おいしい森
# 8
菅流クッキングvol.4
和製ポルチーニのクラム・チャウダー
2020.11.5

製薬会社でのライスワーク、趣味のアンティークストーブ収集と修理の傍、春から秋にかけてライフワークの山菜・きのこ採取に精進する日々を送る菅原氏。山で出会ったとある昭和の先達から大正生まれの文豪・檀一雄氏の名著『檀流クッキング』を伝授され、料理に目覚めた。30代前半ながら15年以上の山歴を誇るが料理童貞の若き山幸ハンターが令和のときに料る狩猟採取料理とは――

文・写真:菅原 徹/編集:佐藤 啓(射的)

山幸彦、兄・海幸彦と出会う

ファンバステンA.K.Aヤマドリタケモドキ

 アメリカ合衆国には、素朴で、手軽で、おいしい料理がさまざまある。このクラム・チャウダーなども、アメリカの簡素で、おいしい料理の、傑作の一つだろう。
私は、からっ風の寒い日に、ニューヨークのセントラル・ステーションの地下街で食べたクラム・チャウダーのぬくもりを、今だって、忘れない。
だから、寒くなってくると、一週間に一度くらいは、クラム・チャウダーをつくって食べるし、オヤジのつくるさまざまな料理の中でも、子供達は、このクラム・チャウダーが、一番のお気に入りのようだ。

『檀流クッキング』檀 一雄

先生、奇遇です。
小生がクラム・チャウダーに出合ったのも、アメリカ合衆国でした。

折しも季節は秋。山の民である小生は、サーフカルチャーの聖地・米国西海岸は秋でも温暖だろうとタカを括り、Tシャツにショートパンツという軽装でサンフラシスコの街に降り立った。思いがけぬ寒さに小鹿のように震えていた小生を温めてくれたのが、〈フィッシャーマンズ ワーフ〉で食べたクラム・チャウダーだった。

ハマグリやアサリなどの貝類から出汁をとるクラム・チャウダーは、基本的にハイカラな海の民の料理だ。まだまだ料理の腕は未熟だが、ただただそのレシピを真似るだけなら、猿にもできる。
秋、それは山の民にとって聖なる季節。出汁界の横綱であるきのこの旨みと香りを、ハイカラな貝の出汁と掛け合わせ、全地球的な逸品をつくってみようではないか。小生に山のなんたるかを教えてくれた、じっちゃんの名にかけて。

ACポルチーニのヤマト三銃士

グーリットA.K.Aススケヤマドリタケ

「小さなハマグリがあったら、きばって二皿買ってこよう。ハマグリがなかったら、アサリで結構で……、いや、はじめっから、アサリ二皿と決めておいた方がよさそうだ」と先生は仰っているけれど、そこは人生初のクラム・チャウダーである。きばってハマグリを二皿用意することとしよう。

さて、ハマグリと張り合うことのできる、ハイカラなきのこは何か。ポルチーニをおいて、他にあるまい。無論、岩手に暮らす小生が、このコロナ禍に遥々イタリアまでキノコ狩りに行くことは不可能だ。
だからと言って人工栽培のポルチーニを使うなうんて、キノコ問屋が卸さない。サッカー界に久保選手という本物の“和製メッシ”がいるように、キノコ界にもヤマドリタケモドキという天然の“和製ポルチーニ”がいるのだ。そして黄金期を迎えていたACミランにはファンバステン、グーリット、ライカールトという“オランダ・トリオ”がいたように、AC ポルチーニにはヤマドリタケモドキだけでなくススケヤマドリタケ、アカヤマドリという、強く優雅な香りと洗練された旨みを併せ持つ“ヤマト三銃士”が君臨しているのである。

ライカールトA.K.Aアカヤマドリ

聖水たちのララバイ

まずは先生による指南書に倣い、鍋にコップ三杯ばかりの水を沸騰させておく。ハマグリをその鍋の中にほうり込んで、貝が殻を開いたとたん、ガスの火を止める。「これだけはぬかりなくやっていただきたいもので、長煮は禁物である」という先生の忠告通りに、貝の温度が冷めて、手で扱えるようになってきたら、身を殻からはずし、殻を鍋の外に捨てる。
貝の身は、そのまま煮汁の中に残して、穴アキの金杓子で揺さぶりながら、よく砂を落として皿の中に移す。このとき、食べやすい大きさに適当に刻んでおくとよいかもしれない。

そして、我がキノコの出番である。

共に広葉樹林の風通しがよく、下草の少ない山や公園などでお目にかかれる和製ポルチーニ三銃士は、乾燥させるとさらに香りが強くなり旨味も増すので、天日で乾燥させてからそれぞれ水でじっくりと戻す。お湯だとより短時間で戻すことができるが、そんな無粋なことはハマグリに対して失礼だ。きばって水でじっくりと戻すのがよかろう。
黄金に輝く聖なる出汁が取れたら(ヤマドリタケモドキとススケヤマドリタケは茶色、アカヤマドリは黄色で、あわせると黄金色になる)、身を取り出し、ハマグリ同様に食べやすい大きさにカットしておくとよい。

さて、そろそろ鍋の時間だ。
「すべての煮込み調理は、シュレに始まりシュレに終わる」。料理を始めてすぐに、色気を出して紐解いてみた書物で出合ったフレーズだ。微塵切りにした中玉のタマネギをみじん切りにして、バターでシュレする。透き通ってきたら、皮を剥いたミニトマト、パセリ、湯で塩抜きをしたベーコン三、四枚を小さく刻んだものを加え、大さじ一杯のメリケン粉を加え、しばらく炒める。
ここにハマグリと和製ポルチーニ三銃士の出汁を注ぎ入れながら丁寧にといていくわけだが、ハマグリの煮汁の底にたまった砂やオリを入れないように注意すべし。

別に、ジャガイモを二つほど、皮を剥いてサイの目に切る。グラグラたぎった塩湯の中で四、五分ゆがいて、ザルの上に取り出しておく。牛乳を一本ばかり足し、弱い火にかけながら、丁寧にまぜる。
ポタージュ風にトロリと仕上がるまでさらに牛乳を足して、ここで塩加減を調整する。さらにタイムの葉と細かく薄切りにしたセロリとジャガイモを入れ、沸騰してきたらハマグリと三銃士の身を加え、これで調理は完了だ。

全地球軍団、弱小FCリッツに完敗す

スープボウルにクラム・チャウダーを取り分け、遂に実食の時間である。
和製ポルチーニとハマグリの滋養が滲み出た白濁の湯に浸かりながら嗜むのは、すっきりとした舌触りのキンキンに冷えたシャンパンをおいて他にあるまい。熱々の温泉と冷たい水風呂を交互に繰り返すことで得られるような恍惚の美味さを、きっと味わえるはずだ。
実は完成前から湯加減をみつつ厨房でちびちびと始めていたのだが、これぞ料理人の特権、ひどく気持ちがよい。

さて、本日の主役、クラム・チャウダーの出番だ。非常に香りがよい。まずはスープを口に含んでみると、見た目とは裏腹にあっさりしていて、何かが足りない。心なしか、トロミも足りない。

先生、小生は何かバチ当たりなことをしてしまったのでしょうか?

料理人気取りで厨房にて酒を嗜んだ自分を責めつつ、再び彼之書を開いてみると、「アメリカでは、クラッカーなどをむしりつぶし、早めに入れて、ツナギにしている」という最後の一文を見逃していた。

あいにくクラッカーを準備していなかった小生は、焦りを感じながら厨房を物色していると、リッツをみつけた。アメリカ合衆国にリッツはないかもしれないが、和製ポルチーニには和製クラッカーが合うかもしれない。取り分けた白濁の湯に、一か八かリッツを砕き入れてみる。
非常に美味し。リッツのほのかな塩味とバター味が全体のバランスを整え、さらに絶妙なトロミをもたらしてくれた。これなら我が最愛の妻や愛おしい娘たちにも胸を張って振る舞うことができるに違いない。

海山幸彦 白濁の湯で リッツバブ

Profile
菅原 徹(山菜・きのこ採取&料理&写真)すがわら・とおる●1987年生まれ。地元岩手県矢巾町で18歳の時から祖父、父と山に入り、「キノコや山菜は生活の一部」という環境で育つ。キノコ・山菜歴は16年。岩手菌類研究同好会所属。岩手県・住田町でのきのこ講座、盛岡つどいの森での採取会、県内各地の緑化センターなどで、きのこの見分け方指導や展示などの活動をする。
www.instagram.com/tttsugawara/

佐藤 啓 (さとう・けい)
『Tank』『Spectator』などの編集、『ecocolo』などの雑誌の編集長を経て、現在は東京と岩手の二拠点で編集者として活動。ビフィタ職人を目指しながら、雑誌や書籍、広告の制作を生業としている。株式会社 祭り法人 射的 取締役棟梁。https://shateki.jp