森で働く
# 18
飛騨の匠が刻む
これからの大工と建築【後編】
2022.5.12

前編では、飛騨の匠の技術と日本建築だけでない技術の活かし方を見てきました。後編では実際に大工が働く改修工事の現場を訪ねました。すると、大工と製材の合理的な関係、さらには機械加工と手加工のバランスが見えてきました。

▶前編はこちら

写真:孫 沛瑜/文:高岸 昌平

高山をめぐる
歴史と街並みと建築

岐阜県高山市で飛騨の匠と言われる大工技術を継承しながら工務店業を営む井上工務店。前編では、住宅や施設の建築を中心に、木材に墨で印をつける“墨付け”、木材を手で彫り込む“手刻み”の工程を見てきました。後編でも引き続き、井上工務店の現場を覗いていきます。

同社では、住宅や施設の建築以外に、伝統的な建築の改修工事を手がけることがあります。現在、担当している改修工事は2件。高山市の旧市役所である〈高山市政記念館〉の耐震工事と旧三輪家の改修です。今回訪れた現場は、高山市の観光の中心「古い町並み」からほど近い場所にある旧三輪家の改修工事です。誰も住まなくなった旧三輪家を、一棟貸しの宿にするこの改修、宿屋にする理由はその立地にありました。

高山祭の屋台の様子(編集部撮影)

旧三輪家の向かいの道は、京都・祇園祭や埼玉・秩父夜祭と並んで「日本三大美祭」に数えられる高山祭の屋台の曳き回しが行われるスポット。2階の窓を開けば、眼下に祭り屋台や御輿を中心とした行列が見られる最高のロケーションなのです。お施主さんが宿屋を開きたくなるのも納得です。

旧三輪家は、近隣で江戸幕府の御用商人として栄えた日下部家(くさかべ)に番頭として仕えていた歴史を持ちます。そしてその建物も伝統的なものですから、手を加えるにはハードルがあるようです。乗り越えるカギは、やはり大工と製材にあったのでした。無駄なく、より良く木を使う現場を見ていきましょう。

伝統建築にかかる手間と
得られる学び

旧三輪家がある地区は国から伝統的な建築物を保護する地区(重要伝統的建造物群保存地区)として指定を受けており、規制がかかっています。現場監督をしている井上涼太さんが教えてくれました。

「外観や景観周りの規制が特に強く入っていて、外装は一切変えられないんです。庇(ひさし)の部材も作り直したんですけど、色は高山市の文化財課と調整している最中でまだ塗れないんです」

庇に使う部材も修繕前と同じ形状・色合いに仕上げていくことが求められます。残っている部材から型を取り、大工が同じ形状に切り出しました。他にも建物の高さや外観の石積みの形状、さらには使用する素材は自然素材を使うこと、といった規定もあります。そうした規制の一方で、伝統建築から学べることも多いようです。

「改築工事だと、昔のこたつが見つかったり、井戸があったり。ここが水回りだから、こんな風に移動していたのかなとか。昔の人の生活様式が見えるのは面白いですよね」

暮らしの息遣いが時を超えて、建築から伝わってくるのは改修工事ならではの醍醐味です。改修工事から学ぶのは大工も同様でした。

大工の谷腰賢一さん。庇の部材を刻んだのも彼。

「昔はこんな技術を使っていたんだ、と驚かされますね。今はやらないような継手(つぎて)をやっているので勉強になります」

もともとあった梁と新しい木材を絶妙に組み合わせている。

大工の腕の見せ所は、木と木がより丈夫にしなやかに接合する継手に表れるという谷腰さん。私生活においても、建築を見る目は大工のままです。

「大工の技って見えないところで光っていることがあるので、観光や私生活で寺社仏閣を見る機会があるとバラシてみたくなりますね」

伝統建築の改修工事というのは難しいことや手間のかかることもありますが、同時に建築当時の技術を学べるいい機会にもなっているようです。

小回りの利く製材所が
カギを握る

伝統建築の改修工事でポイントとなるのが材料、とりわけ木材の用意だといいます。通常の新築工事であれば、必要な材料の寸法は大体同じですが、改修する建物は伝統建築。現代の基準では考えられません。そのため、すべて現地の建物に合わせたオーダーメイドの木材が必要になります。

増改築や補強を重ねる中で、切り欠きされた土台柱。

また、建物の外観や佇まい・印象はすばらしいのだけれど、しっかりチェックしていくいろんな難点が出てきます。物件によっては柱が垂直でなかったり、特殊な形をしていたり、増改築を繰り返していて、柱が切り欠きされていたり、木材が腐っていたり……。状態もさまざまで、余計に手間がかかっていきます。

旧三輪家の外観。手前に川が流れている

旧三輪家でも、立地や構造が特殊で修繕に一苦労した場面がありました。それは建物が川沿いに位置していることに起因しています。川に積み上げられた石積みの上に土台が乗っているので、むやみに土台を交換できなかったり、中庭の作りが川の流れに合わせて曲がっていたりしました。

こうした材料は、それぞれの部材が違う寸法や形をしているため規格品として販売していない特注材という扱いになります。製材所に発注すれば、もちろんその分手間賃がかかり割高になります。実際にサイズを聞いてみると100㎜×95㎜や44㎜×51㎜と建築に携わっていなくても特殊であることがわかります。井上工務店がこうした建築案件を乗り越えられるのは、自社にある製材所がポイントでした。

「普通の会社さんだと規格材を買ってきて、現場で厚みとかサイズの調整をするのですけど。うちでは寸法を製材部に伝えれば、材料を用意してくれるので、木材を現場に持ってきて、大工さんが寸法を合わせて修正する手間は減っています」

現場から製材へ情報が伝達されることは木の無駄も少なくするだけでなく、大工の時間も有効に活用することにつながっているのです。そうして寸法の合った木材を使って大工が現場の部材と合うように微調整をしていきます。朽ちかけていた門の足も、継手を使って改修されていました。

谷腰さんが修繕した継手。「金輪継ぎ」という技法で仕上げられている。

「簡単にやろうと思うと、下から材をあててボルトで締めちゃったりすると思うのですが、木だけで継いだほうが味が出るなということでやっています」

現場によって、相応しい加工技術を選択することで、もともと使われていた木材を残していました。そうして適材適所で木材を継ぎ足していくことで、うなぎ屋のタレのごとく建築も味わい深くなっていくのでしょう。

オーダーメイドの特注材は
元大工と林業部が製材していた!?

伝統建築の細かな材料の発注にも対応するという井上工務店の製材部。多くの建築案件がある中でオーダーメイドで材料を用意するのは、手間と時間を考えると難しいことのように思えます。それを可能にしているのが製材を担当する向島優太さんでした。

3年ほど前に製材の担当者が退職した折に、腰が悪くなってきたということで製材台車に乗ることを決めたという向島さん。7年間担当してきた大工を離れ、製材台車に乗る日々をこう振り返りました。

「大工もやりたいなという気持ちはあったんだけど、前の人がおらんくなって。うちは製材所あっての工務店やし、工務店あっての製材やし、材料をつくるか・使うかの違いやと思って製材をやることにしました。大工さんのことも多少わかるし、自分も材料を使っとったんで大工仕事がわかるのは、良かったかなと思います」

大工として、木材の使い方や必要となる材料を判断することができる向島さんが製材にいることで、現場から発注される材料が何を求めているのかよりわかりやすくなりました。現場から向島さんに共有されるのは、建築図面。その図面を向島さんが読み解き、必要な木材の量と品質を3か所ある製材拠点に伝えます。

例えば、「この柱は映える位置にあるから、節の少ない柾目(※)のきれいな材が必要」「この部材は2面が壁に隠れるから、こっちに背割り(※)を入れてこの面なら節があっても大丈夫」「建具の枠はヒノキの化粧(※)が必要だけど、そこまで大きくないからこの丸太から採ろう」といった具合に、大工目線で必要な木材を読み取り、調整するのです。このように、図面を通じて大工と製材で必要な材料のすり合わせができていることが重要なポイントになっていました。

※柾目(まさめ)は、まっすぐな木目のこと。背割りはひび割れを防ぐため、ある一面に繊維方向に割れ目を入れておくこと。化粧とは、目に見える場所に使われる木材のことで見た目の色艶がきれいな木材が求められる。

このように大工と製材の間でコミュニケーションをとる向島さん。とはいえ、製材の経験は数年程度。やはり、製材の難しさも感じているようです。

「できた製品のことはわかるけど丸太のことはわからなくて、この丸太キレイやなと思って切ってみると腐っとったりする。そういう見えないところから丸太の特性を判断しないといけないので難しいと思います。やっと最近、ちょっとずつわかってきましたね」

井上工務店で木材に関わる川上から川下のメンバーが偶然集結!左から、林業:谷村俊吉さん、製材:向島優太さん、製材・加工:水口幸夫さん、大工:谷腰賢一さん。

さらに驚くことに林業担当もたまに製材機を使うことがあるといいます。それもあって林業担当の谷村俊吉さんは、「山に入ると、立木の状態でどのくらいの質の木材がどのくらい採れるのか、感覚的にわかる」のだとか。人間収穫シミュレーターのような特殊能力には驚きを隠せません。

井上工務店では、大工と製材の関係、製材と林業の関係が社内でつながっていることで意思の疎通や、お互いのセクションに対する理解が生まれていました。そうした関係が無駄な手間を減らし、木材をよりよく使うことにつながっています。よく「川上から川下へ」と言われますが、井上工務店では「川下から川上へ」情報が流れるから「川上から川下へ」木材が届くのでした。

手刻み×機械
どちらかでなく、どちらも!

ここまで井上工務店が得意とする手加工の技術や材料を用意するまでの林業・製材の話をしてきましたが、井上工務店もすべての業務を手加工で進めているわけではありません。納期が短かったり、大工の余裕のないときには、プレカットと呼ばれる機械加工で材料を揃えることもあります。もちろん電動工具だって使います。つまり、手加工と機械加工の効率の違いや対応できる材料の違い・案件の違いによって技術を使い分けているということです。

井上工務店の大工・畑一樹さん。一人で住宅の建築を任されるほどの腕前だ。

近年、大工の数は大きく減少しています。その動きと同様に、手加工の技術を持つ職人も減少しています。そして、その労働力の減少を補うように、プレカットの技術を活かすことでコストカットや工期の短縮が実現されています。私たちがいつでもすぐに、家を建てることができるのはある種この技術のおかげであるともいえるのです。

井上工務店の大工・島尻大輝さん。寡黙で職人気質。

ただ、それだけでは対応できない建物もあります。それが今回見てきたような、伝統建築や改修工事です。そうした部分は手加工で対応していかなければなりません。ましてや飛騨高山という「飛騨の匠」の技術が残る地域で、その技術を継承することは歴史を継承することでもあります。そうした地元工務店としての矜持が、大工と建築に刻まれているのでした。

●information
株式会社井上工務店
住所:岐阜県高山市江名子町2715番地11
TEL:(0577)33-0715
FAX:(0577)33-0144
https://goboc.jp/service/lumber.php
高岸 昌平 (たかぎし・しょうへい)
さいたま生まれさいたま育ち。木材業界の現場のことが知りたくて大学を休学。一人旅が好きでロードバイクひとつでどこでも旅をする。旅をする中で自然の中を走り回り、森林の魅力と現地の方々のやさしさに触れる。現在は岐阜県の森の中を開拓中。