おいしい森
# 23
自然を味わう手しごと vol.1
葛粉づくりと「つながる」暮らし
2024.1.19

森や自然の恵みは、私たちの心身をじわっと元気にしてくれる—。自然は眺めたり触れたりしているだけでも十分に癒されますが、自然の恵みを一口食べると、身体の内側からパワーが湧いてきます。このシリーズ記事では、自然を楽しむ達人・瀧川正子(たきがわ・まさこ)さんとの対話を通して、自然の恵みを味わう手しごとを季節にあわせて紹介していきます。今回の記事では、冬におすすめの「葛粉づくり」とともに、この連載企画がスタートした背景や想いについてもお伝えします。

写真・文:松橋 かなこ

自然や生きものと共生したい
そのひとつが「手しごと」だった

「手しごとをしていると時間の流れが豊かだなぁって感じるんだよね」。手しごとの魅力について、瀧川さんはこう語ります。その上で、手しごとはちょっとしたことで仕上がりが変わってくるため「型にはまらない良さがある」と続けます。

自然を味わう達人、瀧川正子さん。

手しごとと一口にいってもさまざまな種類がありますが、「自然の恵みを活かす」というのが瀧川さんのスタイル。そこには「自然や生きものと一緒に生きていきたい」という熱い想いがあります。

瀧川さんは、もともと県立高校の生物の教師でした。ところが、あるきっかけにより、身近な自然を守るための活動を始めることに。1981年、愛知県名古屋市の東部丘陵の緑地を拠点に「あしたの学校」がスタートすることになりました。

あしたの学校では、食べものや暮らし、健康、遊びなど多分野にわたる月1回の講座を10数年にわたり開催。この活動を通して、同じ想いを持つ人たちとつながり、「自然が身近にあることの楽しさ」をたくさんの人たちと共有してきました。

あしたの学校のチラシと『暮しのマニュアル』(1984年発行)

その流れを一部引き継ぐかたちで、2004年に環境団体(会員150数名)を発足。20年近く経ったいまも、瀧川さんは会の代表者として、自然や森づくりに関心のある幅広い世代の地域住民と協働しながら、里山の森づくり活動を行っています。

こうして長年にわたり、自然や暮らしに向き合ってきた瀧川さん。実は、この記事の企画が出てきた背景には、瀧川さんのこんな言葉がありました。

「これまでいろんなことに挑戦してきたけれど、ふと気が付いたら、私はもうすぐ80歳。そろそろ、人生の集大成として、これまでやってきたことを次の世代に伝えていきたいなと考えていて」

4年前のワークショップでご一緒したときの写真。瀧川さんと筆者。

私が瀧川さんと出会ったのは10数年前。その間、さまざまな視点から自然や暮らしを楽しむ知恵を教えていただきました。瀧川さんの知恵や経験をもっと多くの人に伝えていきたい—そんな想いから生まれたのが、今回の連載記事です。

冬にぜひ試してみたい「葛粉づくり」

では、本題に入っていきましょう。自然を味わう手しごととして、瀧川さんが冬におすすめするのは「葛粉づくり」です。

葛は8月~9月にかけて紅紫色の花が咲く。

葛粉は和菓子や料理に使われる素材で、葛というマメ科の多年草の根っこからつくられます。葛は夏に光合成を行い、秋から冬にかけて地上部分は枯れていきます。その間に、養分がでんぷんとして根に蓄えられます。葛粉づくりに冬に掘った葛を使う理由はここにあります。

瀧川さんと一緒に、葛が自生する場所へ。12月半ばに訪れたときには、地上部には葛の葉が部分的に残っていました(※)。さっそく葛を掘り出します。しっかりと根が張っていて、大量に掘ろうとするとなかなかの重労働です。

見た目は、長芋などの芋や太いゴボウにそっくり!今回は試作ということで、330グラム程度の葛の根を掘り出しました。

※公園では葛の根を含めて、植物の採取が禁止されている場合があります。葛の根を掘る場合には、公園の管理者や管理運営を行っているNPO団体などに予め問い合わせるようにしてください。

●葛粉のつくり方
「シンプルだから大丈夫」と瀧川さん。その言葉をそのまま信じて、自宅に葛の根を持ち帰り、人生初の葛粉づくりがスタート。葛の根をよく洗ってから、細かく砕いていきます。

葛粉の断面は年輪のようになっている。

包丁で粗く刻んだ後、フードプロセッサーで粉砕します。太い部分や筋張っている部分は、砕くのがかなり大変!

フードプロセッサーで砕いた状態。

バケツに粉砕した葛の根と水を入れて、数時間から半日程度待ちます。固形物が下に沈殿して2層に分かれるようになったら、上澄み液を捨てて、水を取り替えます。

砕いた葛の根に水を加えた状態。
1回だけ水と取り替えた後の状態。

最初は茶色に濁っていた水が、少しずつ透明に変わっていきます。茶色の濁りがなくなるまで、これを繰り返します。

瀧川さんの言葉どおり、作業自体はとてもシンプル。我が家では水を10数回取り替えて、なんとか理想の状態に近づきました。

上澄み液を捨てて、この白い物体を自然乾燥させると葛粉になります。

葛粉が完成!何はともあれ、初めての葛粉づくりが無事完了したことがしみじみとうれしく、同時にホッとしました。

最終的にできあがった葛粉は、片手にちょこんと乗る程度! 手間がかかる割に驚くほど少量で、市販の本葛粉が高価な理由もよくわかりました。もちろん、やり方を工夫すれば、もっと多くの葛粉が採れそうです。

●手づくり葛粉を食べてみると
初めてつくった、貴重な自家製葛粉。鍋に葛粉と水を入れてじっくり練りながら加熱して「葛湯」をつくってみました。

とろりとした、やさしい味わい。葛湯には身体を温める作用が期待されていますが、何だか、いつもの葛湯よりも身体がポカポカする印象でした。

一昔前まではこうして葛粉や葛湯をつくっていたのかな。ふと、先人の暮らしに想いを巡らせてみたり。身体とともに心もじんわりほぐれていくのを感じました。

手しごとのある暮らしは
「気持ちの安定」にもつながる

葛を掘り出して葛粉をつくり、その葛粉を使ってお菓子や料理をつくる—。「葛粉が手づくりできた」「おいしい!」という体験だけでなく、自然の恵みに感謝したり、私たちの暮らしについて考えたりするきっかけになります。

「自然や手しごとが身近にある暮らしは、気持ちの安定や人と人との信頼関係にもつながるのよね」と瀧川さん。その言葉の裏側には、いろんなエピソードや想いが込められています。リーダー的な存在としてみんなを引っ張ってきた瀧川さんですが、時には、迷いや孤独を感じることもあったのだとか。その時のことを、こう振り返ります。

「誰かと『つながりたい』と思えば、つながってこれた。『助けて』といえば、誰かが助けてくれた。自然や手しごとを通して、心の安定感や仲間との信頼関係があったからこそ、ここまで続けてこられたのだと思う」(瀧川さん)

こうした経験をしているのは、瀧川さんだけではありません。印象的なエピソードとして、こんなこともあったそうです。

かつて、不登校の子どもの支援として「子どもたちと一緒に公園へ行って過ごす」という活動を行っていました。そのなかに「どこにいるのが一番好き?」と聞くと、「ゲームセンター」と平然と即答していた男の子がいました。

そこから時間が経ち、恋人らしき女性と公園を散歩している男の子に偶然再会しました。そのときに、無性に温かい気持ちになったそうです。それと同時に「自然には人の心をやさしく包む力があることを再確認した」と瀧川さんは語ります。

自然や手しごとの魅力のなかには、時間をかけて気づくものもあるかもしれません。取材のなかで瀧川さんは「私たちはひとりじゃない」と何度も繰り返していました。

自然や手しごとを続けるなかで育まれる、いのちや暮らしのつながり。これから1年間、瀧川さんとの対話を通して、自然を味わう手しごとの魅力をお伝えしていきます。

次回の記事は、春先にお届けする予定です。どうぞお楽しみに!

松橋かなこ (まつはし・かなこ)
神奈川県出身、愛知県在住。都心部の小さな山の麓で子育てをしながら、食や環境、エシカルをテーマに執筆活動をしている。好奇心旺盛だがおっちょこちょい。元バックパッカーで散歩や旅行が大好き。養生ふうど主宰。https://yojofudo.com/