森で働く
# 1
飛騨市森林組合 Vol.1
林業はチームプレーです
2020.1.9

当連載では、「森と関わって働く人」のリアルな現場の声を拾い上げていきます。どのようなきっかけで業界に入り、日々どんな仕事をしているのか。楽しみと苦労とは。第1回目は豪雪地帯である飛驒の森林組合に務め、現場でチームリーダーを担い林業機械を乗りこなす、松井博之さんです。

写真:西山 勲/文:田中菜月

きっかけは親のススメ
何気なく飛び込んだ林業の世界

《林業従事者》
松井 博之さん
飛騨市森林組合(岐阜県)
林業機械オペレーター/チームリーダー

岐阜県飛驒市出身・在住の松井博之さん(40)。現在は飛騨市森林組合に勤務していますが、キャリアスタートはまったく別の業種でした。工業系の高校を卒業後、地元を離れて空調設備の会社に就職。しかし、給料などの労働条件が厳しいなどの理由で、1年も経たないうちに退職し、実家へ戻ることになりました。

3つほどバイトを掛け持ちしながら過ごしていた松井さん。見かねた両親が、新聞の折込に入っていた求人情報を持ってきました。それが現在の勤め先である飛騨市森林組合(当時は古川町森林組合)でした。
「そのときは『自然の中で働くのも悪くないかな~』ぐらいの軽い気持ちでしたね」

「木を切ることはなんとなくイメージしていたのですが、想像以上の作業の多さに圧倒されました」と、組合に入った最初は林業に対するカルチャーショックがあったと言います。苗木を植えたり、下草を刈ったり、節ができないように枝打ち、積雪で木の根元が曲がらないように雪起こしするなど、森林の保育作業を10年近く担当しました。

その後、組合として木材生産も積極的に行うようになり、林産部門に配属されます。これまでとは業務内容が大きく変わるため、山から丸太を運び出すための林業機械の操作など新しい技術の習得が必要になりました。

「機械に乗り始めた頃は、極力不安定なところで仕事をしないようにしていました。まずは乗って、操作に慣れるところから。上司には『ぶつけていいから、とにかくケガをしないように』『機械はお金をかければ直るけど、人間はそうもいかない』と言われていましたね」

気がつけば勤続約20年。今では林業機械を乗りこなし、チームを取りまとめるチームリーダーを任されるまでになりました。

林業機械と架線を使いこなし
奥山から木材を運び出す

右の黄色い機械がタワーヤーダ。これだけ広くて平坦な現場は珍しいのだとか。

通常、朝7時前に会社に集合し、ラジオ体操から始まります。その後、チームそれぞれの現場へ向かい、8時頃から作業開始です。16時半頃には作業を終わらせ帰路に着きます。飛騨市森林組合には現場チーム8つのうち林業チームが4つあり、1チーム3人体制を取っています。
松井さんのチームはタワーヤーダチーム。タワーヤーダとは、架線を張るための林業機械で、架線を駆使して山の斜面にある伐倒木を道まで集める(集材する)ために使われます。まだそれほど普及していないため、ここで使用しているのと同じものは全国でも10台ほどしかないと言われています。ちなみに値段は数1000万円……!

タワーヤーダで運ぶため、伐倒木にワイヤーをくくりつける。
リモコンを使いワイヤーを巻き上げていくと、伐倒木も引き上げられる仕組み。

この日の作業の流れは、伐倒木にワイヤーを巻く人、架線で運ばれてきた伐倒木を機械で仕分けする人、伐倒木をチェーンソーで切る(造材する)人、この3人で現場を回していました。それぞれが離れた場所で作業しているため、無線機が必須です。架線の操作もリモコンを使って遠隔操作しています。

運ばれてきた伐倒木は、グラップルというクレーンゲームのような機械で仕分けされる。

ただ、天候などによって作業内容は変わります。例えば、猛吹雪の中での伐採作業は危険なため、天気予報を見て、猛吹雪の日は造材だけ、その前日までに伐採を進めておくなど、作業計画を立てるのだそうです。

納品先のニーズに合わせた丸太の長さに切っていく。

新しい現場に入るとき、まずは作業場のレイアウトを組み立てていくのだと松井さんが教えてくれました。決まっている作業エリアで、どのあたりのどの木を育てるために残し、そのためにどの木を伐採するのか。伐採後の木を架線で集材するためにはどこにタワーヤーダを配置するのがいいのか。集材後の造材作業はどの位置だと動きやすいか、造材後の丸太をトラックで積むことも考慮して……と、一連の作業がよりスムーズに進むよう、現場の仕組みを考えることが要になります。
「計画したレイアウトがうまくいったときはめちゃくちゃ気持ちいいですよ」

現場を見て、いかに作業しやすい「レイアウト」を考えるのもリーダーの仕事。

平成29年から、飛騨市森林組合では月給制が導入されるようになったと言います。未だ日給制が多い林業界の中で、月給制は珍しいこと。これまでの第2・4土曜と日曜休みから第5土曜日と祝日も休みになりました。こうした働く環境は事業体によってさまざまですが、仕事をしていく上では気になるポイントです。

常に予測できない自然
とにかく安全第一で

取材したこの日は11月下旬でしたが、現場が標高1000メートル近くということもあり、すでに雪がしっかりと降り積もっていました。率直に寒くないのかどうか聞いてみると、「季節の変わり目はどうしても寒いですけど、慣れちゃえば大丈夫ですよ」と話す松井さんに、「そんなもんなのか…!」と驚愕する取材陣。

「実は一度だけ、大きなケガをしたことがあります」
これまでに大きなケガなどはなかったのか訊ねてみました。作業中に突然、上から大きい木の塊がジャンプしながら転がってきたそうです。咄嗟に逃げたものの、運悪く木が跳ねて松井さんの太もも裏に直撃。打撲により血の塊ができ、2ヶ月のギプス生活を余儀なくされてしまいました。

「それからは周りに注意を払うようになりました。とにかくケガをしないように、焦らず作業する意識も強いです。後輩たちにも『早くやるぞ』っていうことを言わないように気を付けています。ただ、どれだけ安全に気を配ったとしても、リスクが0になるのではなく、あくまで減るだけです」
自然が相手だからこそ、いつ何が起こるか予測できないことは当たり前なのです。

チーム内で必ず意見交換
全員が納得して仕事をすること

より安全に作業をするためにも、チームでの連携が必要不可欠になります。そのため、必ずチーム全体で意見交換をして作業計画を立てます。
「誰か一人でも勝手なことをしていると危険ですし、疑問を持ったまま仕事をするとケガにつながるんです。それぞれが納得した上で作業を進めないといけません。チームメンバーからは『こうしたほうがいいんじゃないですか』という意見も出てきますよ。自分の意見を聞いてもらえないと、ストレスにもなって集中力を欠いてしまいます。離れて作業することも多く、自分の目が行き届かないことも多々あるので、目的意識をしっかり共有しておくことが大切なんです」

このチーム連携と現場のレイアウトがうまくハマると、安全かつスムーズに仕事が進むようになります。でも、そこまでの状態にたどり着くためには、作業員それぞれが林業のノウハウを身につけている必要があります。
「マニュアルがあるようでないのが山の仕事なんですよ。技術的な部分もそうですが、山の地形や立地条件のことなども知っている必要がありますから。せめて現場で求められる能力の半分くらいまでを説明できるマニュアルが作れたら」と話します。
「難しいことですが、そうした若手向けの取扱説明書のようなものがあれば、もう少し気軽に林業をやってみようかなって思ってもらえたらいいですよね」

レイアウトがハマると山に美しい現場ができあがる。

漠然とした気持ちで入った林業の世界で夢中になって働くうち、現場をまとめるリーダーとなり、若手の育成まで意識する立場になってきた松井さん。その目には、今の仕事に対するやりがいと誇りを感じます。松井さんたちの世代によって、今までの林業とはまた違った現場の環境がつくられていく未来が見えました。

「森で働く」第1回目は、林業の現場で中堅として働く人をピックアップしましたが、一口に林業といっても職種の幅はとても広いです。そのあたりについても、この連載では伝えていきます。固定概念を破るような林業スタイルなど、いろいろな視点で探っていきます。

▶飛騨市森林組合vol.2の記事はこちら

田中 菜月 (たなか・なつき)
1990年生まれ岐阜市出身。アイドルオタク時代に推しメンが出ていたテレビ番組を視聴中に林業と出会う。仕事を辞めて岐阜県立森林文化アカデミーへ入学し、卒業後は飛騨五木株式会社に入社。現在は主に響hibi-ki編集部として活動中。仕事以外ではあまり山へ行かない。