hibi-ki Hiker’s club
# 7
ヨーグルトだけじゃない
ブルガリアは山の国【前編】
2021.11.12

山を、森を、ひたすら歩き続けたい。ただの山道じゃない、自然と融和できるような、そんな“トレイル”が世界各地にはあります。土地の成り立ちも、気候条件も、人の生活文化も異なれば、そこに立ち表れる自然の姿は多様です。世界各地のトレイルを走破している元地理教師でハイカーの玉置哲広さんを案内人に迎え、山の世界旅行へ一緒に出かけてみましょう。今回はヨーグルトでおなじみのブルガリアが舞台です。

写真・文:玉置 哲広

リラの僧院(修道院)を
目指して

美男力士の「琴欧州」が人気を集めていたのも、少し昔のことになってしまいましたね。欧州=ヨーロッパといっても、日本人にはなじみの少ない東欧・ブルガリアの出身でした。ブルガリアと言えば「ヨーグルト」と、大半の人がワンパターンなイメージしか持ってないみたいで、「バラの国」とか「冷戦時の親ソビエト国」なんて出てくる人は、まあ少数でしょう。

そんなブルガリアですが、この国を象徴する重要な要素に「山の国」という面もあるのです。私が小学生の時にあった大阪万博で(歳がバレますね)ブルガリア館の屋根が三角形な理由を「山の国だから」と説明されたことをなぜか覚えていました。今回は、そんなこの国の山歩きを2回に分けて紹介します。

ブルガリアの絵葉書マップ。ソフィア(左中央)の南方がリラ山脈。

ブルガリアの首都「ソフィア」は山に囲まれた盆地にあり、日本で言えばさしづめ「松本」といったポジションでしょうか。この国で最も高い標高を誇る「リラ山脈」は、ソフィアの南側にそびえていて、条件がよければ山々を見渡せるそうです。残念ながら見えませんでしたが、早速この山域を歩こうとトラムとバスを乗り継いで山麓の町へ向かいました。

さて、NYといえば自由の女神、札幌と言えば時計台というようにシンボルといえる場所がありますが、ブルガリアと言えば世界遺産「リラの僧院(修道院)」だそうです。でも、ここはとても辺ぴな場所にあって、ソフィアから往復で丸一日かそれ以上かかるといいます。俗界を離れた修道院だけに当然ですが、わざわざ行くほどの興味はありませんでした。ところが、トレッキングマップを見ていると、山を越えてリラの僧院に下るルートがあることに気がつきました。リラ山脈の山中にあるから、「リラの僧院」なのですね。トレックの終点としては、ここに至ってゴールなんて魅力的です。そこでこの世界遺産の修道院を目指す山歩きに出ることにしました。

森の入り口。キリル文字で「リラ」

一日目はサモコフという麓の町から登山口へタクシーで行き、氷河性U字谷の谷底につけられた道を軽く歩いて行く短い行程です。両側に針葉樹の森が続く中を進むと、前方に堂々とした山容のドーム状の岩山が見えてきました。

朝のマロビッツア山。

リラ山脈西部の主峰「マロビッツア山」(2729m)です。そして、その麓に立つマロビッツア小屋に投宿しました。勝手知らない東欧の国の山小屋に飛び込みで入るのは少々不安でしたが、何も問題ありません。小屋は、森から高山帯に変わるカール底に建っていて、清流とお花畑が広がる別天地です。清澄な空気に包まれて、ここでまったりと過ごすことにしました。

夕方になり、そろそろ休もうかと思った頃、ブルガリアの青年グループが到着して「焚火をやるよ。ジョイナス」と誘われました。正直もう寝たかったのですが、当地の人には珍しい客の日本人としては国際交流も無視できず、出て行きました。彼らも私同様、英語は得意じゃないのが好都合で、互いにカタコトでゆっくりと会話できます。「モエロモエロ」「セップク」なる日本語をラストサムライの映画で覚えたとか、ヨーグルトは村で朝イチに絞ったのが絶品だとか、琴欧州はやはり有名人とか、そんな話をして夜が更けていきました。

カールを見下ろす。

翌朝は快晴、夜更かしして寝たままのブルガリアンはそのままにして出発です。U字谷の奥に連続するカールを登って標高を上げると眺望が開けました。岩峰マロビッツアは、頂稜部が平らで高原状、気持ちの良いところでした。リラ山脈の全貌を見渡せます。森林限界を越えたアルペン的な風景が遠くまで続いています。

翌朝は快晴、夜更かしして寝たままのブルガリアンはそのままにして出発です。U字谷の奥に連続するカールを登って標高を上げると眺望が開けました。岩峰マロビッツアは、頂稜部が平らで高原状、気持ちの良いところでした。リラ山脈の全貌を見渡せます。森林限界を越えたアルペン的な風景が遠くまで続いています。

のびやかに続く縦走路。

ここから西方へ気持ちの良い縦走を続けると、「セブンレイクス(七ツ沼)」というリラ山脈の名所にも行けるので魅力的に感じましたが、当初の目的通り僧院に下山するルートをセレクトしました。足下の谷間を見下ろすと、森の中に赤い屋根の僧院が小さく見えています。

谷間にリラ僧院。望遠で。

次第に強くなるギラギラ太陽の強烈な日差しから逃げるように、森の中の僧院をめがけて下りました。ところがこのルートは歩く人が少ないらしく荒れていて、思った以上に体力を消耗しました。おまけに、やっと僧院に到着したと思ったところで、ルートに金属片が飛び出していて、それにぶつかって腕に切り傷を負ってしまったのです。誰もいなかった山道と対照的に、リラ僧院は観光客でごった返す俗世界となっていました。観光バスでやってきたオシャレな恰好の人たちがわんさかわんさか。そこへ突然、山の中から登山姿の東洋人が、腕から血を流しながら現れたのですから、怪しすぎるシチュエーションとなってしまったのでありました。

マロビッツア山とリラ僧院の絵葉書。
●「マロビッツア山」ルート例
距離:約12km(登山口~リラ僧院までの片道)
時間:約7時間
標高:約1000~3000m
●マロビッツア山 登山口へのアクセス例
・ソフィア空港
↓ 地下鉄
・ソフィア中央駅
↓ トラム
・ソフィア南バスステーション
↓ バス
・サモコフ
↓ タクシー
・マロビッツア山登山口

▶後編はこちら

玉置 哲広 (たまき・てつひろ)
広島県出身でカープファン。大学時代に登山を始め、板橋勤労者山岳会に所属して、広く内外の山に登っている。高校の地理教師をしていた。モノ好きで蒐集癖があり、様々な文化に首を突っ込むが、ヘタの横好き。愛読書は地図帳と山の歌本。