森で働く
# 28
森と人が育つ
背景にあるもの
2024.2.21

江戸時代、“暴れ川”から流域の暮らしを守るために植林を行い、林業が盛んになっていったとされる静岡県・天竜地域。現在もさまざまなプレイヤーが活動するこの地で、若手がどんどん増えている林業会社があると耳にし、その実相を確かめるために取材に訪れました。

写真:小林 茂太/文:田中 菜月

林業現場の親方は
インスタグラマー?

左から作業班の平尾兼太郎さん、運搬担当の大石亮司さん、新人班の親方・瀧澤武さん、営業部の磯貝心進さん。

戦後すぐに製材業として創業し、現在は植林や伐採、木材搬出なども一貫して行っているのが静岡県浜松市天竜区にある〈フジイチ〉です。取材前にフジイチさんのWebを見てみると、天竜地域や会社の歴史に関する記述が充実していて、歴史性を重んじている会社なんだなあという第一印象を持ちました。その中でふと目に留まったのは、社員の平均年齢が38歳だったことです。若手が増えているとはいえ、当初の歴史深い印象から、もう少し年齢層は高いだろうと思い込んでいました。

続けて、Instagramを覗いてみると、若手社員を中心に何気ない日常の仕事の様子が投稿されていて、フレッシュな雰囲気が伝わってきます。Webを見たときから、がらりとイメージが変わってきました。

それにしても、インスタの投稿をじっくり見ていくと、更新頻度もそれなりに高くて、かつ林業現場の様子が多いことに気付きます。誰がどのように運用しているのでしょうか。取材ではインスタをメインで担当しているという瀧澤さんの作業現場まで足を運び、話を聞かせてもらいました。

瀧澤さんの作業現場。昼休憩中にお邪魔した。

「3年前ぐらいに新入社員の子が『会社でインスタをやろう』って言い出してやり始めました。最初の2~3ヵ月は彼らがやっているのを見てるだけだったんですけど、自分も徐々に興味を持って投稿もするようになりました」

今は社員5人ほどでインスタを運用しているそうですが、明確なルールがあるわけではなく、それぞれが好きなタイミングで自由に投稿していると言います。決まりがないからこそ、負担になることもないようです。担当者の中でも一番こまめに更新しているのが瀧澤さんでした。

岡山県出身の瀧澤さんは、静岡の大学で林学を専攻していた。卒業後、バックパッカーなどを経てフジイチに入社。

「ありのままのほうがいいかなと思って、適当に撮って、編集はほとんどしていないですね。いいところだけ載せていたら、それを見てうちに来た人が『思ったのと違うじゃん』となるのも良くない」

実際、Instagramを見て同社に興味を持ち、インターンや入社を希望する若者が年々増えています。SNSを通じて会社の日常を垣間見ることで、自分の働くイメージが湧き、就職につながりやすいのかもしれません。どこかに広告を出したり、求人掲載をしたりするよりもよっぽど経済的で効果的です。

話を聞いていると、Instagramは社内のことを知るツールとしても機能していることがわかってきました。取材のとき、瀧澤さんと同じ現場にいたトラック担当の大石さんや作業班の平尾さんが、「工場の衆もトラックの衆も(林業現場では)こういうことやっとるんだっちゅうことはインスタでわかる」と話していたのが印象的です。瀧澤さんも「欲を言えば製材工場の様子ももっとあげてほしい」と言うように、それぞれの現場が離れているからこそ、社内の他の仕事も互いに気になっているようでした。

加えて、インスタは社外の情報収集ツールとしても大いに役立っています。

「他の林業会社がちょこちょこドローンを使っていることをインスタで知って、月1回ある全体の社内会議でドローンの導入を提案したら社長が乗り気になってくれて。それからとんとん拍子で話が進んで、ドローンを購入することになりました。普段作業している現場は道がないところが多いので、架線集材で使う滑車とかワイヤーを自分で担いで登らないといけない。それが一番大変なんです」

架線集材で使われる支柱。

同社では、“架線”と呼ばれる木材の搬出方法を得意としています。林内にワイヤーを張り、クレーンゲームのような要領で丸太を運び出す手法です。この架線で使うワイヤーや滑車がとんでもなく重たいため、林業界でドローンの活用が少しずつ注目を浴びています。こうした架線の道具の他にも獣害ネットや苗木などの資材類を運搬するツールとしての利用が模索されています。その一方で、果たして効率的なのかどうかは疑問が残ると瀧澤さんは言います。

写真中央のオレンジの滑車一つだけでも10㎏前後。

「ドローンを使うときは積み荷を積むところと降ろすところに一人ずつオペレーターが必要です。社内で操作できる人は自分を含めて2人しかいないので、ドローンを使うときは他の作業班にいるオペレーターを呼ぶことになるんですね。それによってその作業班の現場が止まります。かといって、丸一日ドローンで運ぶような資材もないので、大体2時間ぐらいで作業は終わります。だから効率はあんまり良くないかも。ドローンの準備やバッテリー充電に時間がかかりますし。でも精神的にはすごく楽になりました」

こうして、インスタという新しいツールが、ドローンという新たなアイテムを林業現場にもたらしたのでした。

●ドローンの活用イメージ
https://www.instagram.com/p/C0TmZFSBUE3/

林業のことが好きだから

インスタやドローンのような新しい取り組みに対して会社としてはどのように捉えているのか、代表取締役社長の石野秀一さんにも話を聞かせてもらいました。

代表取締役社長を務める石野秀一さん。フジイチさん写真提供。

「会社のインスタは若い人たちが自然とやっていることで、個人に任せてあるからね。どんどんやりなさいって。(どんなことを投稿しているか)僕はまったく知らない」

対外的なことについては若い社員に託しているそうで、2006年から毎年続いている一般向けの“天竜美林体験ツアー”や、会社見学・インターンの対応なども若手社員を中心に動いていると言います。

「ずっと続けていると自分たちは飽きちゃうんだけど、新人に任せることで続くし、内容もだんだん変わっています。彼らは新しいから、過去の取り組みをベースにしながら新しいことを加えていくわけです。体験ツアーも地元のお弁当屋さんとタイアップしてみたり、植物に詳しい新入社員が来たらその子に植物のことを喋ってもらう時間を入れてみたりね。参加者も増えていて、本当は20人以下でやりたいんだけど、今週は(11月18日開催の伐採&製材工場見学ツアー)30人を超えていますよ」

天竜美林体験ツアーのうち、毎年7月頃に行われる“下刈り体験”の様子。フジイチさん写真提供。

18年ほど前からは学生のインターンシップや職場体験を、小中高大とすべて受け入れてきました。この地道な活動の積み重ねが、社員の平均年齢の若さにつながっているのかもしれないと話します。

「なぜうちに若い人が多いのか。僕もよくわからない。ただ、僕は林業のことが好きだからね、僕たちが若い人に林業のことを教える義務があると思ってるの。だから若い人の見学をどんどん受け入れています。そうすると30人のうち1人ぐらいはうちに来てくれるわけです。それが積み重なった。特にSDGsが世に出てから増えました。24年度は4~5人新卒で入ります」

インターン生受け入れの様子。フジイチさん写真提供。

「インターンに来る今の大学生たちってすごい熱意のある子が多いんです。そういう子って、ただ仕事しろって言うと、嫌になっちゃうんだよね。だから、うちの若手の中でも優秀な社員が先生になって教えたり、研究課題を与えて大学で研究させたりとか、そうして若い人を留めながら、インターンシップをしながら集めていく。それをずっと続けてきたわけですよね。ほとんど僕が面接して入れているから、今いる社員は全部僕の子どもみたくなっちゃって(笑)」

若い世代が増えているフジイチさんですが、今後は世代交代が課題だと言います。有給休暇を取ることもなくひたすら働いてきたような世代と、週休2日で有給取得が当たり前の世代の間で、大きな隔たりがあります。それはどの業界でも同じような状況でしょう。林業の場合は季節に左右される仕事であり、伐採の旬である秋冬にどうしても仕事が集中してしまいます。そうなると、必ずしも週休2日で、好きなときに有給が取れるというわけにもいきません。それが今の若い世代にできるかどうか、どう乗り越えていくのか、石野さんは気になっているようです。

「僕が考えたってわかんないんで、自分たちで考えるべきだし、しばらくは僕も会社にいるからね、そのうちに考えればいいんです。誰がリーダーになるかわかんないけど、自然に出てくると思う。というのも僕はこの会社の跡取りでも何でもない雇われ社長なんでね。なんだか知らないけど僕が社長になって、文句言われずやってきてるわけです。だから自然に任せれば大丈夫」

ヘルメットを載せるために
頭があるわけじゃない

若手社員が生き生きとしている背景には、石野さんが積み上げてきた取り組みがあったことが分かってきました。ところで、そもそも石野さん自身はどういった経緯で社長を任されるまでになったのでしょうか。

「僕が大学に入学したのは昭和56年で、その年は丸太の値が最高に良かったときだよね。うちのばあさんに『山やったほうがいいんじゃない』って言われて、一番近い静岡大学の林学を受けちゃったのがきっかけです。卒業後は『木材市場に就職しろ』って言われて、なすがままに市場に就職して、しばらくして辞めました。そしたら当時のフジイチの社長が、『ちょびっとだけうちに来てみんか』っていうもんで、『ちょびっとだけならいいですよ』って行ってみたら、なんと三十何年経っちゃった(笑)。なんの主体性もなくきたけど、木材流通が大好きだし、フジイチに入ってみると若い子たちがかわいくなって、知らないうちに今みたいなふうになっちゃったんです」

「僕はもともと山主だから。製材会社の社長を引き受けるのが嫌だった。だけど、山の木を生かすためにここの社長やれって言われて、なるほどそうだなと思ったから引き受けました。製材ももちろん大事だけれど、根本には山。山をどうすんだって思いがありますね」

社長として会社や山の経営を考えていくことはもちろんですが、社員との関係性を大切にしてきたことが今の会社の形につながっているように思います。自分ならなにができるか、その積み上げは今では大きな地層のようになっているのかもしれません。

「社長になってやったことは、朝7時前に会社へ来て、全員が出社するのを迎えること。現場へ行く人も見送って、それを何十年もやってきましたね。簡単に好かれる人は別にやらなくてもいいことだけど。それと、今営業をやっている女性が秋田県から来て、彼女が入ったことによって全部の規則を変えました。育児休暇からなにから彼女に合わせて全部変えちゃったのね。あとは、社員とその子どもには誕生日プレゼントも渡してます。そうやって工夫しないと中小企業はだめかなと思って。社員の子どもの名前はみんな知ってます。何歳になったよねって声をかけて、大体違うんだけどね(笑)。そうやってなんとかみんなが会社にいてくれるように世間並みのことはするようにしています。林業だから休みはないよとか、給料安いよっちゅうのはちょっと違うんだよね。十分には払えないけど、そういう思いを持ってやってます。だからこそ儲けなくちゃいけない」

「林業は優秀な人が入ってくれば儲かりますよ。この会社をやってくれって言われたときにいけると思ってましたけど、やっぱりなんとかなりましたからね。昔ながらの林業や製材業は、在庫管理や生産計画が適当じゃない。ただ来た木材を挽いて、売れるものを売って、採算なんかわからへんっていう妙な世界があった。そりゃ潰れるよね。だから、会社として最低限のことをやる、普通の会社になろうって社員にも言っています。それと、優秀な社員は会社の株主になってもらっています。株主になれば株主総会に参加するから会社の決算のことも分かるし。みんなに会社の内容を把握してもらって、その上で仕事をしてくれたほうがありがたいから」

「ただ、いつまでも彼らを指導する必要はなくて、あるところまでやってあげたら自分たちで動けばいいわけだよね。自分でやればって。だってヘルメットを載せるために頭を持ってるわけじゃないでしょ。僕のやれることは、頭がいい子でも頭でっかちではいけないから、フォークリフトに乗ったり重機に乗ったりいろいろできるようにって言っています。最初は頭でっかちなんでみんなから嫌われるわけですよ。でも、一生懸命やって真っ黒になってやっているうちに、『おお、割りあいやるじゃん』ってなってくると話ができるんだ。それから山の人たちとか工場の人と仲良くなって一緒になってやれる」

取材中ずっとアテンドを担当してくれていた2年目の磯貝さんも、入社のきっかけの一つは石野さんの存在が大きいようでした。

「社長と話しているといろんな言葉の節々に希望を感じますし、面白そうだなって思うんです。社長は何かやりたいならやってみたらってスタンスで、口は出さないけどお金は出すみたいな感じなので、何事においてもやりやすいですね」

取材を通して何か既視感があると思っていたのですが、石野さんの山に対する愛情と、社員への心配りが重なって見えていたからだと、取材の帰路で気づきました。それは山主として山と向き合う中で、他の物事に対しても同じような態度で接するようになったからなのでしょうか。実際どうかはわかりませんが、人をじっくり育てていこうという心意気は林業に携わる人ならではなのではないか。そう感じさせてくれたフジイチさんとの出会いでした。

●Information
株式会社フジイチ
〒431-3306 静岡県浜松市天竜区船明880
TEL 053-926-1232/FAX 053-926-2879
http://www.fujiichi.co.jp/

田中 菜月 (たなか・なつき)
1990年生まれ岐阜市出身。アイドルオタク時代に推しメンが出ていたテレビ番組を視聴中に林業と出会う。仕事を辞めて岐阜県立森林文化アカデミーへ入学し、卒業後は飛騨五木株式会社に入社。現在は主に響hibi-ki編集部として活動中。仕事以外ではあまり山へ行かない。