日本各地には、土地の気候や地理、歴史文化、地域情勢などと密接な関係を持った民藝が点在する。伝統的なものから新しいものまで実に多彩だ。大量生産型の工業製品にはない、見えない背景が生産物の数だけある。そうした民藝ができあがるまでの物語を連載では追っていきたい。今回はユネスコ無形文化遺産に登録された美濃和紙(本美濃紙)の産地で、独自の道をひた走る紙すき職人・千田さんの工房を訪れた。
和紙そのものが
作品になったらいい
現代にもサムライがいるのか?と思った読者もいるだろう。残念ながらサムライではない。TOP写真に映るのは、岐阜県美濃市で工房〈Warabi Paper Company〉を営む紙すき職人の千田崇統(たかのり)さんだ。
現代にもサムライがいるのか?と思った読者もいるだろう。残念ながらサムライではない。TOP写真に映るのは、岐阜県美濃市で工房〈Warabi Paper Comspany〉を営む紙すき職人の千田崇統(たかのり)さんだ。
和紙といえば、奈良時代ごろ(西暦700年前後)からつくられているというくらい、人の暮らしの中に当たり前のように存在してきた日用品である。千田さんが携わる美濃和紙も、約1300年の歴史があるという。美濃市のさらに下流域に位置する岐阜市では、美濃和紙を使った提灯・和傘・うちわが付随してつくられてきた。こうした川の水運の名残を感じる文化が今でも残っている。他の地域でも同じ流れで和紙が生活の中に溶け込んできたはずだ。皆さんの住む地域の近くにも、意外と和紙や和紙製品の産地があるのではないだろうか。
和紙にはこうした材料としての側面がある一方で、紙そのもので表現を試みるつくり手もいる。それが千田さんだ。
「最初のころは素材をつくっている感じだったんですけど、和紙そのものがすごく美しいからそれ自体が作品になったらいいなと思っていました。作品制作の依頼があって試していくうちに、いろんな表現方法が出てきて今に至っている感じですね」
「他の素材を加えるときはすかずに流し込んでいくことが多いです。流す原料は木くずとか土とかいろいろですね。だいたいこういう感じにしようっていうイメージを描きながらつくるんですけど、やっぱり液体なんで予期しない方向に動くこともあります」
千田さんの作品をいくつか眺めていると、和紙による表現は実に豊かであることに気づく。
「職人によってつくりたい紙が違うし、アート紙をつくる職人は少ないです。根っからの職人タイプでひたむきにきれいな紙をすく職人さんもいれば、俺みたいな職人もいます」
「職人によってつくりたい紙が違うし、アート紙をつくる職人は少ないです。根っからの職人タイプでひたむきにきれいな紙をすく職人さんもいれば、俺みたいな職人もいます」
製法に一定の決まりはあれど、追い求める紙はつくり手によって違うし、同じ種類の紙でも仕上がりに差異が生まれる。それこそ、人の手によるものづくりの面白さなのだろう。
製法に一定の決まりはあれど、追い求める紙はつくり手によって違うし、同じ種類の紙でも仕上がりに差異が生まれる。それこそ、人の手によるものづくりの面白さなのだろう。
木から繊維を取り出し
紙にするまで
そもそも美濃和紙には大きく3つの種類があることをご存じだろうか。「本美濃紙」「美濃手すき和紙」「美濃機械すき和紙」の3つだ。簡単に言ってしまえば、前者から順番に、厳選素材を使用した伝統的な製法、素材も製造工程も本格的な製法、工業製品的な製法、と分けることができる。
- ▼美濃和紙の詳細はこちら
- http://www.minowashi-japan.com/
千田さんがつくる紙は「美濃手すき和紙」にあたる。千田さんの製法を例に美濃和紙ができるまでを追ってみよう。
① 原料となる楮を収穫する
② 楮を蒸して樹皮を剥ぐ
—(この状態で仕入れる)—
③ 楮の樹皮を水に浸して黒っぽい外側の皮を取り除く(内側の白い部分だけ残す)
④ 楮を煮て、繊維を柔らかくする
⑤ 繊維を水に浸けた状態で不純物を取り除く(ちり取り)
⑥ 機械で叩いてさらに繊維をほぐす
⑦ ほぐした繊維と水、トロロアオイ(アオイ科の植物)の粘液を混ぜ合わせる
⑧ ⑦の液体を簀桁(すけた)という道具に流し込み、縦と横に揺らして繊維の薄い膜をつくる。
⑨ ⑧の繰り返しによって紙の厚さを調節する
⑩ すいた紙を脱水して、一枚板に貼って天日干し
⑧ですいた紙の上に別の素材を流し込むと、無垢な白い和紙とは異なる表情をつくることができる。アート紙もそうだが、落水紙(らくすいし)と呼ばれる和紙も同じ流れだ。
⑧ですいた紙の上に別の素材を流し込むと、無垢な白い和紙とは異なる表情をつくることができる。アート紙もそうだが、落水紙(らくすいし)と呼ばれる和紙も同じ流れだ。
落水紙はその名のとおり、漉いた紙の上に水を落として模様を生み出す技法を使っている。上の写真のようにフリーハンドで模様を描き出す場合もあれば、型を用いることもある。
すいた紙の上に型をセットして、上からシャワー状の水をかけると、型の模様が紙に映し出されるのだ。型を重ねて使えば、さらに複雑な模様となる。
この一連の所作は無駄がなく、吸い込まれるほどに見ていて気持ちがいい。実際に工房を訪れて自分の目で確かめることを強くおすすめする。
次回のvol.2では、千田さんが紙すき職人になるまで、修行時代から独立後のこと、これからの理想について話を聞く。ただの紙に留まらない、息づかいを感じる和紙と出会う旅を続けよう。
▼vol.2はこちら
https://hibi-ki.co.jp/nipponmingeijourney019/
- ●Information
- Warabi Paper Company
- 〒501-3788 岐阜県美濃市蕨生725-1
- 営業時間:9:00〜17:00、土日祝日定休
- 0575-34-0310
- https://warabipapercompany.com/