Memento Mori -Books,Cinema,Art,and more-
# 3
森の恵み
2020.4.22

長期にわたり人との接点を絶つことが求められるこの時勢で、映画と本は多くの示唆を与えてくれる。森で生きる術を映画と本で綴っていく「Memento Mori」。3回目は「森の恵み」。人生の実りとは、物質的なものではないのかもしれない。時間、感情、愛、それはいつも目には見えない。

文:兵藤育子/写真:敷地沙織

森で育まれた
“最高品質”の巨大生物

『パラサイト 半地下の家族』でカンヌ国際映画祭パルムドールと、アジア映画として初めて米アカデミー賞作品賞を受賞し、世界中を驚かせたポン・ジュノ監督。ともすると説教くさくなりそうな社会問題を、シニカルなユーモアや緊迫感のあるサスペンスで包み込み、間口の広いエンタメに昇華させるのが彼の得意技であることは、『パラサイト』でも多くの人が感じたはずだ。

そのひとつ前の長編で、Netflixオリジナル映画としても注目された『Okja/オクジャ』も、得意技が遺憾なく発揮されているポン・ジュノ監督らしい作品といえる。

オクジャというのは、ニューヨークに本社を構える多国籍企業、ミランド社が偶然発見したスーパーピッグの一個体。つぶらな瞳と垂れ耳で、カバのような豚のような外見の“ブサカワイイ”巨大生物なのだが、体格のわりにエサや排泄物が少なく、環境への負荷が低いにもかかわらず、その肉がすこぶるおいしいのがスーパーピッグと呼ばれるゆえん。世界的な人口増加による食糧不足を解消しうる、革命的な家畜なのだ。

26匹の繁殖に成功したミランド社は、それらを支社のある世界中の国に送り、地元の農家に伝統的な方法で育てさせて、究極のスーパーピッグを選ぶコンペティションを開催することに。10年後、専門家たちも驚くほど美しく立派に成長したのが、韓国の山奥で成長したオクジャだった。

なぜ各国に散らばったスーパーピッグのなかで、オクジャが群を抜いてすばらしいのか。ともに成長してきた少女ミジャと森を自由に駆け回る姿から、その理由が察せられる。彼らにとって森は恵みの場であり、遊び場だ。オクジャが転がりながら大きな木に体当たりすると、地面に柿の実がどっさり落ち、それをミジャが拾う。魚を食べたいとミジャが言えば、オクジャが澄んだ沢にダイヴして魚が岩場に打ち上げられる。

昼寝をするのも一緒だし、オクジャの足の裏に刺さったイガグリをミジャが取り除いたり、ミジャが危うく崖から落ちそうになったら、命がけでオクジャが助けたり。幼い頃に両親と死別し、農家の祖父に育てられたミジャにとって、オクジャは家畜などではなく大切な家族の一員なのだ。

しかしのどかで平和な暮らしは、ある日突然ミランド社によって壊されてしまう。ソウル、そしてニューヨークへ連れ去られるオクジャの救出劇を軸に、物語は動物虐待や過激な動物愛護思想、遺伝子組み換え、利益優先主義の企業の闇などにも枝葉を広げていく。森で育まれることによって、皮肉にもすばらしい“商品”に成長してしまうオクジャ。興奮とともにザラリとした後味を残すのも、ポン・ジュノ監督の得意技だ。

『Okja/オクジャ』
監督:ポン・ジュノ
製作年:2017年
製作国:韓国・アメリカ
Netflix映画『Okja/オクジャ』独占配信中

四季折々の収穫に
舌鼓を打ち、日々生きる

「小森では梅やスモモや桜の花と山菜と田植えはいっぺんにやってくる」

ひとりの女性が山間の小さな集落で、ほぼ自給自足をしながら暮らす日々を描いた『リトル・フォレスト』は、作者である五十嵐大介さんの実体験がベースになっている。埼玉県出身の著者は、沖縄の西表島で都市部とは真逆の暮らしをしている人、つまりは生活にまつわることを自分たちで賄っているような人たちと出会って衝撃を受け、そのときの体験と縁がきっかけで岩手県衣川村(現在は奥州市)へ移住。約3年をそこで過ごし、農作業などを行いながら本作を描いた。

舞台となっているのは「東北のとある村の中の小さな集落“小森”」。この地で生まれ育ったいち子は、一度は都会に出たものの故郷に戻り、母親と住んでいた家に今はひとりで暮らしている。

自給自足といってもその度合いはさまざまだったりするが、いち子の場合は結構なハイレベルだ。米麹から自分たちでつくって味噌や甘酒を仕込んだり、あんこづくりだって小豆を畑にまくところから始める。そんな暮らしに欠かせないのが、山菜や木の実、川魚のような森の恵みだ。

家から自転車で30分かかる(帰りは上りなのでさらにかかる)商店へ行くより、森で食料を調達したほうが効率的かつ経済的だし、なんといっても新鮮だ。旬の食材は季節の移ろいとともに次々と変わっていくうえ、人間の作業ペースなどおかまいなしなので、息をつく間もなく収穫、下処理、調理、保存が続く。真のスローライフは、まったくもってスローではないのだ。

自分を置いて家を出てしまった母の手料理を再現してみたり、都会に馴染めず戻ってきたことに後ろめたさを感じていたり、故郷にこのまま定住することになりそうな作業はなんとなく避けてしまったり……。時折見え隠れする感情も、自分でつくったものを自分で食べるシンプルな暮らしに余韻を残す。

いち子は日々の仕事、季節の仕事を、億劫がるわけでもなく、かといってうれしそうにというわけでもなく、当たり前のこととして淡々とこなしていく。自然のなかで暮らすとは、そういうことなのだろう。ただし収穫したものを食べるときは、途端に表情が豊かになる。これもまた、主人公と同じような暮らしをした著者だからこそ描ける、リアルな幸せの瞬間なのだろう。

『リトル・フォレスト』(全2巻)
著者:五十嵐大介
発行年:2004年(1巻)、2005年(2巻)
出版社:講談社
価格:各950円(税別)

兵藤 育子 (ひょうどう・いくこ)
海も山も近くにある、山形県酒田市で生まれ育ったライター。山育ちの亡き父に山菜採りやキノコ採りに連れて行ってもらったのが、自分にとっての森の原風景。主な執筆ジャンルは、旅、映画、本、漫画、人物インタビューなど。写真は熊野古道の大雲取越。