森の中には何か不思議なものがある――  「本」と「映画」に潜むラビリンスにはどっぷりはまり込む当連載「Memento Mori」。深い森についての映画と本を毎回1冊ずつ取り上げ、テーマに合わせて読み解いていく。今回は「森を歩く」。

文:兵藤 育子/写真:敷地 沙織

ゲリラ兵と歩き続けた
西南シルクロードとは?

「ジャングル・ウォークも楽しいぞ、ハッハッハ。まあ、もう雨季がはじまったみたいだから、あんたらにはちょっとキツイかもしれないがね。ほら……」
ドカーンと、凄まじい雷が落ちた。(本文より)

森林浴という言葉は、1982年に林野庁が提唱したそうだが、現代人にとって森を歩くことは一種のセラピーのような意味合いを持っている。事実、森林セラピーという言葉もあるし、欧米では日本よりはるか昔から森林療法が積極的に取り入れられている。たしかに降り注ぐ木漏れ日や小鳥たちのさえずり、川のせせらぎ、樹木の香りなどを感じながら森を散策するのは、日常とかけ離れた心安らぐひとときとなるだろう。といっても今回紹介する2作品は、そんな余裕もないくらいハードな森歩きではあるのだが……。

高野秀行著『西南シルクロードは密林に消える』

辺境ライターの高野秀行氏のモットーが、「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それを面白おかしく書く」ことであるのは、ファンならばご存じの通り。たとえば、ゴールデン・トライアングルに位置するミャンマー北部の村に7カ月滞在して、反政府ゲリラとともにアヘンの栽培をしたり、内戦の絶えないソマリアでなぜか平和を維持している、ソマリランドという謎の独立国家の内部にぐいぐい潜入してみたり、はたまた納豆だけを追い求めてアジア各地を旅して、“日本固有の伝統食”というアイデンティティを揺さぶったり(最近その続編としてアフリカ版が出版された)。自らのモットーに忠実すぎて、「何もそこまでしなくても」とときに読者まで心配してしまうほどなのだが、その高野氏が「私の人生でも最も奇想天外な旅」と称している作品が『西南シルクロードは密林に消える』だ。

高野秀行著『西南シルクロードは密林に消える』の扉

シルクロードはもちろん聞いたことがあるだろうが、西南シルクロードって? と大抵の人は思うだろう。西安からヨーロッパへ抜ける有名なルートや、海のシルクロードとはまったく違い、しかもこうした交易路のなかで最も古いのが西南シルクロードらしい。著者は存在したかどうかも定かでないこの幻のルートを、“戦後、世界で初めて”踏破すべく旅に出る。しかも実現できる確信などまったくないままに。具体的なルートはというと、四川省の成都を出発してミャンマー北部を通り、最終的にインドに辿り着くのだが、中国側はまだよしとして、ミャンマー北部とインド北西部は、長いこと少数民族ゲリラと政府軍の紛争地域になっており、研究者もマスコミも基本的には入ることができない。よってビザなし、つまり非合法でそれぞれの国境を越えるという無計画な計画を立ててしまう。

高野秀行著『西南シルクロードは密林に消える』第3章

そんな無謀すぎる行程が事細かに綴られていくのだが、東京では典型的な引きこもりだったため、体力はゼロどころかマイナスに落ち込んでいるような状態。車で移動できると甘く見ていたら、密入国を謀っているような日陰者が政府軍のチェックポイントが随所にあるような道路を堂々と行き来できるはずもなく、銃を携帯したゲリラ兵とともにジャングル・ウォークをする羽目に。著者はまるで駅伝のたすきのように、さまざまな民族、さまざまなゲリラ組織に託されるかたちで歩みを進めていくのだが、中国の公安につかまったり、謎の激痛に襲われたり、アヘン中毒のやせ細った若者がポーターになったりなど、いきあたりばったりなだけにハプニングには事欠かない。

高野秀行著『西南シルクロードは密林に消える』の中面

西南シルクロードを踏破できたかどうかはさておき、“戦後初”だけあって著者がその場に行って書いてくれなければ、絶対に見ることのできなかった景色、出会うことのなかった人々、現代の日本とはかけ離れた暮らしが生き生きと伝わってくる。そして移動するにつれ、人や食べもの、生活スタイルなど文化圏がグラデーションのように変わっていく様も興味深い。知られざる世界はなんとも好奇心をくすぐられるし、読み終えたあとはタイトルの通り、長く楽しい夢を見ていたかのような、狐につままれた気分になってしまう。それくらい現実離れした旅行記といえるのだが、海外を自由に旅することがままならないこんな時期だからこそ、妄想だけでも規格外の旅にどっぷり浸かりたいものだ。

『西南シルクロードは密林に消える』
著者:高野秀行
出版社:講談社
価格:910円(税別)

かつての悪友と歩く
アパラチアン・トレイル

映画『ロング・トレイル』のワンシーン。森林の中を歩く主人公のビルと悪友のカッツ

原題は「A Walk in the Woods」。まさに森を歩く映画なのだが、舞台となっているのはアメリカ東部のアパラチアン・トレイル。南部のジョージア州からアパラチア山脈に沿ってカナダと国境を接するメイン州まで、実に14もの州を縦断する約3500kmの自然歩道だ。劇中のセリフによると、毎年2000人ほどが挑戦するものの、踏破できるのは10%にも満たないらしい。

映画『ロング・トレイル』のワンシーン。テントを組み立てる主人公のビルと悪友のカッツ

アウトドアなど幅広いテーマで人気のノンフィクション作家、ビル・ブライソンの同名紀行文が原作なのだが、映画では主人公の年齢などが大幅に変えられている。で、その主人公ビルを演じているのが、ロバート・レッドフォードだ。年齢を重ねても相変わらず渋くてかっこいいのだが、冒頭で登場するお姿はちょっと枯れ気味。かつては紀行作家として世界中を旅したものの、今は余生を持て余している感じでどうも覇気がないのだ。そんな彼が自宅近くを通るアパラチアン・トレイルの看板に目を留め、家族の反対を押し切って挑戦することを決意。旅のパートナーとして誘った人たちには、「来世なら」とか「大腸検査のほうが面白い」などと老人ギャグでかわされてしまうのだが、誘っていない人物が噂を聞きつけて一緒に旅をしたいと申し出てくる。けんか別れしたまま疎遠になり、40年ぶりに再会した悪友カッツ(ニック・ノルティ)は、普通に歩くのもままならないような巨体で、破天荒な人物だった。

映画『ロング・トレイル』のワンシーン。山の上でくつろぐ主人公のビルと悪友のカッツ

こうして始まる老人ふたりの珍道中はなんとも危ういのだが、手助けしようとする若者の好意を無下にしたり、たまたま道連れになったうざい人を必死でまこうとしたり、女性といい感じになりかけたり、やってることはまったくもって年寄りらしくない。ふたりとも体力こそ衰えているものの、気持ちはずっと40年前の“悪ガキ”のままなのだ。

映画『ロング・トレイル』のワンシーン

軽口を叩き合いながら、あるいは疲れ切っているときに視界が開けて突如現れる自然は、圧倒的なスケールで呆然と立ち尽くすしかないほど美しい。そして何日も、何週間も、何カ月もひたすら歩くという行為は、否応なしに人生と向き合わせる。といっても、説教じみていないのがこの映画のいいところ。尋常ではない距離を歩いたからといって、わかりやすく何かが変わるわけではないし、本当の自分を見つけた気になるわけでもない。ましてや彼らは、自分探しをするような年齢はとうに過ぎ去っている。

映画『ロング・トレイル』のワンシーン。森林の中で話し合う主人公のビルと悪友のカッツ

歩き続けることは、答えのない人生を疑似体験することなのかもしれない。そして少々過酷な旅でさえも、思い立ったときが行きどきであり、遅すぎることはない。ロング・トレイルは「いつか」にとっておくとしても、ちょっと森を歩いてみたくなる、そんな映画だ。

映画『ロング・トレイル』のブルーレイパッケージ
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『ロング・トレイル!』
監督:ケン・クワピス
製作年:2015年
製作国:アメリカ
Blu-ray価格:4,743円(税別)
発売元:ツイン
販売元:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

兵藤 育子 (ひょうどう・いくこ)
海も山も近くにある、山形県酒田市で生まれ育ったライター。山育ちの亡き父に山菜採りやキノコ採りに連れて行ってもらったのが、自分にとっての森の原風景。主な執筆ジャンルは、旅、映画、本、漫画、人物インタビューなど。写真は熊野古道の大雲取越。