森林・林業分野の情報が詰まった「森林・林業白書」を紐解いてゆく連載。今回は、ウッドショックでも話題になっている、木材の値段について紐解いてみようと思います。“木材の値段”と一口に言っても、その中身は細分化され見えにくくなっています。ミクロな視点で木の価値を探求してみましょう。
木材業界の全体像
森から家ができるまで
最近「ウッドショック」という言葉が多く聞かれるようになりました。簡単に言うと海外で住宅ニーズが急速に高まったことで、たくさんの木材が必要になり、日本に外国の木材が入ってこなくなりました。そのため、日本で木材の在庫が少なくなり価格が上昇したのです(ウッドショックについてはこちら)
家を建てるという形で木材を消費している私たちにとって値上がりは困りますし、生産者から見れば価格の上昇に安堵しているかもしれません。ではいったい、木の値段が上がることはいいことなのか?悪いことなのか?そもそも「木の値段」とは何を指しているのか?指標を紐解いてわかる事実を見てみましょう。
そもそも、森の木が家として、私たちの手に届くまでには様々な加工が必要です。本題に入る前に、まずはその加工の流れを一度おさらいしてみましょう。
森で木が生産され、木材となり、私たちのもとへ届くまでの工程を「川上・川中・川下」というように呼びます。たしかに、森があるのは川の上流の地域ですし、木材の供給される都市部は下流に位置していることが多いですね。
《川上 かわかみ》
「森を持っている人」
森林というのは必ず誰かの持ち物になっていて、土地はもちろん森に生えている「木」も誰かが財産として所有しているのです。こうした人は「山林(森林)所有者」と呼ばれます。山林所有者の大半は自分で木を伐る技術を持っていないので、木の管理は森林組合などにお願い(委託)することが多くなっています。山林所有者も高齢化が進んでいることが課題で、所有している山林が手入れされず、放置されていることも珍しくありません。
「木を伐る人」
森を持っている人自らが木を伐ることもあれば、所有者から依頼されて木を伐採する専門の業者もいます。林業に従事する人や「素材生産者」と呼ばれる人がこれにあたります。チェンソーを代表とする機械を駆使して丸太を生産します。森林組合の他にも民間の事業体が活躍しています。
《川中 かわなか》
「丸太が集まる市場」
こうして各地で生産された丸太は、木の市場に集められます。それが「原木市場」です。市場は川上と川中の結び目となる大事な役割を担います。在庫管理としての役目はもちろん、情報伝達も大事な役目です。魚市場のように競りで価格を決めるところもあれば、入札の仕組みのところもあります。場所によっては競りの見学ができる場所もあるので、実際に木の価値がどうやって決まるのか学びに行くのもおすすめです。
「丸太を四角に切る人」
市場で主に木を買うのは「製材所」の人たちです。買った丸太を建築材(柱や板)などに加工するのですが、製材所で面白いのは、丸太をどうスライスするかによって売価が大きく変化することです。魚に「トロや大トロ、赤身」があるように、木にもそのような希少部位や安価な部位があるのです。丸太の中身がどうなっているか予測しながら切る職人の腕や目利きが大事な工程です。
「木材が含む水分を乾燥させる人」
人間が体内に水分を7割程度含んでいるように、木も多くの水分を含んでいます。木は乾く段階で曲がったり反ったりしてしまうため、しっかり乾かしてから使わなければなりません。そんな木材をちょうどよく乾かす工程です。製材所の人やフローリングなど商品を作っている会社が担っていることが多いです。中には、木材乾燥機を共同で管理していろんな製材所が一緒に使っていることもあります。
「木材が含む水分を乾燥させる人」
人間が体内に水分を7割程度含んでいるように、木も多くの水分を含んでいます。木は乾く段階で曲がったり反ったりしてしまうため、しっかり乾かしてから使わなければなりません。そんな木材をちょうどよく乾かす工程です。製材所の人やフローリングなど商品を作っている会社が担っていることが多いです。中には、木材乾燥機を共同で管理していろんな製材所が一緒に使っていることもあります。
「材木店・木材問屋」
製材所などで大量の木材が加工された後は、その木材を受注ごとにまとめておく必要があります。その在庫調整を担っているのが、材木店や木材問屋さんです。近年は、木材だけではなくトイレやシステムキッチンなども一緒に販売している会社も多くなっています。
「木材をプラモデルパーツにする人」
建築する際、プラモデルのように木材がうまく組みあげるため、機械で凹凸(接合部分)を彫っていく行程を「プレカット」と呼びます。手作業で加工されていたころと比べ格段にスピードが向上し、納期が早まりました。
《川下 かわしも》
「家など建物を建てる人」
加工された木材は、最終的に工務店などを通じて、建築に利用されていきます。
このように普段私たちの目に見えないところでたくさんの人が木と関わっていることがわかります。森から木が伐り出されて、人の手に渡る度に使いやすく・便利な形になっていく木材。当然、そこに付加されていく価値も大きくなっていきます。では、その価値はどの段階でどれほど付加されてくるのでしょうか?そのヒントを求めて「森林・林業白書」を確認してみることにします。
木材価格は3つある!?
木のカタチで変わる価格
今まで「木の値段は安い!」と聞いていたのに、最近では「値上がりしている!」と耳にします。では実際、木材はどのくらいの値段で取引されているのでしょうか?最新の統計情報が記載されている「森林・林業白書 令和2年版」で確認してみることにします。
●森林・林業白書該当部分
zenbun-69.pdf (maff.go.jp)
(第Ⅲ章P120、P163)
調べてみると、何やらいろんな木材価格が出てきました。まずは、使われている言葉について整理してみます。
「山に立っている木の価格」
森で木を伐り出す素材生産業者が、森の持ち主である山林所有者に対して支払う金額を「山元立木価格」(やまもとりゅうぼくかかく)と呼びます。森を育てた結果としての収益でもあり、次の森づくりへの再投資に充てられます。実際は正確な価格を市場などで観測しているわけではありません。「山元立木価格」=「丸太価格」-「経費(伐採や運搬費)」で便宜的に算出されたものです。
「伐採された丸太の価格」
原木市場で取り引きされる価格で「丸太(原木)価格」と呼ばれ、製材所が木材を購入する価格の指標となります。丸太価格>経費(伐採や運搬費)の場合は山林所有者の収益が生まれますが、丸太価格<経費の場合もあり、“山はお金にならない”と言われる所以の一つはここにあります。
「伐採された丸太の価格」
原木市場で取り引きされる価格で「丸太(原木)価格」と呼ばれ、製材所が木材を購入する価格の指標となります。丸太価格>経費(伐採や運搬費)の場合は山林所有者の収益が生まれますが、丸太価格<経費の場合もあり、“山はお金にならない”と言われる所以の一つはここにあります。
「建築材に加工された木材の価格」
製材所で角材に加工された木材の価格で「製材品価格」と呼ばれます。製品市場や材木店、プレカット業者などが購入する価格の指標となり、収益は製材所に入ります。
木材の価格が決まるポイントは「カタチ」です。森の中の1本の木から、丸太、角材となるにつれてその価格も名前も変化していきます。イラストを確認してみると、「山元立木価格」が山林所有者、「丸太価格」は素材生産業者、「製材品価格」は製材所の売上になると考えることができます。
ここで、3つの価格を1つのグラフにまとめて比べてみましょう。今回は価格の変動が顕著に表れているヒノキ価格を参考にします。
グラフの範囲で最も価格が高かった平成2年(1990年)と令和2年(2020年)の価格を比較してみると、製品価格で120,200円から77,600円、丸太価格で67,800円から17,200円、立木価格で33,607円から6,358円(すべて円/㎥)。それぞれ大幅な価格の低下が見られます。でも、2000年に入ってからの傾向は種類ごとに異なりそうです。製品価格については7万円付近を保ち、下げ止まりの傾向にある。一方、丸太価格や山元立木価格については、そのあとも値下がりの傾向が見られます(ちなみにスギの令和2年価格は製品価格62,400円、丸太価格12,700円、山元立木価格2,900円)
要因として考えられるのは、グルーバル化の影響や市場の開放が進んだことが挙げられるでしょう。木材も例外ではなく、品質と価格の面で海外の木材との競争にさらされてきました。そうした経緯から「日本の木材価格が下がった」と指摘されることが多かったのです。では、その価格低下のダメージはどのような形で影響を与えているのでしょうか?次の利幅グラフで詳しく見てみましょう。
木材価格の中身を見て
わかること
製材品価格を100%としたときに、丸太や立木の価格が何%を占めているのかを見える化したものが利幅グラフです。文字通り“利益”が“幅”となって表されます。
利幅グラフから、濃いピンク・薄いピンクの割合が年々減少し灰色が占める割合が年々増加していることが読み取れます。もう少し詳しく、グラフ中の35年間を読み解いてみましょう。
山元立木価格:利幅が1/4以下に低下
丸太価格 :利幅が約1/2に低下
製材品価格 :利幅はおよそ2倍に増加
先ほどもグラフで確認したように、この30年で木材価格は全体的に低下していきました。建築に最も近い製材品価格が低下していることにともない、立木や丸太販売による利益も少なくなっている現状がうかがえます。グラフのマゼンタやピンクは「川上」のエリアです。だんだんと森の持ち主や素材生産業者に対しての利益配分が減少しています。つまり現状を簡単に言い表すと、「森へお金が還らなくなっている」ということです。その要因はなんでしょうか。
1980年代当時の林業は“木材バブル”のころ。そのころを知る方に話を聞くと「林業で稼いでは、街へ飲み歩きに行っていた」と教えてくれます。当時は木材の価格が高く設定されていたのかもしれません。その後の木材価格の減少については、様々なことが考えられます。
・木材が世界市場化したことで、川上が価格決定権を失った?
・人件費が向上して、製材現場のコストが上昇した?
・高性能林業機械の導入によって、林業の現場のコストが上昇した?
・増加したコストを価格に転嫁できなかった?
・製材所が大規模化して、取引のパワーが強くなった?
・求められる木材の質が変化した?
それにしても、森の持ち主である山林所有者に対して「お金を還す」ことは必要なのでしょうか?
かねてから、森林というのは投資対象の1つとして植林されたり育林されてきた歴史を持ちます。そのサイクルは、森を育てて得たお金の中から次の森を作るために投資=植林をするというものです。つまり、森林所有者へお金が還らない状態が続くということは、森林に再投資される金額が減ることを意味しています。投資対象としての価値を失った山は収穫した後は「放置」という選択が合理的ということになってしまいます。
整理すると、森林を管理している人や森林を所有している人(川上)が今後も木の苗を植えて、林業を続けていけるようにお金を還すことが大事だということです。考えてみると、森林を管理する人(川上)が仕事を続けられなくなってしまえば、その後の工程を務める人(川中、川下)や私たちが、いざ家を建てようと思ったときに材料が確保できません。森から木材を伐り出して、角材にして、家を建てるという一連の流れが持続的であるということは、そもそも森づくり(林業)が持続可能でなければできないことです。
「目先の利益だけ追い求めると、将来に痛い目を見る」というのは、個人にも会社組織にも言えることです。目の前の木材価格や木材自給率、素材生産量などは、1つの重要な指標です。しかし、その指標が何を示しているのか?原因にたどり着くことが重要です。今回は、その複雑な構造的課題の入り口を覗いたにすぎません。木材産業がどんな形であれば、林業を持続的に続けていくことができるのか。相互補完的な関係だからこそ、垣根を越えて一体的に考え、取り組んでいく必要があります。
昨今のウッドショックの影響が反映された木材価格が正確にわかるのは、来年更新の「森林・林業白書」です。どの程度山側にお金が還元されているのか?注意深く観察してみましょう。今回はスギ・ヒノキの価格という前提で木材価格を見ていきました。それでは広葉樹はどうなっているのでしょうか?次回は個別性の高い広葉樹の価格を取り上げてみようと思います。