日本の森や山には、日本書紀や古事記などの書物にも記された数多の神話が伝えられており、神話のあるところには、同じできごとを違った角度から伝える民話が多く伝えられています。災害が相次ぎ、否応なしに自然と向き合わずには生きていけず、差別問題も叫ばれる今だから。そんな神話や民話を紐解きながら、物語の中に散りばめられた自然の中に神を見出す多様性ある日本古来のアニミズム的な信仰や暮らしの術を探求してみることにしました。

監修・解説:中村 真(Imajin)/編集・文:佐藤 啓(射的)/イラスト:高橋 裕子(射的)

高天原の天照大御神のおはなし

むかしむかしのカミヨのむかし、ソラのうえにタカマガハラというカミガミのせかいがあったそうなっちゃが。そこには、たいようのカミさま天照大御神やおとうとのスサノオノミコト、ほかにもてげたくさんのカミガミがくらしておったげぞ。スサノオノミコトは、それはそれはランボーもので、たんぼのあぜをこわしたり、ウマのかわをさかはぎにしたりと、やりたいほうだいしちょったそうなっちゃが。
スサノオノミコトのあまりにひどいイタズラにおこった天照大御神は、アマノイワトというドウクツにかくれてしまったのじゃ。タイヨウのカミさまがかくれてしまうと、よのなかはまっくらになってしもた。たべものがそだたなくなったり、カミガミもびょうきになってしまったり、それはそれはたいへんなことになってしまったそうなっちゃが。

こまりはてたヤオヨロズのカミガミは、アマノヤスカワラにあつまり、「どうしよっとね?」とカイギをひらいたっちゃ。カミガミはカイギででたアンをつぎつぎにためしてみることにしたげなぞ。
まずはナガナキドリをなかせてみちゃけど、「シーン」としたままアマノイワトはひらかんかった。
つぎにカジのカミさまのアマツマラとイシコリドメノミコトに、アマノヤスカワラのかわかみにあるイワとテツとでおおきなカガミを、さらにはたまつくりのめいじんのタマノオヤノミコトにヤサカニノマガタマをつくらせることにしたそうなっちゃ。それから、アメノコヤネノミコトとフダマノミコトをよび、オスシカのかたのほねとハハカのきでウラナイをさせたっちゃ。

そうこうしているうちに、レイヴパーティのじゅんびがととのっていったっちゃ。おたちだいにのぼったアマノウズメノミコトがオガタマのきのエダをてにもち、オッパイをあらわにおどりはじめると、まわりにいたおとこのカミガミが「ウェーイ」とおおごえでわらいよろこびさわぎよった。するとどっこい、アマノイワトのなかにいた天照大御神は「たいようのカミさまのワタシがかくれているからソトはまっくらやみでみんなこまってるはずなのに、なんでみんなたのしそうにしちょっと?」とふしぎにおもって、アマノイワトのとびらをすこしだけあけてソトをみたっちゃ。レイヴちゅうのカミガミは、「あなたよりうつくしくてりっぱなカミさまがいらっしゃったので、おつれしますね」といい、カガミで天照大御神のカオをうつしたっちゃ。

「なんてうつくしいカミっちゃ!」じぶんのかおだときづかずに、天照大御神はそのかおをもうすこしよくみてみようとトビラをひらいてカラダをのりだしたそうなっちゃが。「それきた!」とオモイカネノカミが天照大御神のてをひき、いわのトビラをちからじまんのタヂカラヲノミコトがあけはなち、天照大御神はついにアマノイワトからでてくることになったっちゃ。
そしてヨノナカはまたあかるくピースフルなジダイにもどったそうなっちゃが。
あばれんぼうカミさまのスサノオノミコトはウミよりもふかくはんせいして、アマノイワトのさとをはなれ、そのごイズモのくにでヤマタノオロチのタイジをするっちゃが、それはまたべつのおはなし。

天岩戸開き神話が教えてくれること

上記の神話「天岩戸開き」にはもちろん、前段の神話が存在し、須佐之男命(スサノオノミコト)は神々の世界において、ともかくやんちゃな存在として登場する。すべからく日本の神々は自然崇拝の対象であることを考えると、ここに記された「ひどいいたずら」や天照大御神(アマテラスオオミカミ)が怒って岩屋に隠れたことにより生じた様々な「大変なこと」は、そのもの自然現象や自然災害と捉えることができ、現在も全国において災害疫病退散の信仰の地(代表的なものとして京都の八坂神社 / 祇園祭など)は、須佐之男命の荒ぶる御霊の鎮魂から始まった神社やお祭りが多々存在することにもつながってくる。

長鳴鳥(ナガナキドリ)は現代で言うところの鶏であるが、鶏は日昇とともに大きな声で鳴く性質がある。現代にも通じるその性質を、逆に「鶏が鳴くと太陽が昇ってくる」と表現し、鶏の鳴き声には太陽を呼ぶ力が有るという設定で鳴かせたと理解できる。現在でも、鶏を放し飼いにしている神社があるが、この天岩戸神話の長鳴鳥から始まっていると言われている。
このように、今に続く「当たり前のこと」が実は『天岩戸開き』神話に表現されているのだが、代表的なものとして、「天皇家の証とされる三種の神器」もまた、この神話で誕生したものだ。古代の日本各地に存在した製鉄民族である「タタラ」の祖伸ともいわれる天津麻羅(アマツマラ)と鏡作りの神様である伊斯許理度売命(イシコリドメノミコト)が大きな鏡を作ったと書かれているが、これは三種の神器のひとつ「八尺(大きな)鏡」と伝わり、その後に展開する太玉命(フトダマノミコト)が作った五百個のみすまるの珠は「八尺瓊(たくさんの)勾玉」であり、この神話の中に、天照大御神の子孫とされる天皇家に継承される三種の神器のうち、ふたつの誕生譚が紹介されている(もうひとつの神器である天叢雲剣は、その後に続く出雲神話にて登場する)。

神様に祈りを届ける際に必要な神器が揃うと、いよいよ神話はクライマックスを迎えていく。男性神ばかりが登場するこの神話において、最後は女性神であり巫女の原型とも言われる天鈿女命(アメノウズメノミコト)が登場し、「乳房もあらわに」とあるように、女性性を強く表現していることに気が付く。女性性の究極は新たな命を生み出す力ととらえると、この描写に「命の生まれ変わり / 命の再生」を感じ、天照大御神の復活を表現していると受け取ることができる。
また天鈿女命の行動に周りの神々が喜び大声で笑い続けるなか、その笑い声がきっかけとなり、岩戸の中にいる天照大御神が動きをみせるのだが、私はここに『天岩戸開き神話』の神髄を感じる。神々の様々な試みにも応じない天照大御神が反応したのが、世界に響く笑い声だったのだ。古来、この国では「笑う門には福来る」といったことわざも残るほど、笑顔や笑い声がもたらすエネルギーを大切に捉えてきたことを考えると、『天岩戸開き』は三種の神器やさまざまな御神事の発生だけでなく、同時に笑顔や笑い声といったポジティブなエネルギーのもたらす効果について伝えているように思えてならない。

笑顔がもたらす明るく平和な時代の訪れは、その後の出雲神話に繋がっていく。岩戸に隠れそこから生まれ変わった太陽の神様は、暗闇から光溢れる世の中を再来させ、地上に降り立ったやんちゃな神様・須佐之男命もこれをきかっけに、出雲の国おいては反転、英雄のごとく活躍していく。その代表的なものに、ヤマタノオロチ退治の神話があるが、そこで手にしたのが三種の神器の最後の一つ、天叢雲剣(後のヤマトタケルの神話では草薙剣と呼ばれる)であり、ここで三種御神器のすべてが揃うのだ。

天岩戸開き神話が教えてくれること。それはこの国の根幹をなす価値観の始まりの話であり、時代は違えども、我々の暮らしにおいて笑顔がもたらすエネルギーの重要性なのではないだろうか。

追伸:
この『天岩戸開き』神話を今に伝える天岩戸神社(宮崎県高千穂町岩戸地区)では、神話の舞台となった岩戸(洞穴)が御神体として古来より神社境内で祀られてきました。岩戸が開いた際に、せっかく外に出てきた天照大御神が岩戸に戻らないよう、布刀玉命(フトダマノミコト)が注連縄(しめなわ)を張ったとされ、注連縄のルーツとされています。
神話以降、天岩戸で注連縄張りの神事が実施されることは無かったのですが、「天岩戸」のお話を広く後世に伝えようと、2020年に天岩戸神社第24代宮司の佐藤永周さんを中心に、本稿の解説を手掛ける中村氏ほか同志の方々の手で再び現代に蘇らせました。
これを機に開設された「あまのいわと学校」は、季節ごとに、座学やフィールドワークを交えた講義を開催し、1年を通して天岩戸神話に触れ、学び、伝えていくことを目的に展開する学びの場で、受講生は毎年12月には「注連縄張替御神事」へ参列することもできます。
https://aminaflyers.amina-co.jp/list/detail/56

解説:
中村 真(なかむら・まこと)●イマジン株式会社代表、尾道自由大学校長。『JINJA BOOK』『JINJA TRAVEL BOOK』著者で、自由大学の人気講座「神社学」教授を務める。自然信仰の観点から日本の神社や暮らしの中にある信仰を独自に研究する神社愛好家。信仰と学び、暮らしを軸にした地方活性化プロジェクトを全国各地で展開している。ima-jin.co.jp
※本稿は、一個人の見解であることをご了承ください。

佐藤 啓 (さとう・けい)
『Tank』『Spectator』などの編集、『ecocolo』などの雑誌の編集長を経て、現在は東京と岩手の二拠点で編集者として活動。ビフィタ職人を目指しながら、雑誌や書籍、広告の制作を生業としている。株式会社 祭り法人 射的 取締役棟梁。https://shateki.jp