の導入に取り組み始めていたところでした。担い手不足により手入れが行き届かない森林や耕作放棄地を牛の力を借りて改善していくこと、新規就農者や移住者を受け入れることで村民を増やしていきたいといった期待がありました。
こうした村のバックアップを受けて、地域の共有林(地域住民などが共同で所有している山林)と村有林を合わせた約12haを年20万円で借りる形で幸山さんが森林の管理・活用を行っています。森林組合の協力を得ながら、幸山さん自身も伐採作業をしたり、道づくりをしたり、約1年かけて山を整備していきました。
牛のことだけでなく、山のことにも詳しい幸山さんは、放牧地の中を案内しているあいだに、いろいろなことを教えてくれました。
「機械を設置して沢の水量を測っているのですが、これから広葉樹を植えていく計画もあるので、それによってどう水量が変化するかを信州大学の先生と一緒に調べています。気温、地温、雨量などの基礎データも取ってます。山にどれだけ保水性があるのか、どれだけ水をつくることができるのか、そういうものをデータ化しています。なぜかというと、今、管理されていないスギやヒノキの人工林が多すぎるせいで、年間降水量は変わらないのに川の水がめちゃめちゃ減っているんです。常緑樹のスギやヒノキはすべて葉を落とさないから冬でも水を吸い上げちゃうわけです。それに木が混み合った林内では、樹冠(枝や葉っぱが生い茂っている樹木の上部)などに遮られて少量の雨が降った程度では地面に水が届きません。全部蒸発させちゃうんですよ。蒸発と蒸散ばっかりを繰り返しちゃって、だから川の水がめちゃめちゃ減っているわけです」
愛知県安城市に流れ込む矢作川の源流域・根羽村は、周辺の水資源を支える地域でもあります。
「根羽村は森林のうち約7割を人工林が占めていて、県下トップクラスなんですね。水資源を守る視点で考えたら、村の人工林が管理できない状況になれば下流域の人たちの生活に悪影響が出てきてしまいます。それをなんとか食い止める方法はないかなあと思ってこうしたことをやっているのですが、解決策を示せる根拠がまだ手元にないので、まずはデータづくりから。森林組合や村の人たちを巻き込んで広葉樹の森もつくっていきたいですね」
幸山さんの眼差しは牛たちだけでなく、私たちが暮らす自然そのものにも向けられていました。
自由の中にある葛藤
いつか家族と暮らせたら
実は幸山さん、4人の子どものお父さんでもあります。しかし、奥さんと子どもたちは熊本に残り、ずっと別々に暮らしているのだそうです。
「家族と一緒に根羽村で住めたら最高なんですけどね。今まで独り歩きが過ぎてしまって、家族とのコミュニケーションが十分じゃなかったんですよ。今はそれを修復しながら、ちゃんとお互いの意見を聞くようになりました。そうやって理解できる形を探った先に、気が向いたらこっちに来てくれるかもしれないし、来てくれないかもしれない。初めは家族のために何でも仕事できると思ってたのに、できないんですよね。自分のやりたいことと家庭を両立させるってことは今でも望んでいて、そこに関しては強欲です。とにかく今はやるべきことを一生懸命やろうと思ってます。ほんと僕なんて人に自慢できることは一切ないんですよ。やりたいこと好き勝手やってるだけだから(笑)」
そんな状況ですが、根羽村にも家族のような存在がいます。
「たまに野焼きというか焚き火を夜にするんですけど、牛も火が大好きなんですよ。だから一緒になって暖をとってます。牛の皮膚は分厚いので寒さ暑さに強いんですけど、それもあってめちゃめちゃ火に近づくんですよね。『焼き肉になるからやめろ』っていつも言ってます(笑)。人間には耐えられない熱さでも牛は目がトロ~ンってなって気持ちよさそうにしてますよ。僕はその横でバーベキューしてます(笑)」
なんだかまるで同居人のような関係です。そんな牛たちにはそれぞれ名前がついています。
「名前を呼べば来ると思いますよ。『ユキ~!』」
「モオ~~~」
「お前はハルや(笑)。ハルおいで。ハル。コウコウコウ」
ちゃんと名前に反応してハルが駆け寄ってきました。
山で牛と生きていく。そこには食の面だけでなく、実に多様な可能性を孕んでいました。生き物との共存を考えたとき、森や農山村を軸に互いに快い関係を築いていくことができる一つのロールモデルになっていきそうですね。森で働き、暮らしていく世界が、hibi-kiの中でまた1ページ増えました。次のページにはどんなストーリーが加わるでしょうか。次回以降も一つひとつ丁寧に綴っていきます。