静かなる革命
# 16
しいたけ農家が
森をつくったら?【後編】
2022.9.15

広葉樹の森を育て、自ら伐採し、その木でしいたけを栽培する、という取り組みに新たに挑む農家が岐阜県川辺町にいます。そのやり方は、50年前には周辺地域で当たり前のものでした。昔ながらの手法に回帰するのは、単に加速する効率化の揺り戻しなのか、はたまた新しい可能性を切り開くチャレンジなのか。その行方を追うべく、〈環の森〉の横田尚人さんと岳登さん親子に話を伺ってきました。

▶前編はこちら

写真:孫 沛瑜/文:田中 菜月

環の森の
しいたけ栽培

原木しいたけ栽培にまずもって必要なのが、菌を植えるための原木です。環の森では11月に伐採し、枝葉をつけたままの状態でその場で乾燥させ、1〜2月に原木として使いやすい長さに切り分けます。

樹皮を傷つけるとそこから雑菌が入ってしまい、しいたけ原木として使えなくなってしまうため、木を慎重に扱わなければなりません。

その後、3月に植菌して、6月頃にほだ木を林間に伏せこみます。しいたけの生育には適度な刺激が必要だそうで、2ヶ月に1回くらいはほだ木を天地返しする(ひっくり返す)作業も行います。

すると、翌年の秋からしいたけが発生し、秋から春までの期間に収穫を続けることができるようになると尚人さんは言います。

ほだ木を水槽に入れている様子。写真提供:環の森

「秋にほだ木を水に浸水してからビニールハウスに入れると、急激な木への給水が刺激になってしいたけが生えてくるんです。収穫したあとは数ヵ月ほだ木を休ませて、また水につけて刺激を与えると新たにしいたけが生えてくる。それで年に3〜4回くらい収穫できます」

写真提供:環の森

「浸水作業をしなくても秋か春のどちらかの季節に年に一回だけ、全部のほだ木からしいたけがパッと生えてくるんです。それだと仕事が重なってしまうので、9月になったら毎日100本くらいずつ水につける浸水刺激をほだ木に与え、ビニールハウスに入れる作業を繰り返します。そうすれば、1ヵ月くらいかけて順番にしいたけが収穫できるようになる。ハウスと水槽があれば秋から春まで毎日収穫できるようになります。収穫しない6~8月は山で下草刈りをしたり、薪割りしたりしています」

尚人さんが15年前に植栽しはじめて育てたクヌギのほだ木。年輪の幅が広いことから、成長が良いことがわかる。

「建築用の木材だとぎゅっと目の詰まった木が丈夫で好まれますけど、しいたけ原木は年輪幅が広い方がいいんです。その方が繊維に隙間があって、菌がまん延しやすいんですよ。樹皮が柔らかく仕上がるので、しいたけが出やすくなります」

柱材などの生産を目指すことが多い林業と比べると、しいたけ栽培のための森づくりに求められるものは方向性が大きく異なります。

しいたけ原木は高温に弱いため、直射日光を遮ってくれる落葉しない常緑樹(スギやヒノキ)の林間で寝かせるのが最適。

「原木の組み方はその年の気候だったり、どういうほだ木にしたいかによって変えています。季節によっても変えますね。今日の現場は地面に1本1本接する組み方ですけど、雨が少ない年やクヌギみたいに水分をより必要とする場合はこうした組み方にします。アベマキは水が抜けにくいので、乾きやすいように風通しのいい組み方をします」

ずらっと並んだほだ木を見渡すと、ひときわ細いほだ木もあることに気付きます。通常の流通では規格外のため、ほだ木としては使われないサイズです。

「自分で伐るようになったら枝ももったいなくてね。菌だけ植えればしいたけは生えてくれるので原木として使っていますよ。自分で木を伐っているからできることですよね」

しいたけ栽培と
林間放牧の関係

現在進行形で試行錯誤を続ける環の森では、ある存在に悩まされていると言います。それはイノシシやシカなどの野生動物です。

イノシシに掘り起こされた跡。

「イノシシが苗を掘って根っこをかじっちゃうんです。山の方は苗木の周りに柵をしていないので、何回植えても半分以上掘り取られたこともあります。最初はどんぐりから育てた苗を植えていこうと思っていましたけど、どんぐりが付いてると一晩で食べられちゃって大変なので、今は買ってきた苗を植えてます」

悩ましい状況ではありますが、昨年から環の森に加わった岳登さんがわな猟の免許を持っているため、来年からは本格的な獣害対策に取り組んでいけるようです。

岐阜県立森林文化アカデミーを卒業した岳登さんは、2年間林業を学んできました。森づくりに関しても尚人さんの頼もしい相棒として活躍しています。高校時代からの夢だった畜産も、森づくりとかけ合わせてやっていきたいと岳登さんが話してくれました。

「高校では畜産を勉強していて、3年生の夏までは北海道の帯広畜産大学などに進学しようと考えていました。でも、夏休みに森林文化アカデミーのオープンキャンパスへ行ったり、九州の林間放牧の存在を知ったりして、『山でも牛が飼えるんだ』っていう気付きがありました」

「そこからだんだん里山の整備に興味を持って、ちょうどお父さんもその年に独立して環の森をやっていくタイミングだったし、牛を飼いたいっていう僕の夢も山で叶えられるんだったら合流しようって思うようになりました。それで、まずは山のことを知りたいなと思ってアカデミーに入ったんです」

岳登さんが理想とする林間放牧では、クヌギを植林した林内に牛を放牧させて、林内に生えてくる下草だけをエサとしています。結果的にそれが除草となるため、若い木の成長に欠かせない下草刈りの手間が省けるというメリットがあります。

家畜の糞尿は森の土を肥やし木の成長を促してくれます。また、大型の動物がいることでイノシシやシカが寄りつかなくなります。ただし、林間放牧では1haあたり1頭の割合でしか牛を飼うことができません。環の森では、今はまだ放牧できるほどまとまった植林地がないため、実現にはもう少し時間が必要です。

「九州の大分や宮崎では代々、クヌギ林で林間放牧としいたけ栽培をセットでやっている人がいます。例えば、宮崎の農家さんは20haのクヌギ山を持っていて、そこで17頭の牛を飼っているんですね。繁殖牛なので、子牛を出荷してそれが収入にもなっています。山では伐採と萌芽更新を繰り返しながら、その中で畜産もして、しいたけ栽培もしている。そういうモデルになる人がいるのは心強い。目指すところはそこですね」(尚人さん)

僕たちは
希望の中を生きている

ところで、しいたけの原木は1本いくらで買えると思いますか?

原発事故が起こる前までは、1本200〜250円くらいでした。それが今や300~350円に値上がりし、今もその相場は値上がりが続いています。

90㎝に玉切った原木は、1つの木から10個分くらい採ることができます。つまり、山に立っている1本の木は約3,500円ということです。15〜20年育てて、この価格ってどうなのでしょうか。

「当時の僕は1本300〜350円はすごく高いなと感じていました。でも、いざ自分で伐採して、山から運び出して玉切りすると350円でも合わんなあって思います。いかに今まで安く仕入れることができていたか思い知らされましたね。山側のことを考えたら、最低でも350〜400円くらいで流通しないと、木を育てる人がいなくなっちゃいますよね。今は木を伐る人も少なくなってますし」

「それに、今の原木しいたけ生産者は戦々恐々としてると思いますよ。年々しいたけ原木が手に入りにくくなって、原木価格も高騰し続けているから。僕も前の会社にいた最後の方は原木を全国からかき集めるのにすごく苦労しました。原木を他県から買って、その原木でしいたけを栽培するというこれまでのやり方を続けざるをえない生産者は、この先もその不安をずっと抱えていくのだろうなと思います。環の森ではあと10年、地元の里山をしいたけ原木林に再生させていく活動をがんばればと思うと、希望が支えてくれています。20haのしいたけ原木林が一度完成すれば、そこから先の将来は次世代にわたって原木入手の心配をしなくていいし、自分で森から育てた納得のいくしいたけづくりができる夢が叶うので、この未来を選択したことに後悔していません」

50年前のやり方は、今の栽培方法と比べれば確かに手間もかかり、生産効率も良くないのでしょう。しかし、生産過程の中で自らつくる要素が多いほど、外部からの影響を受ける領域は少なくなります。

そこには、ある種の自由があるように見えます。だから希望が感じられるし、それが力となって、森づくりが着実に前へ進んでいるのでしょう。環の森がつくる原木しいたけのように、まさに今、じっくりと時間をかけて味わい深い森林が刻々と育まれています。

●Information
環の森
〒509-0307 岐阜県加茂郡川辺町鹿塩982-1
TEL 090-7040-5392 
WEB
Twitter
Instagram

※環の森の原木しいたけは地元の直売所や農産物直売サイトで販売しています(夏季除く)。また、ほだ木や薪の販売もあります。

田中 菜月 (たなか・なつき)
1990年生まれ岐阜市出身。アイドルオタク時代に推しメンが出ていたテレビ番組を視聴中に林業と出会う。仕事を辞めて岐阜県立森林文化アカデミーへ入学し、卒業後は飛騨五木株式会社に入社。現在は主に響hibi-ki編集部として活動中。仕事以外ではあまり山へ行かない。