森で働く
# 20
山に生きる天然食材ハンターが
木工で描く食体験
2022.9.26

岐阜県の清流・長良川の源流域に位置し、夏はアユ釣り、冬はスキー場と多くの人に愛される大自然を有する岐阜県郡上市高鷲(たかす)に、新たに木工房〈TABI FACTORY〉がオープンしました。立ち上げた水上淳平さんの名刺には木工房の名前の他に、「天然食材ハンター」という馴染みのない肩書きがあります。一見すると相容れない「木工房」と「天然食材ハンター」。その気になる仕事の様子を取材しました。

写真:孫 沛瑜/文:高岸 昌平

地元で小さく
循環する木工房

私たちが一生に食べる食事の回数は約9万回だといいます。その中で「食体験」といえる食事は、どのくらいあるでしょうか?そもそも「食体験」とはなんでしょう。例えば、フォアグラを食べたことがある、昆虫を食べたことがある、は「食経験」。ブドウ狩りをして、おいしいブドウを食べるのは「体験」と「食」。高級レストランで極上の一皿を味わうのは「食体験」…かもしれません。

ただ、舌の上で新しい味を楽しむだけが「食体験」ではないようです。天然食材ハンターと木工の掛け合わせで生まれる、地元の自然素材を味わう「食体験」の様子を見てみましょう。

水上さんと落ち合ったのは、実家のガレージを改装してつくった工房。ここが創業したという〈TABI FACTORY〉です。まずは食体験を紐解くために工房の様子を覗いてみることにします。

これから彫り込こまれていくであろう木材や乾燥工程のスプーン、仕上げが終わり出荷を待つスープ匙。中には普段は見かけない樹皮が付いたままのスプーンもあります。

成形した木材の木目を見てフォークの形状を決める。木材の強度や木目を優先すると曲がった形状のフォークも生まれてくる。

そうした水上さんのモノづくりの特徴は、グリーンウッドワーク(※)という手法を取り入れていることです。

※グリーンウッドワーク:伐採したばかりで乾燥していない生の木材「グリーンウッド」を手道具を使って加工していく木工手法。身近な木材をそのまま活用できるため、誰でも手軽に木工に触れることができる

日本で古くから木工を担ってきた木地師も多くは生木木工=グリーンウッドワークでした。しかし、電気が普及するにつれ、効率性や材料の確保のしやすさから生木木工は乾燥材を用いた電動の木工に置き換わってきたという過去を持ちます。

現在では、手軽に始められる木工として再び注目を集めるグリーンウッドワーク。水上さんにそうした伝統的かつ新鮮な木工スタイルを取り入れる理由を尋ねました。

一つ目の理由は木工に使う材料の違いです。

「棚や机をつくる木工ではよく板を買ってくるんですけど、板にするまでに『林業‐製材‐乾燥』の過程を経て、やっと板になるんです。でもスプーンにそんなにエネルギーを使った材料を使わなくてもいいのではと思っています」

グリーンウッドワークであればチェンソーで成形した丸太や、通常なら活用されない枝もスプーンの素材として活用することができます。家具や建築を想定した木材は、スプーンづくりにはちょっぴりオーバースペックなのかもしれません。

一方でグリーンウッドワークはフレッシュな木を常にストックしておく必要があり、保管している間に乾燥してしまうというデメリットもあります。だから手加工だけでなく、機械加工を組み合わせ、材料を有効活用することも重要だといいます。

水上さんのカトラリーには、林業家が斧(よき)に祈りを込めて線を刻むことをリスペクトしたモチーフが刻まれている。感謝の気持ちを忘れないために彫り込んでいるという。

グリーンウッドワークを取り入れる二つ目の理由は、木材の産地にありました。

「山の中でやっている木工作家って、ある意味新鮮な魚が獲れる港にいるのと一緒ですよね。だから新鮮な木が手に入りやすいんです。使う木も自ずとこの土地の木になりますし」

新鮮な木材を必要とするグリーンウッドワークと、郡上・高鷲エリアの多様な森林という組合せも非常に良いようです。加えてグリーンウッドワークなら、捨てられてしまうような小さな枝も材料にできるため、スプーンを軸に地域の山林資源を循環させることにつながるのだといいます。

最後の理由は「純粋に美しいと思う」という一言でした。生木を使ったグリーンウッドワークでは、スプーンにしたときにどうしても、ねじれや曲がりが出てきます。ただ、そうした独特の節や曲がりも枝から生まれたスプーンならではのもの。時には、そうした自然の造形が握りやすかったり、使いやすかったりします。デザインとして用いている樹皮も唯一無二なものだからこそ美しい。水上さんが削りだす匙は、木が元来持っている美しさをカトラリーとして引き出しているのでした。

地元の自然を
遊びつくした少年時代

水上さんがTABI FACTORYを創業したのは、「岐阜県立森林文化アカデミー」(岐阜県にある林業系専門学校)で学生として木工を学んでいる最中でした(2022年3月卒業)。しかし、なぜ水上さんは木工房を開業したのでしょうか?そこには水上さんの子どもの頃の体験が関係していました。

「小学生の頃は学校終わりに友人3人で集まって、川虫をつかまえて近所の川で餌釣りをしていました。それで魚を釣ったら食べる。温かくなると川に入れるので、魚を突いて焼いて食べる。中高学年になると潜って魚を獲っていましたね」

冬になればスキーやスノボで遊び、春になったら山菜を採る。少し大きくなったときには、近所のおじさんについていってキノコも採ったといいます。お話を聞いていると水上さんが少年時代に様々な「とる」(採る、獲る、捕る…)で遊んできたことがわかります。きっとそうした遊びの中で山の豊かさや生き物のこと、山のつながりを感じていたのでしょう。そしてその中で自然とテーマになっていたのが“とって食べる”ということでした。そこに仕事として関心を寄せていた木工が掛け合わさります。

「食事にまつわる道具をつくりたかったんです。僕は食器が好きで、紙皿で食べるのと木のお皿で食べるのでは食事の捉え方が違う。郡上を見てみると意外と食器を作っている人が少なかったので、木工を良く知る前から食器がつくりたいと思っていました」

無限に循環していくさまとスプーンを掛け合わせたTABI FACTORYのロゴマーク

スプーンを中心としたカトラリーが中心となっているのはそのためなのです。そして、そうした食と循環というテーマはロゴマークにも表されていました。

「鹿のお肉だったら山の草を食べて育って、それを持続的にとっていく知恵があって、人間が食べられない骨とか内臓とかは山に捨てますけど、それも肥やしになって鹿が増えていく。そうした循環が高鷲というたったこれだけのエリアですけど、続いていくのがいいなと思ってロゴにも入れました」

こうして木工職人として歩み始めた水上さん。ただ、ターニングポイントとなった森林文化アカデミーに入学したのは社会人になってからでした。入学時、2児の親となっていた水上さんにとって、学校に入るという決断は容易なものではなかったといいます。奥さんに相談した当時のことを教えてくれました。

「貯金だけがなくなる2年間でいい?って聞いて、『いいよ、無理やったら木工に限らず仕事はいっぱいあるから、田舎だしどこでも仕事すれば、生きていけるよね』って言ってくれたのはありがたかったですね」

そうした家族の温かい後押しもあって、木工を中心とした森に対する幅広い学びが始まり、工房を創業したのです。そして、この学校での学びや経験は木工だけではなく、「天然食材ハンター」にも生かされているのでした。

おいしいキノコを
探し求める旅

さて、木工職人としてスタートを切った水上さんのもう一つの肩書き「天然食材ハンター」とは一体どのような取組なのでしょうか?

工房の名前の通りに足袋を履いて、キノコ図鑑とナイフなどを携え、籠を背負ったらハンターの支度完了。

水上さんのいう「天然食材ハンター」とはキノコだけでも、ジビエだけでもない、高鷲の自然から生み出されるものをとって食べる。ということを言葉にしたものだといいます。ハンターとしての活動は主に鹿の罠猟と山菜採取、そして一番力を入れているのがキノコハンティングです。現在は地元のレストラン3店舗と協力して、天然キノコをどのように料理に活用できるか研究中です。

水上さんが採ったキノコを使用する「ピッツェリア・ゴンザ」のキノコピザ(季節限定メニュー/水上さん写真提供)

《水上さんがキノコを提供している飲食店》
・小料理レストランGuni
https://gu-ni.jimdofree.com/
・ピッツェリア・ゴンザ
https://www.instagram.com/pizzeria_gonza/

取材した時期(6月末)は夏キノコが生えはじめる時期ということで、実際にどんなキノコが生えているのか水上さんと一緒にキノコ狩りへ向かうことにしました。

スギ林と共生するキノコは少ないので、広葉樹の生えるスポットを目指して歩みを進める。

キノコは「木の子」というくらい樹木と関係が深い菌類です。そのため周囲に生えている樹木によって生えるキノコも変化していきます。

みなさんもキノコの名前を思い出してみてください。「ブナシメジ」、「マツタケ」、それぞれブナやマツと関係のあるキノコなのです。そのため、天然のキノコを効率よく探すためには、樹木のことも知っている必要があります。それによって、食用になるキノコなのか判断が付きやすくなります。

ミズメのそばに生えていたヤマイグチ。とてもおいしいキノコだが、軸が黒くなり溶けかけている。

「このキノコはそのミズメと共生しているので、ヤマイグチですね。樹種がわかるとミズメと共生しているヤマイグチだってわかります」

湿布の香り(サロメチールという成分に由来する)のするミズメの樹皮を手に、水上さんが教えてくれます。ただ、そのヤマイグチはドロドロに溶けかかっていました。実はキノコが地上に姿を表すのは長くて1週間程度なのです。それを越えると腐って朽ちてしまいます。つまり、おいしいキノコを食すためには時期の選定が最重要とも言えるのです。

知らないキノコがあれば、図鑑で種の同定をしていく。

キノコの種類は国内だけでも5000~6000種類といわれており、そのうち食べられるキノコは200種類ほど。そのすべてを網羅することは天然食材ハンターといえど至難の業です。また、天然キノコは色や形に個体差が大きいため判別が難しいとされます。

そんな話を聞くと、気になってくるのが安全面。玄人でも毒キノコを見極められずに食べてしまうケースが毎年のように報告されています。そうした中で安全にキノコ狩りができるのは、森林文化アカデミーで出会った先生のサポートがあるからでした。

「図鑑で見たことがあって、自分の中で8割食べられるとわかっても人には食べさせません。まず先生に連絡します。写真とどんな林に生えていたかを連絡して確信を得ると、自分の中で利用できるキノコになるんです。それで始めて安心してお店に卸すことができます」

キノコと森の関係について水上さんからガイドを受けながらキノコ狩りを進めていくと、だんだんと今まで気にもしていなかった森林の土の中が少しずつ見え始めてきます。

例えばキノコが生えているということは、そこまで樹木の根がきているサインですし、キノコ群生は土中の菌糸の広がりを予感させます。時には、木材でなく落ち葉を分解しているキノコも見られます。キノコをきっかけに見えていなかった森のことが見えてくるので、たとえ毒キノコでも楽しめるのが野生のキノコ狩りなのかもしれません。そうして、1時間以上歩いたキノコ狩りの成果がこちらです。

ナガエノスギタケ、アミタケ、ヤマイグチ、ベニヤマタケ、ベニタケの仲間、不明菌が2種類。

キノコ狩りを楽しむには良いかもしれませんが、ハンターとしての収量を考えると心もとない量といえるでしょうか。やはり野生のキノコは思うように採れないのが難点です。

「このキノコが欲しいから、明日持ってきてくれと言われても無理ですと。だから食材ありきで、理解のあるお店と協力しています」

時期を狙えばキノコの群生に出会える可能性がぐんと高まる(水上さんより写真提供)

そのため今後の課題は、より安定的においしいキノコを採るために生える場所や時期を見極める目利き力を鍛えていくことです。こうしたハンターとしてのチャレンジには、仕事として苦労が絶えないだろうなと思いますが、水上さんはライフワークとしての楽しみも感じているようでした。

「人生賭けてもずっと知らないキノコがあるって楽しくないですか?そういうキノコに詳しいおじさんになりたいですね!」

そう笑う水上さんは、きっと少年のころに抱いた未知への好奇心と自然やキノコへのワクワク感を忘れていないんだろうと感じました。

高鷲の未来予想図

食と循環というキーワードから木工とハンターを掛け合わせた水上さん。最近、自身の理想に一歩近づく受注があったといいます。それは天然キノコを提供しているレストランからのスプーン制作の依頼でした。それは水上さんの獲ったキノコを水上さんのつくったスプーンで食べられる環境ができたということです。

「木工とキノコって全く別のことではなくて、とても近いことなんです。木にも詳しくなって、貰った木の種類もわかるし、狩猟にもつながる。そして食材の卸先の人が食器を買ってくれて、という感じで結局はつながっているのだと思います」

水上さんはそうしたつながりの先で、山を楽しむ一つのツールとして、キノコやジビエを活かした食体験を広げたいと考えています。

「山の中でとったキノコや栽培したキノコとジビエを掛け合わせてキノコ鍋を楽しめたり、プロの飲食店さんで天然キノコを一流の人が調理して提供してくれるお店があったり。その中に山菜や魚も同じように入ってくる。そうすると高鷲の恵みを食体験として楽しめるようになると思います」

普通なら自然を楽しむアクティビティ・人気のレストラン・地域性や文化を感じる体験はそれぞれのお皿に盛り付けられている料理のように、独立したものとして提供されることが多いように思います。ただ天然食材をきっかけにした食体験になると、それぞれの自然やレストランや地域性といった具材が、スープのように一つの器で溶け合い昇華されていきます。

一見すると全く関係のない木工と天然食材ハンターという組み合わせ。それはハンターとして「高鷲の恵み」をすくいあげ、食器で運び届けるという一体の流れになっているのでした。

●Information
TABI FACTORY
〒501-5303 岐阜県郡上市高鷲町大鷲2223-2
https://www.instagram.com/p/Cbcur9KJxcJ/

高岸 昌平 (たかぎし・しょうへい)
さいたま生まれさいたま育ち。木材業界の現場のことが知りたくて大学を休学。一人旅が好きでロードバイクひとつでどこでも旅をする。旅をする中で自然の中を走り回り、森林の魅力と現地の方々のやさしさに触れる。現在は岐阜県の森の中を開拓中。