森で働く
# 6
クリエイティブな森の民
根羽村森林組合 【後編】
2020.8.24

「森と関わって働く人」のリアルな現場の声を伝えていく当連載。幼いころから森の中で暮らし、山で生き抜く知恵をたくさん持った人がいる一方で、生まれ育った環境とはまるで違う地で0からの生活を始め、腰を据える人もいます。今回はそうした移住者たちに会ってきました。長野県下伊那郡根羽村で、森林組合を中心とした“村と山の関わり“について聞いていきます。後編はオヤジたちの妄想を現実に変えていくマギーの登場です。

▶前編記事はこちら

写真:西山 勲/文:田中 菜月

村民暮らし
はじめました

村民たちから“マギー”と呼ばれるのは、地域プロデューサーの杉山泰彦さんです。持続可能な地域づくりのため、内外の人たちを巻き込んで新たなビジネスを起こしていこうと奮闘中。2020年8月には社団法人の立ち上げを始めた現在ですが、2018年に根羽村へ引っ越してくるまでは東京で働いていました。

「当時はオーダメイドのウエディング事業をやっていて、そもそも何で結婚するのか、といったところから掘り起こして、新郎新婦が望む結婚式を一緒に考えて形にするお手伝いをしていました。アイデアや企画をどう形にするか、ビジネスにするか、ということをずっとやってきました」

長野県根羽村で村民暮らしをはじめたマギーさん

そんな中、グループ会社の地域プロデュース事業に加わることになり、3年前、根羽村と出会います。

「初めて森林組合がやっていることについて話を聞いたり、木育活動のことを知ったりして、めちゃめちゃ面白いし重要だって思ったんですよね。根羽村が森と一緒に暮らしている、自然と暮らしが融合した形で生きている、その生活文化に僕はすごい興味を持ちました。季節ごとにどんな山菜が採れるか当たり前のように知っているし、旬とともに生きている感じですね。僕にはないその生き方を自分の中に取り込みたくて、ここで暮らそうと思いました。引っ越してきてから1年間は“村民をやる”っていうのをテーマに、村民暮らしを1年間実践しました」

オヤジたちの妄想を
形にしていくために

杉山さんは積極的に消防団に入ったり、地区の活動にも加わったり、村民暮らしにどっぷり浸かりました。そこから、やりたいことが自ずと見つかってきたと言います。

「子どもが去年7月に生まれて、自分がこの未来何をやりたいか考えたときに、“子どもを入れたい学校が日本にない”っていうことに対してすごい怒りが湧いてきたんですよ。今の日本ってすごく生きづらいじゃないですか。他責思考だし、出る杭は打たれるし。僕らはそれに対して違和感を持っていて、変えたいと思っているけど、国や政治がそれをやってくれるとは思えません。だから子育てできる場所を自分たちでつくりたいと思いました」

根羽村の森林内。夕陽が差し込む

子育ての場として、まさに森林は相性がいいのではないか。この発想から、自ら経営する古民家ゲストハウスなどを拠点に、村暮らし体験ツアーなどを開いて都市部から人を呼ぶようになりました。

「これまでは今村さんと小野さんが出張する形で森林×教育ということをやってきたわけですけど、僕は現地滞在型を増やそうと思っています。例えば、1泊2日の幼児教育向けの合宿をするとか、長期の合宿もありかもしれません。公教育とも連携していきたいです。2020年から文科省の学習指導要領が“生きる力”に変わったんですよね。これって“非認知能力”のことを言っています。勉強だけではなくて、創造性とか心の豊かさを育んでいこうってことです。不確定要素が多くて変化の早い、これからの時代に対応できる人を育てていかなきゃいけない。でも具体的な要項が全然出ていないので、教育現場の人たちが困っているわけです。そこで森林組合や村民の生活の知恵を通じて何か教えることはできるだろうし、根羽村はそのためのフィールドにしていきたいし、体験コンテンツもつくっていきます。ここでの売上を新しい森づくりに還元して、新しい商品開発費にまわしていこうと考えています」

魚を釣ったり、山菜を採ったり、郷土料理をつくって食べたり、村民が先生になって体験コンテンツを提供していきます。

林業において、森林の整備や木材の販売だけで食べていくのは難しい時代になるでしょう。もしかするとすでに、そういう状況だと言えるかもしれません。だからこそ、新しいビジネスモデルの構築が必要です。そこに、教育をコラボさせることができるのではないか、と杉山さんは考えています。

「森林組合自体も今まで頼ってきた補助金にどれだけ依存しないかは重要だと思います。0にするのは難しいし、森を守ることは社会的意義があるので、補助金はあってもいいと思うんですよ。でも、その分色々と縛られてしまうこともあるだろうから、本当にやりたい森づくりができないこともあると思います。そうしたときに独自予算をつくることができれば、新しい根羽村の森づくりができるんじゃないかな。今村さんたちがいつも妄想しているような森づくりだってできるようになります。そのためにも今は、“教育と森づくりが循環するようなスキームの構築”に取り組んでいるところです」

根羽村に流れ込む矢作川

さらに、矢作川流域沿いの自治体や企業と連携して収益を得ることで、源流域である根羽村がしっかり林業に取り組めば、最終的には“生活水”という形で市民に還元していくことにもなります。この循環ができれば、矢作川流域に暮らす人たちが生きていく上で絶対的に欠かせない水も守ることができるのです。

「矢作川の下流にあたる愛知県安城市には明治時代につくられた用水路があるんですが、その明治用水をつくった人たちが『水を使う者は自ら水をつくれ』って言っていたらしいんですよ。流域は一つの運命共同体。そんな思いを持って、皆の理想や課題を全部捉えて、それらがうまく回っていくための手段や仕組みをつくり、そこに適切な人々を連れてくる。それが僕の役割かなと思っています」

いつかはキムタク主演の
林業ドラマがはじまる?

林業は木を切るだけじゃなく、クリエイティブな営みだと今村さんは話します。

「農林業をやってる人はかなりクリエイティブだと思います。正解が一つじゃない自然と日々向き合って、頭で考えて汗を流して、自分の技術だけで生きられる、そんな生き様がいいですよね。どこかの大企業の歯車として働くよりも、例えば3人で1チームの林業班だったらどんな山づくりをするか自分たちで考えて、決めて、実際に形にすることができます。主体的に働けるということです。村民からも『いい山つくってくれてありがとう』って言ってもらえるし、それってオレたちの矜持だよねって言えるでしょ?かっこいいじゃないですか」

林業従事者は村の貴重な担い手だからこそ、林業ツアーなども開催して新たな村民を呼び込んでいます。希望者を募るツアーには杉山さんも関わっているそうです。

根羽村で行われた林業ツアーの様子
今年2月に村で行われた林業ツアーの様子。
写真提供:取材先

「今年2月の林業ツアーでは、体験内容を現場職員の方たちに考えてもらったんですけど、普通に林業体験って言ったらチェーンソー体験になるところが、架線撤収の体験をやってもらうことになったんですよ(笑)。集材(伐採した丸太を山から下ろして集める作業)のために張られた架線を、どうしたら効率的に撤収できるのか。ゴールを見越して段取りを組んで作業できるか。そこで現場職員としての腕が問われるみたいで、本当に林業で必要なことを体験してもらいたかったみたいです。危険な仕事でもあるので、生半可な人には来てほしくないって思いもありますね。その結果参加した6人中5人は見送って、残った1人が今年の春から森林組合に入ってくれました。元ラーメン店主だそうです(笑)。職人気質な方ですよ。1年色んな林業現場を見て回った結果、根羽村が一番やりがいと課題感にあふれているからってことで決めてくれたみたいです」(杉山さん)

こうして少しずつ新たな担い手は入ってきているようですが、林業をやりたいという声はまだまだ少ないと杉山さんは言います。

「林業ってアスリートとアーティストの掛け合わせみたいな仕事ですよね。体力もいるけど、自然と向き合うから美意識も求められると思います。環境的な視点からすれば森を残していくための方法をもっと考えていくべきだし、林業人はこれからも必要だと思います。でも言葉が一番通じないんですよね。林業をやっている人たちがかっこいいって思ってもらえるような見せ方をしていくしかない。林業人は本当にかっこいいですからね。キムタクが主演の林業人のドラマをやったら、自分もやりたいって人が増えるかもしれないですよね(笑)」

この村なら
誰でも食っていける?

最後に、村で働くことと食べていくことについて話を聞いてみました。

「自分は県庁辞めてきたでしょ?だから当然年収は下がっているわけ。だけど、どっちが面白いかって言ったら圧倒的に今のほうが面白い。波乱万丈だけどね(笑)。でも100倍面白いよ。県職員時代は木材利用推進の係長をやっていたんだけど、こっちにいると最前線なわけだよね。机上で抽象的なことをやるより、現場の方が性に合っていると思う」(今村さん)

ネバタゴガエルの木彫り
村近辺に生息し、「ワン」と鳴くネバタゴガエルの木彫り。小野さんが製作したもので、村内各所の玄関口に置かれている。

「私も新潟から根羽村に来てすぐは年収が半分になりました。でも、チェーンソーアートで小遣いを稼げるようになったし、そもそも根羽村はお金を使う場所がないんですよ(笑)。下手すりゃ1ヶ月くらいお金を使わなくても生活できます。自分のやりたいことを仕事にしているわけだから、日常が楽しいしお金もかからないですよ」(小野さん)

「地域プロデューサーとしての年収は変わってないけど、村外からの副収入が増えたので年収は上がりました。都市部向けに地域系のコンサルタントの仕事をやるようになったのが大きいですね。そうやって収入は増やせるので、僕はお金持ちも諦めないです(笑)。移住してきて年収が半分になるって言っちゃうと、今村さんや小野さんみたいなちょっとネジの外れた人しか来られないじゃないですか(笑)。もうちょっとネジが締まっている人でも来られることが村にとっては重要です。とはいえ、今の木材価格や生産コストで収入を上げることは難しいので、林業をやる人も森林ガイドだったり体験コンテンツの先生になってもらえばいいわけです。それが僕の考えているビジネスモデルにつながってくる。副収入を得られる方法や、収益化できることをつくっていけたら、林業人としての稼ぎ方もアップデートされていくと思うんですよ」(杉山さん)

森で働く、林業をやる、という将来の夢を持つ子どもや若者は、日本にはあまり、いや、ほとんどいないのではないでしょうか。しかし、かっこよくて、やりがいもあって、まあまあお金にもなる、そんな職業の一つとして映る時代がやって来る可能性は十分にあると感じました。

仮に自分がどこかの山奥に移住して林業をするとしたら、山村にある自然・人的資源と、すでに自分が持っているノウハウをミックスさせて、今までにない生業をつくることもできるのだと気付かされます。それは移住者にこそ求められていることなのかもしれません。根羽村に限らず、他の地域でも同様の、もしくはまったく異なるビジネスモデルや生業がすでに動き始めていそうですね。取材を続けるうちに私もどこかに移住してしまうかもしれません。読者の皆さま、どうぞ見届けてください!

●Information
根羽村森林組合
長野県下伊那郡根羽村407番地10
TEL 0265-49-2120 FAX 0265-49-2432
http://nebaforest.net/

田中 菜月 (たなか・なつき)
1990年生まれ岐阜市出身。アイドルオタク時代に推しメンが出ていたテレビ番組を視聴中に林業と出会う。仕事を辞めて岐阜県立森林文化アカデミーへ入学し、卒業後は飛騨五木株式会社に入社。現在は主に響hibi-ki編集部として活動中。仕事以外ではあまり山へ行かない。