林業NOW
# 10
木質バイオマスエネルギー発展編
何十年も続いていく仕組み
2022.3.9

森林・林業分野の情報が詰まった『森林・林業白書』を紐解いてゆく林業NOW。今回は番外編として、木質バイオマスエネルギーの現場を取材した。発展編では、入門編で紹介した木質バイオマスの基本を長きにわたり継続していく仕組みについて深堀りする。

写真:孫 沛瑜 /文:高岸 昌平

工務店で始まったエネルギー事業
そのきっかけとは?

入門編で見たのは、「一本の木を無駄なく使いきる」ことをポイントにして展開している響 hibi-ki 社内(飛騨五木グループ)の木質バイオマス事業。「桜香(おうか)の湯」という温泉施設のボイラー燃料を灯油から木質チップに転換した事例で、コストメリットも出ていることなどを紹介した。

ただ、飛騨五木グループはもともとエネルギーを生業とする企業ではない。なぜ、そんな企業がエネルギー事業を始めたのだろうか。そのきっかけを、同グループで自然エネルギー事業を担当する井上博成さんに聞いた。

飛騨五木株式会社で企画研究室長を務める井上博成さん。会社全体のマネジメント業務を取り仕切っている。

「きっかけは私が大学の頃に始めた研究です。それまで“エネルギーは大手電力会社がつくるもの”っていう感覚で、原発の災害が起きるまでは、私もそんな認識でした」

当時、井上さんが大学で学んでいた考え方の一つに「自然資本経営」があった。自然資本経営とは、当たり前のように流れる“川”や“木材”が本来持っているパワー(自然資本)を引き出し、価値に変えていくことで地域を経営していく、という考え方だ。現在進めているエネルギー事業は、その「自然資本経営」がベースになっている。しかし、自然資本といっても太陽光や風力など様々なものがある。その中でなぜ、木質バイオマスを選択したのだろうか?

photo by Isao Nishiyama

それは井上さん自身が十分に活かされていない森林資源の現状を目の当たりにしてきたからだった。東京都の面積に匹敵するほど広大な森林を持つ高山市。地域にとって森林が欠かせない自然資本であることは明白だった。

「飛騨高山エリアの特殊性・地域性を考えたときに、“山の価値をいかに上げるか”が考え方の中心にあった。森があるから木を住宅に使えて、余った木材をエネルギー化することができる。その流れが地域にあれば、自然資本で地域を経営することにもつながると思いました」

そうして、飛騨五木グループで行う自然エネルギー事業は木質バイオマスのエネルギー利用を軸としていくことになった。足元を見つめたら、自ずと進めるべきエネルギー事業の形が見えたということだ。

“木材を使う社会”をつくってこその
木質バイオマス事業

井上さんにとって、木材を使うことは「山の価値を上げる」ためだけではなく、地域のアイデンティティとも関係がある。

「家業が“飛騨の匠の家系”というのはずっと聞いていて、その文化がアイデンティティとして頭にありました。だからこそ木をよりよく使って家具や住宅を作る中で、一本丸ごと無駄なく利用することが大事だと感じています」

飛騨五木グループ・井上工務店は、現在も5人の親方を中心に墨付け・手刻みから建物をつくる技術を持っている。

“飛騨の匠”とは飛鳥時代のころから奈良の都に赴き、宮殿や寺院の建築に尽力した飛騨の職人たちを指す。当時の飛騨国は匠を派遣することを納税の代わりとしており、その技術が高く評価されていたことをうかがわせる。そんな文化を持つ飛騨地域と木材の間には、切っても切れない縁があるのだ。

さて、木を使ってエネルギーをつくる、ということはわかったが、燃料として使われる端材はそんなに大量に出るものなのだろうか?また博成さん曰く、燃料代の原価は0円だというが、一体どういうことだろうか?

「木材は丸太の中心を製品(柱材など)として売るので、一本の丸太から角材をつくって、お金が生まれたらこの丸太の利益は取れたことになります。でも、木材はその“端っこ”の部分が約5割出ると言われています。その“端っこ”のゴミになってしまう部分は、しっかり角材を使うことができれば、ある種原価0円と考えられるんです」

木質バイオマスボイラーのチップ貯蔵庫。中央にあるスクリューが回転することで、ボイラー本体にチップが送り込まれる仕組みになっている。

ただ、原価0円の端っこが都合よく安定して手に入るわけではない。エネルギーを生み出すには、たくさんの燃料を必要とするし、もし燃料が集まらなければ採算が合わずに事業が継続できなくなる。それを防ぐには、必要なエネルギー量と提供できる燃料の量をしっかり設計することが大事だ。設計を間違えれば、「よりよく木を使う」という理念は立ち消え、「採算を合わせるためにどんな木も燃やし続ける」ことになってしまう。井上さんもその設計には、細心の注意を払っているようだ。

「エネルギー事業を成立させるには、木材の消費量を上げて製材をしたあとの“端っこ”がいっぱい出ることが重要。ただそのためには、木材を継続的に利用していく仕組み・社会を作らなければならないと思っています。だから、エネルギー事業と木材利用の二つの側面から考える必要があって、そこで木材利用を進めるために作ったのが飛騨五木株式会社です」

木材をすべて燃やしてしまうエネルギー事業では山の価値が上がらないし、木材利用だけでは端材がムダになってしまう。エネルギー事業と木材利用は、山の価値を高める“車の両輪”なのだ。

2021年3月にオープンした〈KAKAMIGAHARA PARK BRIDGE〉。施工から運営まで飛騨五木グループで手掛ける館内には、岐阜県産の木材がふんだんに使われている。

ただ、木材を素材として販売していくことはとても大変だ。今や家づくりに使われる素材は、木材よりも安価な代替品が増えている。そのなかで飛騨五木のサービスは、素材売りではないからこその切り口があった。

「お客さんがほしいものだったり、目指すべき世界観と関わり方に違う角度で木材が入っていくということが飛騨五木の事業の源泉です。社会的な困りごととか、求められている暮らし方とか学び方に対して、空間設計とかいろんな形で木材が入っていくイメージ。だから“木材を売る”ではなくて、あるべき社会を共創していくイメージなんです」

そんなふうに木材を使い続ける社会をつくれば、国の補助金や制度がなくなっても、ずっとエネルギー事業を回していくことができる。お客さんの困りごとを解決しながら、エネルギーも生み出していけるのだ。このように地域に根ざして、長い期間事業をやっていけるのは、地域企業の強みだろう。

地域の価値を掘り起こす
木質バイオマスエネルギー

「桜香の湯」の運転開始から約4年。井上さんが考えている次の動きとは、どんなものだろうか?今後の木質バイオマスの活用について考えを聞いた。

「今は熱しか使っていないけど、電気と熱の両方を生み出す方法に挑戦したいなと考えています。電気をつくれば当然そのあとに熱が出るので、その熱も有効活用できますよね。そんな小さな発電所をつくりたいですね」

熱だけでなく電気までつくり出すことができれば、より無駄なく一本の木を使っていくことができる。木の持つ価値はどこまで引き出せるのだろうか?木の持つ可能性は意外と大きいのかもしれない。

今回の木質バイオマスボイラーは合計で400㎾と小規模なもの。国全体のエネルギー生産や需要の中で見れば本当に微々たるものだ。しかし、取材を通じて小さな再生可能エネルギーと大きなエネルギー開発を同列に比べるべきではないなとも感じた。なぜなら、生み出す価値の方向性や性質が大きく異なっていたからだ。

木質バイオマスのエネルギーというのは、地域のエネルギー(自然資本)を自分たちで活かしていくことが得意で、「山の価値を上げる」仕組みの一つにもなり得る。そして、それが地域のアイデンティティだと確信する会社が事業を進めることで継続的な運営が可能になっていた。端材に眠っていた価値が地域の手で掘り起こされていく。地域の「なんにもない」が「これがある!」に変わっていく。それが小さいエネルギーの強みなのだ。

●Information
桜香の湯
住所:岐阜県高山市荘川町猿丸82-1
TEL:05769-2-2044
営業時間:10:00~20:30(受付は20:00まで)
定休日:毎週木曜日 (臨時休館の場合あり)
入館料:大人730円、小学生以下310円(3歳以下無料)
https://www.hida-ouka.jp/shisetsu01.html
高岸 昌平 (たかぎし・しょうへい)
さいたま生まれさいたま育ち。木材業界の現場のことが知りたくて大学を休学。一人旅が好きでロードバイクひとつでどこでも旅をする。旅をする中で自然の中を走り回り、森林の魅力と現地の方々のやさしさに触れる。現在は岐阜県の森の中を開拓中。