hibi-ki Hiker’s club
# 8
ヨーグルトだけじゃない
ブルガリアは山の国【後編】
2021.12.28

山を、森を、ひたすら歩き続けたい。ただの山道じゃない、自然と融和できるような、そんな“トレイル”が世界各地にはあります。土地の成り立ちも、気候条件も、人の生活文化も異なれば、そこに立ち表れる自然の姿は多様です。世界各地のトレイルを走破している元地理教師でハイカーの玉置哲広さんを案内人に迎え、山の世界旅行へ一緒に出かけてみましょう。今回も引き続きヨーグルトでおなじみのブルガリアが舞台です。

▶前編はこちら

写真・文:玉置 哲広

最高峰と大理石の山へ

前回はブルガリアの象徴、世界遺産・リラ修道院へゴールするトレイル歩きでした。これは、日本で言えば日光の山々を歩いた後、東照宮へ下って来たようなものでしょうか。もし、インバウンドのハイカーだったら、このあと富士山と世界遺産の白神山地か屋久島あたりへ行ってみたいところだと思います。私も同様で、ブルガリアの最高峰「ムサーラ山」と、世界自然遺産の「ピリン山脈」に行こうとそこへ向かったのです。

最高峰・ムサーラ山(2925m)も、前回と同じくリラ山脈にあります。早速、麓の町「サモコフ」からミニバスで登山口に移動しました。最高峰に向かうルートにしては、バスのダイヤは適当、乗客もまばらで、おじさんが気分次第で運転しているような感じ。富士山とは大した違いです。でも、登山口「ボロヴェッツ」は土産店やレストランが並ぶリゾート地のような感じになっていて、やっぱり名所なんだなと思いました。ここには長いゴンドラがあり、これを使えば楽勝です。一気に2300mの高地まで運んでくれました。ブルガリアの善男善女が気軽に来られるようになっているわけで、さすがに最高峰です。

歩き出した所はすでにハイマツにおおわれた高山帯で、幅広の大きな道が続き、道端に黄色や青やピンクの高山の花々が咲いていました。そんな道を歩いていると「ザッザッ」と音をたてながら、ブルガリアンハイカーが大股で次々にやってきては私を追い抜いていきました。私は歩くのはけっこう早い方だと思っていたのですが、むむむブルガリアンは侮れない!コンパスの差でしょうか。

氷河湖に映ったムサーラ山。
ムサーラ山頂上。ブルガリア国旗を持って。

やがて、氷河地形のモレーン(※)とカール(※)が広がって、小さな氷河湖に姿を映した主峰のムサーラが見えてきました。そのカールを見下ろすように登っていくと、ブルガリア国旗の立つ頂上に着きました。富士山よりかなりお手軽と言えるでしょう。登頂に満足していると、次々にいろんな人たちがやって来ます。家族連れだったり、琴欧州も顔負けの大男だったり、手提げカバンのみだったり、バラエティ豊かでしたが、ブルガリアンが山登りを愛する人々であることは十分伺い知れました。

※モレーンとは、氷河によって運ばれた石、砂利などが、氷河の側面、末端、底部などに堆積したもの。(『日本国語大辞典』から引用)。カールとは、山が氷河によってスプーンで削り取られたような地形のこと。円形劇場のような地形。

さて、次に向かった先は、リラ山脈より南部にあるピリン山脈です。ここは世界自然遺産に選ばれているところで、同じ世界遺産でも、修道院よりこちらの自然遺産の方に圧倒的に興味がありました。なんでも全山が、石灰岩が変成作用を受けた大理石でできていて、固有の動植物がいっぱい守られていると聞きました。ちなみに、富士山は開発が進みすぎて自然遺産に選ばれず、“文化遺産”としてやっと世界遺産に登録されたのでした。

ピリン山脈ヴィフレン山登山口。

起点の町「バンスコ」に移動して、ピリン山脈の主峰「ヴィフレン(ヴィーレン)山」(2914m)を目指します。バスの終点「ヴィフレンハット」からは、すでに見上げるばかりの大きく白い山容が姿を見せていました。歩き始めから、まばらな森林の間に早くも様々な花が咲いていて、森を抜けると一面のお花畑になりました。そして、それがずーっと続いて、百花繚乱です。そんな世界を、様々なスタイルのブルガリアンハイカーもいっぱい登っていて、ここも人気の山なのでしょう。

大理石の主峰が近づいてきた。
稜線鞍部から白い巨塊を辿るルート。

稜線の鞍部に出ると、お花畑から様相が一変して、巨大な大理石の山体が、白い巨塊という感じで、頂上までそそり立っていました。この石灰岩質の岩の上をじっくりと登って頂上へ向かいます。一枚岩の世界に変わったように思えましたが、よくみると足もとの道脇に豊富な花々が彩っています。

意外に狭かった頂上。登頂を喜ぶ人たち。

そんな独特の世界の中を、少しずつ標高を上げて行き、ついにヴィフレン山のピークに到着しました。着いてみると、下から見た巨塊の姿と違って、頂上部が細長くなっていました。氷河が山頂部を削りとったからでしょう。足下はハングした大岩壁となってカールへと続き、遙か下に雪渓も見えます。岩壁も周囲の山々も白っぽく、まさに石灰岩、大理石の世界です!

大理石のカール。

下りは、そんなカールのへりをめぐるルートをとりました。大理石の急斜面は滑り落ちそうな道で要注意です。そんな急傾斜を終えたあたりで、「おおっ」と思わず声をあげてしまいました。どどーんとカールの全貌が開けたのです。500mはあろうかという絶壁が、大迫力で頂上から一気に切れ落ちてそこにありました。岩壁が灰白色のために、カール底の白い雪と合わさって独特の景観になっているのです。欧州アルプスとは一味違う白い岩の大カールです。遠方の山や湖の景観も良かったのですがどうでもよくなり、この巨大カールに感動して佇んでしまいました。

麓に続く花畑。

名残をおしみつつカールボーデン(カールの底)を後にしましたが、その先の下りの道も、この迫力景観が続いた上に、色とりどりのお花畑も相変わらず続きました。

ヴィフレンを振り返る。

ここでは、世界自然遺産の値打ちを十分に感じさせられました。ブルガリアはヨーグルトだけでなく、山もなかなか素晴らしい国でした。そういえばあの巨大な大理石カールの色は、ヨーグルトの色だったかも。

●「ムサーラ山」ルート例
距離:約10km(ゴンドラ山頂駅「Jastrebec」~頂上までの片道)
時間:約5時間
標高:2925m
●ムサーラ山登山口へのアクセス例
・ソフィア空港
↓ 地下鉄
・ソフィア中央駅
↓ トラム
・ソフィア南バスステーション
↓ バス
サモコフ
↓ ミニバス
・ムサーラ山登山口
●「ヴィフレン山」ルート例
距離:約10km
時間:約5時間
標高:2914m
●ヴィフレン山登山口へのアクセス例
・ソフィア空港
↓ 地下鉄
・ソフィア中央駅
↓ 徒歩
・ソフィア中央バスステーション
↓ バス
・バンスコ
↓ ミニバス
・ヴィフレン山登山口
玉置 哲広 (たまき・てつひろ)
広島県出身でカープファン。大学時代に登山を始め、板橋勤労者山岳会に所属して、広く内外の山に登っている。高校の地理教師をしていた。モノ好きで蒐集癖があり、様々な文化に首を突っ込むが、ヘタの横好き。愛読書は地図帳と山の歌本。