森で働く
# 8
山の中で
牛と生きる【前編】
2020.11.20

「森と関わって働く人」のリアルな現場の声を伝えていく当連載。今回は酪農家でありながら、森づくりや生き物との共存、農山村との交わりを模索する幸山明良さんの活動に迫ります。前編は牛と人が共存することの可能性について話を聞きました。

写真:西山 勲/文:田中 菜月

ネバーランドに住む
牛と人に出会う

山地酪農家
幸山明良(あきら)さん

まだ寒さが残る仲春の朝6時、私たちが向かったのは長野県根羽村にある道の駅ネバーランドのすぐ裏山でした。かすかに立ち込める霧と爽やかな朝日の中を進むと、“牛”の姿がありました。私たちに気付いた牛たちはこちらをじっと見つめてきます。

見慣れぬ光景に圧倒されていると、男性が声をかけてくれました。この牛たちと山で過ごしているという幸山明良さんです。2016年に起きた熊本地震による被災後、縁あって根羽村へ牛とともに移住してきました。

実はこの取材、前日に根羽村森林組合の今村さん( https://hibi-ki.co.jp/moridehataraku005/ )の紹介で急遽決まったものでした。事前情報がまったくない状態だったため、次から次へと素朴な疑問があふれてきます。なぜ山に牛がいるのか、乳牛なのか、放し飼いなのか、牛舎はないのか。

そうした質問に幸山さんは一つひとつ丁寧に教えてくれました。

牛たちは“ジャージー牛”と呼ばれる乳牛です。管理している約12haの広大な森の中で放し飼いにしているため、通常の酪農で行われる餌やり、水やり、糞尿の掃除などは必要ないと言います(電気柵などは設置されています)。本来草食である牛たちは山地に生えている草や笹、木の葉を食べて過ごしています。こうした放牧スタイルは「山地(やまち)酪農」と呼ばれ、健康的に育った牛たちのお乳は格別に美味しいのだそうです。

旬の素材を食べているので、季節によって牛乳の味も変わります。ただ、根羽村にいる牛たちはまだ若いため、搾乳はこれから。「牛舎はないですけど、搾乳小屋みたいなものをつくることは考えています。でも酪農だけをやるつもりではないです。牛も4頭しかいないですし」と幸山さんは話します。
※取材後に種雄を1頭購入して計5頭に。来年5~6月にお産、7月頃から搾乳予定だそうです

じゃあなぜ山に牛…?
ますます謎が深まるばかりです。

僕はおばあちゃんたちに
飼われているんです

地面に落ちているフンをよく観察すると、緑がかって見えます。匂いもまったくありません。なるほど、確かに草ばかり食べていることが分かります。幸山さんによれば、フンはそのまま放置しておけば自然と土に還っていくのだそうです。糞尿処理の手間もかからず、今の日本で多数派を占める酪農とは真逆です。

一般的な酪農では牛を畜舎で密飼いし、穀物を配合した飼料をエサとして与えています。食物繊維が少ないのでフンも臭いです。山地酪農と比べると牛の健康状態は良いとは言えないようですが、乳量が増え、効率よく一度に大量生産できるメリットがあります。より安くたくさんの乳製品が求められるほど、今の酪農からは離れがたくなります。

しかし、経済や商品といった視点から少し離れてみると、牛と人との違った関わり方が見えてきます。そして、それを体現しようとしているのが幸山さんなのです。

ただ放置するだけだと野生化して人の言うことを聞かなくなるため、牛とのコミュニケーションは必須です。

例えば、山の中で牛が草を食べることによって、林業における「下草刈り」と呼ばれる雑草木を取り除く手間を省くことができます。下草刈りは育林コスト(樹木が売れる大きさに育つまでにかかる費用)の約3~4割を占めているので、この作業がなくなるだけでも林業にとってのメリットはとてつもなく大きいです。

広大な放牧地には場所によって色んな森の姿があります。

「下の方には湿地帯もあるし、針葉樹と広葉樹の混じった天然林もあるし、ちょっと上まで行けば標高1000m近くなので生えてる木もまた違ってきます。多様な環境があることは牛にとってもいいんですよね。陽射しが強いときは木が生い茂っているエリアで休憩できるし、逆に日当たりのいい場所もありますし」

月に1~2回ほど子ども向けにも山を開放し、人も楽しめる空間づくりにも取り組んでいます。いずれはこの森でグリーンツーリズムなどもやっていく予定だそうです。

牛はときどき山を離れることもあります。

「この地域の遊休農地を7ヶ所くらい借りているんですけど、よその人にお金を払って草刈りするのをやめてもらって、代わりに牛たちに草を食べてもらうって活動もしてるんですよ。このあたりは一人暮らしのおばあちゃんが多くて、田畑を管理できなくなっているんです。牛が来たことでおばあちゃんたちも喜んでくれてうれしいですね。そこのつながりは結構大きくて、毎日朝夕と食事をもらってます。僕はおばあちゃんたちに飼われているんですよ(笑)。おばあちゃん家の食卓で一緒に食べて、お風呂もいただいて。だから自給はほぼなくて、他給で暮らしてます(笑)」

とっても不思議な暮らしを自由に謳歌しているように見える幸山さん。後編では酪農家以外の一面にも迫っていきます。

田中 菜月 (たなか・なつき)
取材・記事執筆担当。印刷会社で働いていた数年前、ふと森に関わる仕事がしたいと思い立ち林業の学校へ。それ以来どっぷり森の沼にハマる。もう抜け出せない。伐木作業者特別教育修了/狩猟免許の更新忘れた…/休日はアイドル、キャンプ、純喫茶巡り、読書。