森で働く人のリアルな声を拾っていく当連載。今回は木と向き合う仕事として大工をピックアップします。森から伐り出される木材をよりよく使うために欠かせない大工の手仕事。そうした「飛騨の匠」としての技術を継承しながら、建物を建てる大工を取材しました。
工場から聞こえる音と
建築の変化
私たちが日常で大工を見かける機会といえば、新築の住宅や施設が建設されているときでしょうか。昔は街中で大工が木材を刻むことも珍しくなかったといいますが、今ではそんな光景はめったに見ることができません。そして、最近の工事現場といえばこんな音が聞こえてきます。
「ウィンウィン」
「ダン、ダン」
「カン、カーン」機械化によって効率が数段アップした近年の建築では、鉄パイプで足場を組み、電動工具を駆使してつくるのがセオリーになりました。
でもその一方で、いまだに昔ながらの方法を取り入れ、「飛騨の匠」と呼ばれる職人の技術を継承しながら工務店を営む会社があります。それが岐阜県高山市にある株式会社井上工務店です。実は、編集部と同じ飛騨五木グループの所属で、私たちにとって一番身近な職人たちです。その井上工務店の工場からは、こんな音が聞こえてきます。
「コンコン」
「ギッギッ、スッスッ」
それは、ノミを打ち、ノコを挽く音でした。
“飛騨の匠の家系”と言われる井上家が創業した井上工務店は、林業部・製材部・大工部と網羅的な木の仕事に取り組んでいます。中でも木材に墨で印をつける“墨付け”、木材を手工具で彫り込む“手刻み”を得意としています。しかし、こうした手加工の技術は現代では機械に代替され、廃れてきました。そうした中で手加工にこだわり建築を続けることは時代に逆行しているようにも見えますが、井上工務店ではそうした手加工の技術が、新しい建築のチャレンジを成功させるカギになっているのでした。
強さ引き出す“大工技”
さて、木材をよりよく使う手加工=飛騨の匠の技術とはどんなものなのでしょうか?実際に大工さんに加工の現場を見せてもらいました。説明してくれたのは、親方として後進の育成や施工の棟梁を務める谷腰賢一さんです。
今年44歳を迎えた大工グループのリーダー・谷腰さんと工場を歩きながら家づくりと刻みについて聞きました。
「今の家づくりは工場で図面に合わせて木材をカットして、大工さんが説明書を見て組み立てるというのが一般的なつくり方になっていて。ホゾや継手(つぎて)※、和室とか床の間とかそういった大工の腕の見せ所が減っているような感じですね」
※ホゾは、木材の先端を細く突出させたものと、もう一方の材に突出部を差し込むための穴をつくって、木をつなぎ合わせる手法のこと。継手は木材の接合部分。
谷腰さんと工場を歩いていると、大工の萩政克さんがちょうど住宅の土台をつくっていました。柔和な笑顔で挨拶をする萩さんですが、木材と向き合う表情は真剣そのもの。墨付けで記された木材を慎重かつ素早く刻んでいきます。
刻み終わった継手は整然としていて、とてもきれいです。編集部が継手に見とれていると谷腰さんが「ここが斜めになっているんですけど」といって、すっと差し金を当てました。確かによく見てみると、数㎜斜めに切ってあることがわかります。
「これはわざとこういう形をしていて、木材がかみ合ったときに密着するようになっているんです。上側の入り口が広いので木が入りやすいんですけど、はめ込んでしまえばキュッと締まるんです。本当はスパっと縦に切ってしまえばいいんですけど、わざと手間かけてしっかり彫る。そうすることで、材と材がねじれるのを防ぎながら強度を高めてくれるんです」
気温や湿度によって、縮んだり、割れたりする木材。工業製品にはないそうした特徴を上手く使うことで、強固で柔軟な構造ができあがっていきます。
「一本一本、目の前に来る木材は違うので、多少のまがりもありますし。それを考慮したうえでどんな継手が適しているのか、どう彫っていけばよいのか、判断してやっていますね」
例えば節の多い木材は、堅く加工しにくいため大工を悩ませるといいます。しかし、堅くて粘りがあるということは丈夫であることの裏返しでもあります。そうした節の堅さを活かして、継手に残すことで強度を高めるという使い方もできるのです。木材のクセを個性として使いこなしていく柔軟な技術こそ、匠なのかもしれません。
匠への道は
道具箱から始まっていた
一本一本異なる個性を持つ木材を刻み合わせて、大きな構造へと作り上げていく大工技。一朝一夕で身につく技でないことは容易に想像できますが、飛騨の匠になるまでの道のりはどんなものなのでしょうか?
「大工になって最初にやるのは、大工道具を入れる道具箱作りですね。親方に教えてもらいながらつくります。あとはノミの研ぎ方を覚えますね」
まずは自分の商売道具から整えていくというところに、職人らしさを感じます。また、木を削る・切る作業が多い大工にとって、道具の切れ味に関わる研ぎ作業も基礎的な重要ポイントです。実は他の道具も、自分でつくることが多いという大工。谷腰さんは、作業台や木材を打ち込む木槌まで自作だといいます。マニュアルを覚えるだけではそれしかつくることができませんが、大工は木材の扱い方と道具の使い方の基本を学びます。その基礎力が応用につながるのでしょう。
道具箱やノミの準備が整ったら実践に移っていきます。
「親方が材料に墨付けをしてくれるので、その木材をノミで刻んでいきます」
ただ、親方が墨付けをしてくれているとはいえ、線は木材の表面に描かれた二次元の情報です。手刻みは、木の中へと三次元で刻んでいくため、刻みの深さや曲がりをどのように仕上げるかが難しいところ。マニュアルのない大工の世界では、刻みを重ねるうちに木材の扱いや木ごとの個性に気づいていくそうで、匠にとって刻みの経験値こそが大事な財産なのだと感じます。
大工の技量が支える
建築へのチャレンジ
こうした匠の技術が必要な物件というと伝統的な日本建築をイメージしてしまいますが、それ以外の建物にも飛騨の匠の技術は活かされているといいます。今回はその中から〈KAKAMIGAHARA PARK BRIDGE〉(以下、KPB)を紹介します。
井上工務店は、自社で設計士や大工を抱えています。そのため、新しい施設の設計が固まってくると設計士から大工へ「こんな案件できませんか?」と図面が回ってきます。設計士から提案を受ける図面の中には、これまでに取り組んだことのない構造や、柱が少ない構造もあるようで、大工にとってその図面は応用問題だといっても過言ではありません。まずは建築として成り立たせるためにどのような工夫ができるのか、大工が集まって試行錯誤が始まります。
「設計士の方が社内にいて直接話せるので、どういう思いで図面を書いたのかとか、どんなイメージを持っているのかということもわかりますしね。この形はやりにくいので、こうしてくれませんかという提案もしますね」
と振り返るのは谷腰さん。設計士と大工がお互いにできる最大限のレベルでコミュニケーションを取ることで、チャレンジングな建築に取り組むことができるのです。そして、それは飛騨の匠がもつ技量があってのことでした。
KPBはトラス構造を積極的に使うことで柱を少なくしているのですが、図面をもらった当初は大工も不安だったようです。
「KPBはスパン(距離)が飛んでいるので、どうしても柱が欲しいじゃないですか。なのに柱がないので大丈夫なのかという不安はあって。だから実際にトラス構造のモデルを工場でつくって、本当にできるのか確認しましたね」
構造のすべてを手刻みで加工したというKPB。その加工方法は普段の住宅とは全くの別物です。それでも、木材をどの様に扱って強度を出すかという点は変わりません。マニュアルのない大工だからこそ、これまでの経験を活かしてトラス構造を組み上げていきます。今でもKPBの2階からは一部大工の墨付けの跡を見ることができ、確かに手刻みで加工したのだと感じることができます。
また、そうした大きな規模の案件は林業部にもフィードバックされ、生産量の調整に役立てられます。大きな案件に合わせて素材を伐り出すのはもちろん、建設予定日までに製材して乾燥まで終わらせないといけません。現在もそうした工期を考えて、発注が来ているようです。
「ざっと何千本単位で発注されるんですけど、今は大型施設用に3000本っていわれています」
施設の建設を見越しての発注ですが、実は林業部といっても伐採を担当しているのは、ごく少人数です。現場によっては、一人で施業することもあるといいます。少数精鋭で3000本を伐ることに驚く編集部でしたが、本人は「気楽なもんですよ」と笑います。山の中で誰にも邪魔されずに黙々と伐採しながら、日々のルーティンをこなしていくのが合っているのでしょう。
予定されている施設の建築はKPBよりも、規模が大きく、デザインも斬新なものになっています。今後、この建物をどのように実現していくのでしょうか?きっと設計士と大工が膝を突き合わせて、実現の糸口を探っていくことでしょう。その糸口をつかむカギは飛騨の匠の技術にあると信じて、大型施設の竣工を待ちたいと思います。
▶後編はこちら
- ●information
- 株式会社井上工務店
- 住所:岐阜県高山市江名子町2715番地11
- TEL:(0577)33-0715
- FAX:(0577)33-0144
- https://goboc.jp/service/lumber.php