林業NOW
# 9
木質バイオマスエネルギー入門編
ムダのない木の使い方
2022.1.28

森林・林業分野の情報が詰まった「森林・林業白書」を紐解いていく林業NOW。今回は番外編として、木質バイオマスエネルギーの現場を取材した。近年、木材利用の中で約3割を占めるようになってきているエネルギー利用。いったいどんな木を燃やしているのだろうか?

写真:孫 沛瑜 /文:高岸 昌平

木質バイオマスとは?

森に関心を持って情報収集していると、「木質バイオマス」という言葉を目にする人も多いだろう。自然エネルギーに分類されている“環境負荷の小さいエネルギ―”ということはなんとなく理解できるが、いまいちピンとこない。

そもそもバイオマスは、「bio」(植物由来)+「mass」(量・塊)という意味の組合せだ。そのためサトウキビやトウモロコシなどの収穫後に残る茎の部分や、ヤシの実の殻などもバイオマスといえるのだ。そして木質バイオマスは、バイオマスの中で“木材由来”であることを示している。

今回は、響hibi-ki社内(飛騨五木グループ)の木質バイオマスエネルギー事業を例に、「木のエネルギー利用」がどんな力を持っているのか、地域との関係はどうか、について探ってみる。まずは、木質バイオマスエネルギー事業における工程と、そこからどのようにエネルギーが生み出されているのか確認していこう。

森からボイラーまで
実際の木の流れ

「木質バイオマスのエネルギー利用」というと難しく聞こえるが平たく言えば、“焚き火”や“薪ストーブ”だって立派な木質バイオマスの利用方法だ。反対に、海外から大きな船で燃料(ヤシの実の殻など)を仕入れてエネルギーを作るのもまたバイオマスの利用である。そんな多岐にわたる利用法があるわけだが、飛騨五木グループにおける活用ポイントは「一本の木を無駄なく使いきる」ことだ。

社有林の様子(編集部撮影)

スタート地点は同グループの井上工務店が伐採を担当している岐阜県高山市内の山だ。樹齢100年はあろうかという立派な森林が、様々な工程を経てエネルギーとしても使われるようになる。

設計士や大工のオーダーに合わせて木ごとの特徴を見ながら、製材していく。

山から伐り出された丸太は本社・製材部門に運び込まれ、建築に利用するために角材へと姿形を変える。角材はその後、乾燥・仕上げ加工を経てやっと建築に使えるようになるのだ。当然、丸太から四角い材に製材しているので、どうしても“耳”の部分が出てしまう。サンドイッチを作るときのパンの“耳”のようなものだ。木質バイオマスエネルギーの源になるのは、この“耳”の部分を細かく粉砕したチップである。

かまぼこ型をした木材の“耳”がチップとして細かく砕かれる。

ちなみに弊社では、建築材の仕上げ加工をする際に出てくるおが粉(かつお節のような木のくず)が、飛騨牛の寝床に使われている。つまり一本の丸太から建築材を生産し、その残りの端材も捨てることなく活用しているというわけだ。こうした一本の木を使い切る使い方を「カスケード利用」と呼ぶ。

チップ運搬担当の中谷さん。季節にもよるが2、3日に一度配達をする。

続いて、粉砕したチップをダンプに積んで、市内の温浴施設「桜香(おうか)の湯」へ運び込む。このチップは温泉のボイラーで燃焼させる原料となるのだ。燃焼することにより、源泉やシャワーの湯を熱々に保ち、館内の暖房の熱源にもなっている。

桜香の湯にある全自動型の木質バイオマスボイラー。101kWの小型ボイラー4台で運用。この中でチップを燃焼させ、熱を生み出している。

20年にわたる契約を結び、年間約400tのチップを搬入しているこの事例。ここでポイントとなるのが“熱供給”というキーワードだ。木質バイオマスエネルギーは大きく2つの利用法に分かれる。一つは木を燃焼させて、その熱エネルギーでタービンを回して発電するもの。もう一つが、木を燃焼して生まれた熱そのものを使う“熱利用”だ。桜香の湯では後者の熱利用が該当する。

木質バイオマスボイラーの建屋は地下にある。豪雪地帯であるため、冬期の除雪のしやすさを考慮して地下型が採用された。

こうして、端材だったチップは熱エネルギーに形を変え、大いに活躍している。このボイラー事業が始まるまでは捨てられる存在だった端材が、今では木の価値を高める選択肢になった。

木質バイオマスボイラーと
地域のガソリンスタンドの関係

桜香の湯で木質バイオマスボイラーが本格稼働を始めたのは、2017年9月からだ。それまでは灯油ボイラー2台を利用していた。現在は、井上工務店がチップの供給・ボイラー管理をし、桜香の湯はその熱を買う契約になっている。最初こそ不調もあったが、今では順調に稼働しているという。

木質バイオマスボイラーを導入したことによるメリットやトラブルの実際はどうだろうか。桜香の湯の担当者・野平拓馬さんに率直な意見を聞いてみた。

桜香の湯がある荘川地域で生まれ育った野平さん。同施設に19年勤める。

「灯油に比べると全然値段が違うと思います。2016年度が灯油ですべて賄った年なんですけど、チップに変えた2017年度と比べると3割くらいコストメリットがありますね」

日本の中でも灯油の価格が高い高山市では、コスト面でメリットが大きいようだ。それだけではなく、木質バイオマスボイラーを取り入れたことで“環境にやさしい”温泉としてアピールできるポイントが増えたという。実際、温泉に通うお客さんから、ボイラーのことで声をかけられることもあるそうだ。

館内にある木質バイオマスボイラーのポスター。日本語と英語の2ヵ国語で表記されている(編集部撮影)

ここまではとてもいいことづくめのように見える。しかし、それまで灯油を納入していた地元業者からすれば大打撃であることは間違いない。どのように理解を得たのだろうか?

「灯油の納入先だったガソリンスタンドの社長さんが、桜香の湯の運営元である観光振興公社の理事でもあったので、観光が大事という方向性は共有していましたし、取引がゼロになるわけではないので。施設が持続していくためにも反対というわけでなく、最終的には合意していただきました」

都市部でガソリンスタンドの価格を見ながら選んでいるとなかなか気づかないのだが、山間部で数の限られたガソリンスタンドは価格に関わらずとても大事なものだ。石油ストーブや車が生活に欠かせない地域ではガソリンスタンド自体が地域の生命線ということも少なくない。木質バイオマスボイラーを導入する際は、そうしたプレイヤーの理解・協力が欠かせない。

飛騨高山や白川郷、そして北陸の金沢・富山、岐阜・郡上方面をつなぐ位置にある荘川地区。これからも観光の玄関口として運営を続けていきたいと野平さんは話す。

「僕はここを潰さんようにやっていくこと、桜香の湯を維持していくことかなと思いますね。もっと、荘川に魅力を感じてもらえるようにこれからもがんばっていきたいと思います」

エネルギーは目に見えないものだから、どこから来ているのか気にすることもないが、こうして化石から木材へと燃料を変えることで、海外へ流れていたであろうお金も飛騨地域で循環するようになった。結果的に山の価値・木の価値が上がり、地域に欠かせない「桜香の湯」と共存共栄を目指せるのだ。

●木質バイオマスエネルギー発展編の記事はこちら
https://hibi-ki.co.jp/ringyonow010/

●Information
桜香の湯
住所:岐阜県高山市荘川町猿丸82-1
TEL:05769-2-2044
営業時間:10:00~20:30(受付は20:00まで)
定休日:毎週木曜日 (臨時休館の場合あり)
入館料:大人730円・小学生以下310円(3歳以下無料)
www.hida-ouka.jp

●参考図書
『地域で始める木質バイオマス熱利用』
編:(一社)日本木質バイオマスエネルギー協会
出版:日刊工業新聞社

高岸 昌平 (たかぎし・しょうへい)
さいたま生まれさいたま育ち。木材業界の現場のことが知りたくて大学を休学。一人旅が好きでロードバイクひとつでどこでも旅をする。旅をする中で自然の中を走り回り、森林の魅力と現地の方々のやさしさに触れる。現在は岐阜県の森の中を開拓中。