本当に怖い森で彷徨うのは嫌なものだけど、映画と本の森のラビリンスにはどっぷりとはまり込みたい。そんな深い森についての映画と本を毎回1冊ずつ取り上げ、テーマに合わせて読み解いていくのが連載「Memento Mori」の世界だ。今回は、「森の生業」について——

文:兵藤 育子/写真:敷地 沙織

人間ではなく木の立場から
森を理解する森林管理官

“社会の真の価値は、そのなかのもっとも弱いメンバーをいかに守るかによって決まる”という、職人たちが好んで口にする言葉は、樹木が思いついたのかもしれない。森の木々はそのことを理解し、無条件に互いを助け合っている。(本文より)

森林管理官という職業をご存じだろうか。日本だと森林官という呼称のほうが一般的かもしれないが、林業や林学に関する専門的な知識を備え、森林を管理する技術者のことである。

『樹木たちの知られざる生活 森林管理官が聴いた森の声』の著者ペーター・ヴォールレーベンは、ドイツ西南部のラインラント=プファルツ州営林署で20年以上働いたのち、行政官の立場から森林を保護することに限界を感じて独立し、フリーランスの営林者になった人物。2015年5月に出版された本書は、ドイツ本国でまたたく間にベストセラーになったらしいのだが、読むと納得。彼の目を通して見る森は、とてもインテリジェンスで、のんびり屋さんで、愛らしいキャラクターの持ち主なのだ。

木が生きていることは誰もが知っているけれども、動物のように動きもせず、声を発することもないため、限りなくモノに近い生き物と認識されがちだ。しかし木も痛みを感じたり、学習能力があったり、お隣さんと会話まで交わしている……。そんな驚くべき生態を、豊富な経験や研究結果などをもとに綴っていく。あるとき著者は、自身が管理しているブナ林で土の硬さや湿度などそれぞれ違う環境に立っている木々が、申し合わせたかのように同じ量の光合成をしていることを発見。地中の根を通じて、強い木が弱い木を助けているのではないかと推測する。樹木の集合体である森林は一種のコミュニティであり、人間と同じように助け合うことで成り立っている社会福祉システムが存在するのだ。

一方でブナの若木は、放っておくと上へ上へと生長したがるのだが、母親が子どもの頭上で枝を広げて光を遮り、かろうじて生きられる程度の光合成しかさせない。これは親が欲張りなわけでも、ましてやネグレストでもなく、若い頃に我慢を強いてゆっくり生長させることで、細胞の細かい丈夫な体をつくって抵抗力を高めるため。

要するに、長生きさせるための教育なのだ。事実、野生の樹木は100歳前後でも鉛筆ほどの太さしかなく、背丈も人間程度なのだそう。100年生きてもまだまだ若造なのだから、人間との時間感覚の違いを思い知らされる。

森林コミュニティを形成しているのは、樹木だけではない。動物や鳥もそうだけれども、人間の肉眼では確認できないような地中にいる虫や微生物、菌糸などのほうが木にとってはよっぽど重要なのだ。

森林管理官である著者は、可能な限り人間側からではなく、木の立場になって森を理解しようとする。そうすると健康的な森を目指して人間が行う間伐は、ときに樹木同士の交流を断絶させ、木を孤独にさせる行為にもなりかねないし、人間を和ませるために植えられた街路樹は、森を離れて身寄りを失った“ストリートチルドレン”であることが見えてくる。

木を無口だと思っているのは、単に私たちが木の意思表示を理解しようとしないから、ともいえるだろう。木にとっての幸せな生き方とは?森林管理官は人間と木の間に立つ通訳者となり、森の見方を変えてくれる。

『樹木たちの知られざる生活 森林管理官が聴いた森の声』
著者:ペーター・ヴォールレーベン/訳者:長谷川圭/出版社:早川書房
価格:700円(税別)

自然を敬い、次の世代へ
木の命をつないでいく

一次産業の後継者不足は長いこと課題とされているが、林業もやはり例外ではないようだ。三浦しをんの小説『神去(かむさり)なあなあ日常』を映画化した本作の舞台は、ケータイの電波も届かない山奥にある神去村。原作だと「三重県中西部、奈良との県境近く」ということになっている。

大学受験に失敗した平野勇気は、たまたま見つけたパンフレットの表紙でほほえむ美女につられて、林業研修プログラムに参加。しかし虫の襲来や体を張った仕事内容など、都会育ちの彼にとってはかなり過酷な現場であることが判明。それでもパンフレットの美女が同じ村に住んでいることがモチベーションとなり、林業を続けていくことに。全体的にコミカルな雰囲気なのだが、林業に誇りを持つ人たちの描き方は誠実だ。

「山なめとったら命落とすぞ!」

研修の序盤、お調子者の勇気は、山仕事の天才的なセンスを持つ血気盛んな先輩のヨキにこう恫喝される。たしかに勇気は林業をなめきっていた。しかし広大な山の斜面に1本ずつ苗木を手植えしていく気の遠くなるような作業や、林業用の特殊なはしごで杉の木によじ登って行う枝打ち(ときにはそのまま木の上で弁当を食べることも)、大木を数人がかりで伐倒する緊張感や、山の上で絶景を眺めながら飲む淹れたてのコーヒーなど、一つひとつの体験が彼を山の男に変えていく。初めて行った木材の競りの帰り道、今ある木をすべて切って売ればお金持ちになれると興奮する勇気に諭す、親方の言葉が印象的だ。

「農業やったら、手間暇かけて作った野菜がどんだけうまいか、食べたもんが喜んだらわかるけど、林業はそうはいかん。ええ仕事をしたかどうか結果が出るのは俺らが死んだあとなんや」

自分たちが伐採して利益を得るのは、今は亡き先代の林業従事者が植えた木であり、自分たちが植えた木が売りに出されるときもやはり、この世にはもういない。林業は次の世代へとバトンをつないでいく仕事なのだ。

山村に暮らし、林業を生業にしている人々が、自然を畏怖する姿も丁寧に描かれている。たとえば、天気がいいのに山に入らないのをいぶかしがる勇気に、ヨキが「山留め」だと説明するシーン。山留めは神様が木を数える日で、万が一、山に入ると人間も木に数えられて、昔はそれでよく人がいなくなっていたという。もちろん勇気はそんな話など信じないが、その後、とある事件が起こってしまう。

林業の現場を興味深く描いた“お仕事映画”でありながら、日本人の心に息づく自然信仰や土着の風習にも触れている本作。自然を敬う精神が、森の生業を支えている。

『WOOD JOB! ~神去なあなあ日常~』
監督:矢口史靖
製作年:2014年
製作国:日本
Blu-ray&DVD発売中
DVD価格:3,800円(税別)
Blu-ray価格:4,700円(税別)
発売元:TBSテレビ
販売元:東宝
©2014「WOOD JOB!~神去なあなあ日常~」製作委員会

兵藤 育子 (ひょうどう・いくこ)
海も山も近くにある、山形県酒田市で生まれ育ったライター。山育ちの亡き父に山菜採りやキノコ採りに連れて行ってもらったのが、自分にとっての森の原風景。主な執筆ジャンルは、旅、映画、本、漫画、人物インタビューなど。写真は熊野古道の大雲取越。