ふしぎの杜で
# 10
蘇民将来
2022.6.23

日本の森や山には、日本書紀や古事記などの書物にも記された数多の神話が伝えられており、神話のあるところには、同じできごとを違った角度から伝える民話が多く伝えられています。災害が相次ぎ、否応なしに自然と向き合わずには生きていけず、差別問題も叫ばれる今だから。

そんな神話や民話を紐解きながら、物語の中に散りばめられた自然の中に神を見出す多様性ある日本古来のアニミズム的な信仰や暮らしの術を探究してみることにしました。

監修・解説:中村 真(Imajin)/編集:佐藤 啓(射的)/イラスト・文:高橋 裕子(射的)

備後の蘇民将来のおはなし

ありゃーなー、むかあしむかし。あるところにゴズテンノウという、ウシのアタマにアカイツノ、カラダがヒトの、それはそれはメヂカラのツヨイオトコがおった。

「そろそろヨメッコがほしいナ」と、マッチングをモトめるキモチがいっぴゃあわいてきたコロアイに、ハトがやってきたそうな。

「リュウグウジョウへいってみんさいー くるっくー」というハトのカンユウに、ゴズテンノウはリュウグウジョウへのタビにでかけたんよ。

ゴズテンノウは、リュウグウジョウへむかうタビのトチュウでヤドをさがしておった。そのあたりでもイチバンのオカネモチのコタンショウライのイエにたどりついたんよ。

「ヒトバンとめてつきゃあー」リュウグウジョウでひかえているコクハクタイムのレンシュウもかねて、ゴズテンノウはきっぱりミギテをさしだした。
「ビンボウだからゴメンなさいー」コタンはイジワルくこたえ、シュクハクセイリツとはならなかったー。

シツイでトボトボあるいていると、蘇民将来のイエにたどりついた。
「ヒトバンとめてつきゃあー」ゴズテンノウがいをけっしてコクハクすると
「ヨロシクおねがいしますー」と蘇民将来はマズシイながらもとっておきのクリゴハンでもてなした。
ヨクアサ、ゴズテンノウは蘇民将来のココロヅクシのモテナシのオレイに、チノワとタカラモノのタマをわたしタビにでたんよー。

ソノゴ、ゴズテンノウはリュウグウジョウでのマッチングにセイコウし、ぶちかわいらしいヨメをもらい、8人のオウジのチチになったー。
8ネンほどたったあるヒのこと。イチネンホッキでウマレコキョウにカエルことにしたんよ。

タビのトチュウ、フタタビ蘇民将来のイエにたちよると、ココロヤサシイ蘇民はオオガネモチのチョウジャになっていたそうな。
うらやましくおもったコタンショウライも、ゴズテンノウをイエにとめようとしたが、いっぴゃあワルイことばかりおこったそうなー。

「サイガイやエキビョウなど、ワルイことがおこったら“蘇民将来”のフダをカカゲルように。厄除けになるでがんすー」

ココロやさしい蘇民将来にゴズテンノウは、厄除けのチエをサズケていたそうな。ゴズテンノウのコトバどおりに“蘇民将来”とカイタキフダをみにつけていた蘇民のイッカは、ほいじゃから、いつまでもシアワセにくらしたそうなー。

蘇民将来の解説

全国に伝わる「蘇民将来(ソミンショウライ)」の伝承は、備後国(現広島県東部)風土記逸文に、わが国で最も古い蘇民説話が見られ、原文を要約するとおよそ次のようになる。

ーむかし、武塔神が求婚旅行の途中に宿を求めたが、裕福な弟・将来はそれを拒み、貧しい兄・蘇民将来は、一夜の宿を提供した。後に再びそこを通った武塔神は兄の蘇民将来とその娘らの腰に茅の輪をつけさせ、弟の将来たちは宿を貸さなかったという理由で皆殺しにしてしまった。武塔神は「吾は速須佐雄(スサノオ)の神なり。後の世に疫気あらば、汝、蘇民将来の子孫と云ひて、茅の輪を以ちて腰につけたる人は免れなむ」と言って立ち去った

ここで注目したいのは、武塔神が「速須佐雄の神なり」と名乗っていることである。上に記した民話では、その神様は牛頭天皇とされ、「武塔神=牛頭天皇=速須佐雄=須佐之男」ということとなる。たしかにスサノオを疫病退散の神として信仰している地域は多く、京都の八坂神社などはその代表格と言えるだろう。そこではまさに牛頭天皇としてスサノオがいまもって祀られている。また気になるのは、伝承の中では牛頭天皇(武塔神=スサノオ)が嫁探しの旅に出て、竜宮城へ行き、無事に嫁を娶り、なおかつ8人の子どもをもうけたという箇所。スサノオが8人の子供を持つ話は、高天原にいる姉・天照大神と交わした誓(うけひ/うけい=天照大神とスサノオの契約事)の際に生まれた、3女神5男神にもつながる。

その観点から考察すると、竜宮城とは神々の住まう高天原のことを指しているのかもしれない。因みに、誓(うけひ/うけい)の後のスサノオは、高天原で悪さの限りを尽くすという話になっているのだが、現在でも「蘇民将来」の伝説を信じ、通年、自宅の玄関先にその御札を掲げている地域として三重県の伊勢がよく知られているのだが、言わずと知れた天照大神の信仰の地である。

日本の神話に記された天照大神とスサノオの高天原神話と、備後国風土記に記された「蘇民将来」の話は、もしかすると同じ話をつたえているのかもしれない。

※本稿は、『古事記』や『日本書紀』に残された神話や備後国風土記を基に、各地に伝わる蘇民将来信仰や風習をふまえつつ考察した、一個人の見解であることをご了承ください。

解説:
中村 真(なかむら・まこと)●イマジン株式会社代表、尾道自由大学校長。『JINJA BOOK』『JINJA TRAVEL BOOK』著者で、自由大学の人気講座「神社学」教授を務める。自然信仰の観点から日本の神社や暮らしの中にある信仰を独自に研究する神社愛好家。信仰と学び、暮らしを軸にした地方活性化プロジェクトを全国各地で展開している。ima-jin.co.jp

佐藤 啓 (さとう・けい)
『Tank』『Spectator』などの編集、『ecocolo』などの雑誌の編集長を経て、現在は東京と岩手の二拠点で編集者として活動。ビフィタ職人を目指しながら、雑誌や書籍、広告の制作を生業としている。株式会社 祭り法人 射的 取締役棟梁。https://shateki.jp