森で働く
# 31
アサヒグループの森で
林業を仕事にする
2024.8.16

これまで全国各地のさまざまな林業を取り上げてきましたが、今回はまた一つ、新たな林業の姿に迫ります。取材に訪れたのは、広島県庄原市にある〈アサヒグループ森林管理事務所〉です。三ツ矢サイダーやスーパードライなどでお馴染みのアサヒグループの社有林について、林業の視点を中心にお話しを聞かせてもらいました。

写真:西山 勲/文:田中 菜月

きっかけはビールの王冠と
第二次世界大戦

アサヒグループが森林を所有し、80年以上にわたって管理し続けているという事実を知ったのは今年5月のことです。東京で開催された「みどりとふれあうフェスティバル」に出展した際、たまたま隣の隣のブースに出展していたのがアサヒグループ森林管理事務所の方々でした。

そのときに話を聞く中で、山林購入のきっかけには第二次世界大戦が関係していること、当時はビール瓶の王冠の裏地に輸入コルクが使われていたことを教えてもらいました。戦争の影響でコルクが輸入できなくなることを危惧し、コルクの代用となる日本の木「アベマキ」の樹皮を確保するため広島の山林を購入することになったそうです。購入したアベマキを使うことは結局なかったようですが、その後、スギ・ヒノキの植林などを行い、今日まで森林管理を継続しているということでした。

アサヒの森の中で森林環境教育のフィールドとなっている甲野村山の林内。

そして、ビールづくりに欠かせないのが水です。アサヒグループでは、アサヒの森の地下水となる水の量(=水涵養量)を2018年から2019年にかけて調査しました。その後管理面積を拡大させ、国内ビール工場の水使用量が約963万㎥/年であるのに対して、2021年のアサヒの森の水涵養量は1,101万㎥/年あることがわかっています。つまり、ビールづくりで使用する水の量以上に、アサヒの森で地下水が涵養されているということです。アサヒの森の存在が持続的な水資源へとつながっています。
▼詳細
https://www.asahigroup-holdings.com/asahi_forest/activity/benefit.html

この他にも、過去の生物多様性モニタリング調査で植物668種、鳥類60種が確認されるなど、アサヒの森の中で多様な生きものが暮らしていることもわかってきました。さらに、国宝や重要文化財の修繕に使う資材の供給地として、アサヒの森の一部が文化庁の「ふるさと文化財の森」に設定されるなど、文化を下支えする存在にもなっています。近年は「アサヒグループ環境基本⽅針」や「アサヒグループ環境ビジョン2050」を制定し、豊かな自然環境を活かしたさまざまな活動を展開しています。

アサヒの森の価値発信を担当する南雲裕司さんによると、これまでアサヒの森で培ってきたノウハウを活かして、全国の森との関わりを増やしていくプロジェクトも進み始めていると言います。

「アサヒグループは全国各地に工場があって、それぞれの地域の森で育まれた水を活用させてもらっています。ですので、地域の自然に対して何か恩返しができるように、アサヒの森の知見を活かして生物多様性や水源涵養、環境保全全般に関する取り組みを広げていきたいと考えています」

アサヒグループ森林管理事務所の実際は?

前述の環境活動に加えて、実際の現場では木材生産が主な活動になっていると言います。俄然興味が湧いてしまい、早速翌月に現地を取材させてもらうことになりました。生憎の雨の中、広島駅から車を走らせること約1時間半、庄原市内の市街地に位置する事務所を尋ねました。

「もともとここは『庄原林業所』という名前でした。林業をメインにやってきたんです」
そう話すのは、アサヒの森の管理を担当する大澄広志さんです。現在は搬出間伐や保育間伐を中心に年間100ha前後の森林整備をしていると言います。大澄さんを含むアサヒの森の職員が森林経営計画(※)を立て、認定を受けた計画をもとに地元の森林組合や林業事業体に間伐作業を委託しています。林業経験者の職員を中心に、間伐などの現場作業を自分たちで行うことも稀にあるようです。

※森林経営計画とは、「『森林所有者』又は『森林の経営の委託を受けた者』が、自らが森林の経営を行う一体的なまとまりのある森林を対象として、森林の施業及び保護について作成する5年を1期とする計画」のこと。森林経営計画の認定を受けると、支援措置として税制優遇や補助金等の活用が可能に。(引用元:https://www.rinya.maff.go.jp/j/keikaku/sinrin_keikaku/con_6.html

搬出間伐後の丸太は周辺の木材市場に出荷するだけでなく、アサヒグループ内のオフィス等で内装材や販促品として活用したり、「森のタンブラー」と呼ばれるノベルティグッズを製作したり、さまざまな用途があります。

ヒノキの薪。自分たちで割って自家消費したり、森のタンブラーの原料にもなるそう。

現状は間伐作業がメインですが、いずれは伐採後に地拵えや植林もセットで行う再造林を本格化させる必要があるため、どう取り組んでいくかが悩ましいと大澄さんは話します。伐採後に苗木を植えるにしても、シカによる食害があるため、その対策に膨大な費用がかかるのです。

「獣害対策にまでコストをかけても、今の木材(丸太の状態)の価格が1㎥あたり1万円強だから、見合わないじゃないですか。今は補助金でなんとかなってますけど、もし今の材価がさらに半分になったらもうお手上げになると思うんですよ。今、森は良いものとして認知されているから、森があるだけでいいっていう考え方もあるけれども、林業が対象にしている人工林って、森でもあるけど、畑でもあると思うんですね。だから木を収穫して、儲けがなかったらなんのためにやっているんだろうって」

恐らく、これは業界全体の悩みとも言えるものでしょう。一方で、社有林ということもあり、どこまで収益性が求められるものなのか気になるところです。大澄さんによると、時代によって考え方が変わってくるのだと言います。

地元・庄原市出身の大澄広志さん。アサヒグループ森林管理事務所に勤務して8年目になる。

大澄さんから色々と話を伺う中で、現地のアサヒの森では想像以上にがっつり林業が行われていることがわかってきました。それと同時に、普段は表に出ることのないような大澄さんをはじめとする現場職員の方々が地道に森林管理をしているからこそ、今のアサヒの森があることを実感したのでした。

電話工事の仕事から
林業の世界へ

アサヒグループジャパン株式会社
サスティナビリティ推進部
大澄 広志さん

大澄さんがアサヒグループ森林管理事務所に入社したのは2016年のことです。その前は電話線の保守(通信設備の保守)の仕事をしていたと言います。

「20代はフリーター生活をしていて、そろそろ30歳が近いから正社員になろうと思って電話工事の会社に入りました。電話線ってたまに木が倒れて引っ掛かっていたりするじゃないですか。それを高所作業車で処理するんですけど、そのときにチェンソーを使っていたんです」

電話線がいつ切れるかはわかりません。夜に対応をしなければいけないこともありました。

「夜の10時くらいに『光ケーブルの線が切れてるから来てくれ』って連絡が来たこともあって。インフラの保守なので、場合によっては夜でも対応しなくちゃいけないんですね。対応しているうちに気づいたらもう朝だったっていうこともありました(笑)。やりがいのある仕事でしたが、だからこそ大変でもありました。アサヒの森に入ったのは、もののけ姫が好きで、森に対して漠然とした憧れがあったのと、保守の仕事でチェンソーの資格を持っていたという理由です。基本、行き当たりばったりですね」

そんな流浪人のような大澄さんですが、今の仕事が一番長く続いていると言います。その理由はどこにあるのでしょうか。

「行き当たりばったりな僕が続けているくらいですから、居心地はいいです。アサヒの森をどう育てていくか、自分たちで考えて決めていきます。広大な山をどういうふうに間伐や皆伐、再造林していくかで、その後の森の形が変わっていきます。だから悩むんです。僕は元来決めるのが苦手で、決められた方が楽なんですが、どうしたら良くなるか、脳みそ振り絞って考えるのは、活動してるって気がするからいいですね」

世間的な林業のイメージは肉体労働の側面が強いですが、実際の林業では案外頭を使う場面も多々あります。そんなところが大澄さんには合っていたのかもしれません。

今回は、環境的な活動と林業のギャップに圧倒された取材でした。そして、そのギャップこそがアサヒの森の特色であり、面白いところなのだと思います。グッと解像度が高くなって親近感が湧いてきました。

●Information
アサヒグループ森林管理事務所
〒727-0012 広島県庄原市中本町1-8-2
0824-72-0104

田中 菜月 (たなか・なつき)
1990年生まれ岐阜市出身。アイドルオタク時代に推しメンが出ていたテレビ番組を視聴中に林業と出会う。仕事を辞めて岐阜県立森林文化アカデミーへ入学し、卒業後は飛騨五木株式会社に入社。現在は主に響hibi-ki編集部として活動中。仕事以外ではあまり山へ行かない。