hibi-ki Hiker’s club
# 14
関東の山で
スノーモンスターに出会う
2024.1.11

山を、森を、ひたすら歩き続けたい。ただの山道じゃない、自然と融和できるような、そんな“トレイル”が世界各地にはあります。土地の成り立ちも、気候条件も、人の生活文化も異なれば、そこに立ち表れる自然の姿は多様です。世界各地のトレイルを走破している元地理教師でハイカーの玉置哲広さんを案内人に迎え、森の世界旅行へ一緒に出かけてみましょう。今回は関東の雪山が舞台です。

写真・文:玉置 哲広

スキーで雪山を登る

今回は日本のお話です。私は「山スキー」で登山するのが大好きで、それで雪山に登ったところ、関東の山なのにスノーモンスターに遭遇したのです!「雪の怪物」って?まあ、東北地方の人、とくにスキーや雪山登山をする人は、多くの人がスノーモンスターに出会ったことがあると思いますが、関東にもいたのですね。

さて、私が向かった山は四阿山と書いて「あずまやさん」と読み、長野と群馬の県境にあります。一応半分群馬県なので、関東の山と言っていいでしょう。ラグビーチームが合宿したりして有名な菅平の近くにあり四季を通じて楽しめるいい山です。麓にはスキー場も多く、「山スキー登山」の適地としても、そのスジの人には知られています。

ところで、「山スキーで登る」と言っても、普通の人は、スキーは滑る道具だと思っているので「?」ですね。これ、知らない人に説明するのがなかなか難しくてややこしいです。

多くの人が「あー、担いで登るんだよね」とか「テレマークだよね」などと中途半端なイメージで理解したつもりになっている感じです。説明すると長くなるので、とりあえず「ゲレンデ以外の雪山(オフピステと言ったりします)で、スキーを使って登山及び滑降するのが山スキー」と考えて貰って、山登りのお話の中で具体的にふれていきます。

雪原の牧場から山頂へ

牧場の雪原。

登山口は数多くありますが、今回は菅平に近い菅平牧場周辺から登りはじめました。本来は緑の牧場になっていますが、冬は一面の雪原です。白一色に見渡す限りの広大な平原と、青空のコントラストがすばらしい素敵な朝を迎えていました。山に登らなくても、ここにだけ来てスノーピクニックすれば快哉を叫べるような良い所です。実際、四阿山の隣にある尾根続きの根子岳では、犬をたくさん引き連れた人たちの集団が、「雪山わんわんピクニック」をやっているのに出くわしたこともあります。

白樺林をスノーシューで登る人たち。

この日も山スキーの私たちの他に、スノーシューという雪山を歩く道具を履いた多くの人たちがいて遊んでいました。その人たちの多くも四阿山に向かっているようです。山スキーの私たちは、まずスキーの裏側に「シール」という毛皮のようなものを貼り付けました。なぜスキーで登れるかと言うと、こういう道具を使うからです。また、かかとが上がるようにビンディングをセットしました。ゲレンデ用スキーと違うのは、かかとを上げられる事なのです。こうしてスキーを雪に潜らないためのカンジキがわりにして、登っていくのです。

右手の山が四阿山。

少しずつ標高を上げていくと、雪原の牧場を離れて白樺やダケカンバの林に変わっていきました。ポピュラーな白樺だけでなく、薄茶色の木肌をしたダケカンバも素敵な色合いで、そんな木々の間を適当に縫って登って行きます。雪山では、ほかの季節のように道をたどるのではなく、自由にコース取りができます。そうやって、まっさらなキャンバスのような白い雪の上に、自分の好きなラインを描いて進めるところが、冬山の魅力なのですね。

針葉樹の森に変わる。

そして、 標高が上がってくると、だんだんと木々が樺から針葉樹へと変わってきました。雪をまとった針葉樹は、クリスマスツリーのようで、そんな林の中を登って行くのはとてもメルヘンチックな気分になります。針葉樹の木の種類ってなかなか難しくてよくわからないのですが、四阿山のはシラビソのようです。そのうち傾斜がどんどん急になり、しばらくハアハア言いながら上っていくと、いつしか頂上が近い雰囲気になってきました。

頂上稜線が近づく。

スノーモンスターの正体

そして稜線に出たあたりで、ふと、見上げると、「!」先ほどまでクリスマスツリーのように思っていた針葉樹の姿が大きく変貌したのです。白い巨大な妖怪のようなものが、我々を見下ろしているではありませんか。「おお!ついに現れたか。スノーモンスター!」

モンスター出現。

そう、スノーモンスターって、いわゆる「樹氷」のことなのですね。樹氷って、東北地方とくに蔵王の専売特許のように思っていました。でも、条件が整えば関東の山でも見ることができたのでした。スノーモンスターという言い方は俗称で、英語の辞書で引いてみましたが樹氷とは出てきませんでした。そもそも海外ではあまり見られない独特の現象のようです。正確には、スノーでなくアイスモンスターと呼んだ方が樹氷の性質を正しく表しているようです。なぜなら、雪というより雲を作る水蒸気が過冷却で凍結して木を覆ってしまったものだからだそうです。四阿山では稜線の部分にだけ、この白入道のような怪物が、ぬおっと立っていました。

モンスターの中を滑る。

モンスターに襲われないよう、我々はただちにスキーに貼ってある「シール」をべりべりとはがして滑れるようにし、ビンディングもかかとを固定しました。(山スキー用はそういう事ができます。ちなみに固定しないで滑る技術はテレマークと言います)下りは一気に風切る速さの滑降です。あっというまに追ってくるモンスターをぶっちぎり(追ってこないけど)、のどかな雪原に滑り降りました。

●四阿山登山口駐車場(上田市真田町長)から頂上までのルート例(片道)
距離:約5km
時間:約2~3時間
標高:約1400~2300m

国土地理院の地図を使用。赤線は大まかな登山ルートを編集部にて記載。
玉置 哲広 (たまき・てつひろ)
広島県出身でカープファン。大学時代に登山を始め、板橋勤労者山岳会に所属して、広く内外の山に登っている。高校の地理教師をしていた。モノ好きで蒐集癖があり、様々な文化に首を突っ込むが、ヘタの横好き。愛読書は地図帳と山の歌本。