静かなる革命
# 15
しいたけ農家が
森をつくったら?【前編】
2022.8.30

広葉樹の森を育て、自ら伐採し、その木でしいたけを栽培する、という取り組みに新たに挑む農家が岐阜県川辺町にいます。そのやり方は、50年前には周辺地域で当たり前のものでした。昔ながらの手法に回帰するのは、単に加速する効率化の揺り戻しなのか、はたまた新しい可能性を切り開くチャレンジなのか。その行方を追うべく、〈環の森〉の横田尚人さんと岳登さん親子に話を伺ってきました。

写真:孫 沛瑜/文:田中 菜月

何のために
森づくりをするのか

山の手入れをする、森づくりをする、と聞いてどんなイメージを思い浮かべるでしょうか?

薄暗い林内に太陽の光が差し込むように間伐する。そうすることで災害に強くて、水源林としての機能も高めることができる。もしくは、林業として木材の生産をしながら森林内の環境を整える、といったことを考える人が多いかもしれません。

実際、こうした取り組みが全国各地で行われているのは事実です。ですが、森づくりの目的は環境保全や木材生産のためだけなのでしょうか?

結論を先に言ってしまうと、森づくりを行う人によってその目的はいくらでもありえるし、その結果としての森林の姿形はさまざまです。

右から、環の森の横田尚人さんと息子の岳登さん。

今回は、岐阜県川辺町で広葉樹の森づくりから原木しいたけ栽培までを行う〈環の森〉の活動を一例に、どのような森が生まれつつあるのか見てみることにしましょう。

写真提供:環の森

ご存知のとおり、しいたけの栽培方法は菌床と原木の大きく2種類あります。

菌床栽培はオガくずと栄養材を固めたブロック状の菌床に、しいたけの菌を打ち込み、温度管理などができる室内で育てる方法です。半年ほどでしいたけが発生しはじめ、2回ほど収穫して廃棄するため、原木栽培より栽培サイクルが早く、また年中安定して大量生産できるメリットがあります。

一方、原木栽培はその名のとおり、木そのものを使ってしいたけを育てます。ドリルで木に穴を開け、そこに菌を植えると半年から1年半ほどでしいたけが生えてくるようになります。その後、木の栄養がなくなるまで10回ほど(数年間)しいたけを収穫していきますが、ほだ木1本あたりの収穫量は菌床ブロック1個とほぼ同じです。

「原木栽培は江戸時代からはじまった伝統的な栽培方法で、原木全体にじっくり菌がまわって、木の栄養だけでしいたけが生えてきます。しいたけ本来の歯ごたえや旨味、香りを味わうことができます。菌床栽培に比べて手間と時間がかかるし収量は少なくなるけど、自分がつくりたいのはこっちなんです」

そう話す尚人さんが今の手法に至るまでに、どのような紆余曲折があったのでしょうか。

肉厚でおいしい
しいたけを育てたい

環の森がある川辺町周辺は、戦後、しいたけ栽培が盛んな地域でした。約50年前、尚人さんの父も同じ地でしいたけの栽培をはじめたと言います。

「当時は自分で木を伐ってきて、その丸太に菌を植えて、しいたけを栽培するというのが当たり前でした。それがだんだん効率化を求めて、しいたけをたくさんつくるほど儲かるような生産体制に変わっていったんです。自分で木を伐るより、原木を買ってきた方が安くて楽だし、大量生産もできるようになります。僕が大学生ぐらいの頃には、このあたりは全国有数のしいたけ産地になっていました」

ほとんどのしいたけ生産者が地元の木を使わなくなり、代わりに福島県や宮城県から安くて質のいいコナラを原木として仕入れるようになっていきます。約25年前、尚人さんがしいたけ農家として就農した際も同じ状況でした。

「東北から買った原木の中に、肉厚なしいたけがたくさん生えてくる木がたまにあって、『これ何の木なんやろうな〜』と思って調べてみたら、このへんにはない『クヌギ』だったことがわかりました。そのときに、いつか自分で育てたクヌギからしいたけをつくってみたいと思うようになったんです」

そうした思いをずっと持ち続けていた尚人さんは、15年ほど前からしいたけ栽培の仕事とは別で、ある活動をはじめました。それは、拾ってきたクヌギのどんぐりを耕作放棄地に植え、苗木として育て、それを山に植林するというものです。

15年ほど前に家族総出で植林したという森林。今ではクヌギの純林となっている。あと5年ほどでしいたけ原木に使える太さになる。

このときに開業届を出したところから、環の森としての活動もはじまっています。しかし、当時は「しいたけブラザーズ」として兄弟と会社を経営していたこともあり、なかなか環の森の事業を進めることはできませんでした。

「最初はなんとか親父の山に2ha分だけは植えたんですけど、そのあとは毎年20分の1くらいの面積しか植えられなくなってしまって。植えるだけじゃなくて、下草刈りだとかの手間があまりにも大変だったし、山林の取得や植栽にかかる費用も自腹だったので、活動が急にひゅっとしぼんじゃったんですよね」

そんな中、東日本大震災で原発放射能漏れ事故が発生したことにより、東北からの原木の仕入ができなくなりました。東北地方以外から入手できたとしても、質の良くない原木の割合が多くなってしまったそうです。

「放射能で汚染された東北地方の森の土を除染しないかぎり、おそらく数百年単位の時間が経たないと森は元に戻らないでしょう。今後の原木の仕入れをどうしようってなったときに、環の森の活動をもう一回やりたいと思いました。兄弟にも相談したんですけど、植林なんかにかかる経費も大きく、ちゃんと森が育つかわからないから会社としてはできんということで、それなら独立してやろうと。4年前に会社を辞めてからは環の森の活動に専念しています」

「里山を整備したいという思いで環の森をはじめたわけではなくて、自分で原木から育て、その木を使って肉厚でおいしいしいたけを栽培したい、という思いが強いです。結果的に地元の里山を活用し、再生することになっているんですけどね。親父もそれが夢みたいなところがあって、しいたけ栽培の原点に還ることはすごくいいことだからって応援してくれてます」

15年かけて一周する
原木しいたけの森

環の森の活動は主に、“森づくり”と“しいたけ栽培”の2つに分けることができます。

森づくりでは、何よりもおいしいしいたけが採れる木を育てることが重要です。そのためにポイントとなるのが、“育てる樹種”と“木の太さ”です。

しいたけ栽培に向いている樹種は、コナラ・クヌギ・アベマキの3種類。コナラは素人でも栽培しやすいと言われています。クヌギとアベマキは栽培技術が必要になりますが、生産量はコナラよりも多くなります。

特にアベマキは川辺町の山に昔からよく生えている樹種で、かつては多くのしいたけ農家が原木として使っていました。しかし、適齢伐期を過ぎると樹皮がコルクのように分厚くなり、しいたけの芽が出にくいことから、老齢のアベマキとなってしまった現在は積極的には利用されていないようです。

「樹種による味の違いは食べ比べても分からないくらいですけど、見た目が変わってきますね。肉厚なしいたけになりやすいのはクヌギとアベマキです」

そして、原木として最適な木の太さは直径10㎝前後。市場で流通しているしいたけ原木は規格が決まっていて、7㎝以上15㎝未満になります。これくらいの太さまで木を成長させるには、植林してから20年ほどかかります。

伐採後の切り株からの芽生え(萌芽更新)。写真提供:環の森

木を伐採したあと、切り株から再び芽が生えてくるのですが、この萌芽(ぼうが)更新の場合は15年くらいで十分に成長します。自然と芽が出てくるので苗を買う費用や、植林する手間を省くことができます。

つまり、この萌芽更新を利用して木を育て、原木を収穫していくのが一番理想なのですが、現実はそう簡単にはいきません。環の森周辺の森林はこの数十年管理されていないため、山の木々はしいたけ原木としては使えない太さに成長しています。しいたけ原木に使える樹種が竹やカシの木など他の植物との競争に負けて、生育数も少なくなっているのです。

環の森のビニールハウス周辺の風景。写真中央のこんもりとした林は、入るのをためらうほどに草木が鬱蒼と生い茂っている。

「正面の雑木林でも半分くらいはアベマキなんだけど、太くなりすぎちゃって、樹皮も厚く、しいたけ原木としては使い道が少ない。太い幹の部分やしいたけ栽培に使えない樹種は薪にして販売し、アベマキの枝部分だけをしいたけ原木として利用しています。成長しすぎて萌芽更新しにくくなっても、アベマキなら伐採すれば樹齢60〜70年でも萌芽更新が期待できます。なので、なるべく伐って更新を促すようにしています」

販売用に乾燥させている薪。

1年で面積1ha分ほどの木を伐採すれば栽培に必要なしいたけ原木がまかなえること、そして、伐採後に15~20年ほど経てば、木が成長して再び原木として伐採できることから、合計で約20haの森林が必要になります。この規模で管理できるようになれば、持続的に原木を生産するサイクルをつくることができます。

環の森では、そうしたサイクルを回していける森づくりを目指して、地道に整備を進めている段階です。現在は6ha分まで整備が進みました。あと10年ほどは毎年1haずつ地元の里山を開墾していくことになります。

下草刈りの様子。写真提供:環の森

伐採後は必要であればクヌギの苗を植え、その苗が生き残れるように夏場に下草刈りを行います。実はこの下草刈りがあらゆる作業の中でもっとも大変と言っても過言ではありません。「夏の下草刈りはしんどいんで一番やりたくないです(笑)」と岳登さんも苦笑いするほどです。

ですが、アベマキやクヌギの純林にするためには、下草刈りが欠かせません。

上の写真は、3年前にはじめて尚人さんが伐採した箇所です。写真中央の背の低い木々が、そのときに植えられたクヌギです。もともとは竹藪で、伐り開くのが大変だったと尚人さんが教えてくれました。

「毎年3〜4回下草刈りをしないとどんどん竹が生えてきます。今年で4年目になってようやく落ち着いてきましたけど、まだ竹林に戻ろうとしてますよ」

現在、そして今後開拓していく山は、地元の森林所有者に貸してもらっているそうです。

「『好きなように伐ってくれていいよ』と言ってくださる所有者さんが多くて、そういう方は『お金なんかいらない』っていう人が多いです。僕たちは木を伐ったあと、そのまま放置するのではなく、広葉樹の苗を植えて3~5年くらいは下草刈りをして、森が荒れてしまわないよう責任を持って管理させてもらいますっていうと、喜んでお願いしてくれるのでありがたいですね」

これまで地元でしいたけ農家として活動してきた尚人さんだからこそ、地元からの信頼も厚く、山や田畑を貸してくれる人が多く現れるのでしょう。

後編では、環の森のしいたけ栽培方法や岳登さんが目指す林間放牧について話を聞いています。前編と合わせてお読みください。

▶後編はこちら

●Information
環の森
〒509-0307 岐阜県加茂郡川辺町鹿塩982-1
TEL 090-7040-5392 
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※環の森の原木しいたけは地元の直売所や農産物直売サイトで販売しています(夏季除く)。また、ほだ木や薪の販売もあります。

田中 菜月 (たなか・なつき)
1990年生まれ岐阜市出身。アイドルオタク時代に推しメンが出ていたテレビ番組を視聴中に林業と出会う。仕事を辞めて岐阜県立森林文化アカデミーへ入学し、卒業後は飛騨五木株式会社に入社。現在は主に響hibi-ki編集部として活動中。仕事以外ではあまり山へ行かない。