“森林ESD”という新しい形の森林教育の事例があると聞きつけ、山梨県北杜市を訪れた響hibi-ki編集部。従来行われてきた森林環境教育とどういった点で違うのか、林間学校に密着した1日の様子をお届けします。後編では、間伐体験を通して、児童たちがどのように森と向き合い、学びを深めていくのか、そして関係者の熱い想いを紹介します。
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午前中に探究学習を終えた児童たちは、午後は間伐体験に挑みます。指導するのは、北杜市で創業65年の歴史を持つ林業会社、有限会社天女山の経験豊富なフォレストワーカーの方々です。この日は、経験豊富な現場作業班5名が、児童たちに間伐の意義と安全な作業方法を指導します。
間伐体験は、まず、間伐の意義を再確認することからはじまります。児童たちは、事前学習でボードゲーム「きこりものがたり」を通して、森林管理、特に間伐の必要性を学んでいます。この日は、実際に森の中で、土壌や生えている植物を観察しながら、間伐をする理由を改めて考えていきます。さらに、木になりきって間伐ゲームを行うことで、間伐が森林全体の健康にどのようにつながるのかを体感的に学びます。
間伐体験でも探究学習とプログラムにおける指導者の役割は同じです。大人はあくまでも気づきを与えるのがメイン。「森は手入れしないとどうなる?」「明るい林と暗い林の違いは?」など、児童に何度も問いを繰り返し、時には一緒に身体を動かしながら、間伐の必要性を伝えていきます。
次に切る木を選ぶ作業に移ります。今回は成長が悪い木を間引く「劣勢木間伐」です。「この木なら切っていいかな?」「あっちの木は枯れてるから要らないかも!」と、一人ひとりが真剣に考えて切る木を相談します。そして、伐倒方向についても、児童たちが自分たちで考えます。次はいよいよ、間伐の実行です。まずは、指導者がチェンソーを使って、木を伐倒する様子をデモンストレーションします。児童たちは、チェンソーの音に耳を澄ませ、真剣な眼差しで作業を見つめます。
児童の番がやってきました。児童たちはノコギリを使って、交代しながらギコギコと直径約30cmの木を切っていきます。多くの児童はノコギリを使うのが初めてだったようで、最初は戸惑いながらも、次第にコツをつかみ、集中して作業を進めていました。
こうして児童が切り進めた木は、最終的に指導者がチェンソーで伐倒します。自分たちが選び、手を入れた木が倒れる瞬間、児童たちは息を凝らし、チェンソーの音に耳を澄ませていました。
木がミシミシと音を立てて倒れ、児童からは大歓声が上がります。こうして倒された木は一部を輪切りにして児童が持ち帰るほか、フィールド内の整備にも活用されます。この日は、実際に児童たちが伐った木を使ってフィールド内に流れる川に橋を架けていました。もちろん、どこに、どのような橋を作るかは、児童たちが話し合って決めます。
活動を傍から見ていると、児童と指導者が森の素材を介して自然なコミュニケーションを取りながら、楽しそうに活動しているように見えます。しかし、不確定要素が多く含まれる、従来にない活動なだけあって、学校の先生としては不安な部分も大きいのではないでしょうか。学校側から見たこのプログラムの評価を校長先生に伺います。
「文科省からは、児童の個性を引き出す‘個別最適な学び’や、協働的な学びの充実が求められています。探究学習という言葉も最近は多く使われるようになりました。しかし、教える側の先生も大人になるまでそういった教育を受けてきませんでした。さらには、教科書のない探究学習に戸惑う先生が多いのが現状です。そういった状況の中、このプログラムは、学校側の負担を軽減しながら、児童が主体的に学ぶ機会を提供してくれるので、非常に助かっています」
近年、教員の働き方改革などが叫ばれていますが、その一方で、教えるために必要な知識は増え続けています。文科省が提唱する「社会に開かれた教育課程」を実現するためには、外部講師との連携が必要不可欠ですが、現場の先生たちは日々の業務に追われ、なかなかそういった余裕がない、というのが現実のようです。
「小金井市でも、第一回の“森林ESDプログラム”の説明があった校長会では、活動の導入を疑問視する声が挙がっていました。『既に林間学校のプログラムは決まったものがあるのに、なぜ新しいことを始めなければならないのか』と。しかし、そんな先生方も実際にプログラムを経験して、学校では見られない児童の反応が見られたりすると、そこでようやく活動の意義を感じることができるんです。私もそうでした。今回の事例のように市の教育委員会が認めていて、既に仕組み化されている活動というのは、学校としても導入のハードルが下がるので、“初めの一歩”が踏み出しやすい。そういった点で優れた事例だと思います」
2年前、小金井市では先行して1校で“森林ESDプログラム”を試行し、好評であったことから翌年には3校で実施。校長会で取組を報告をする中で理解が得られて、3年目からは小金井市全校の9校で導入されました。“最初の一歩”が踏み出しやすいように、フィールドから指導者、さらには財源まで市全体で“プログラムの仕組み化”を行ったことこそが、本事例の一番の特徴なのかもしれません。
チャートで見る“森林ESDプログラム”の全体像
ここまでは、児童たちが主体的に学んでいる森林ESDの現場を見てきました。多くの大人が携わっていることは分かりましたが、次は森林ESDを支える仕組みに着目したいと思います。特に活動の継続には必要不可欠な「予算」と「学校負担」の側面から詳しく見ていきましょう。全体像をチャートで確認しながら、理解を深めていきます。
予算に関しては、小金井市教育委員会が、全体をコーディネートする一般社団法人東京学芸大学Explayground推進機構(以下、推進機構)に予算を交付し、推進機構から、実際に指導にあたる外部講師へ支払いが行われます。一般的に、学校が外部講師に指導を依頼する場合、「予算がない」という理由で、ボランティアに頼らざるを得ないケースや、企業努力で成り立つケースが多いですが、このプログラムでは、森林環境譲与税を主な財源とすることで、専門性の高い外部講師を確保しています。
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また、木俣さんによると、このようなしっかりとした財源があるからこそ、好循環が生まれ、持続可能性が担保されていると言います。
「これまでの学校における森林環境教育などでは、現地指導者にはボランティア、もしくは交通費や当日の賃金程度が支払われる有償ボランティアとして関与頂くケースが少なくありませんでした。当事者の熱量が高いうちは支えられても、次第に息切れしてしまうことも多く、ボランティアが故にプログラムの質も高められないケースが少なくありませんでした。そこで、小金井市では、森林環境譲与税による予算措置を目指しました。ありがたいことに校長会で理解を得られ全校で実施することになり、市での予算措置がなされたことで、現地指導者には林業労働者の標準単価を超える謝金を支払えています。こうすることで、林業会社にも業務として指導者を出していただけるし、探究学習視点でプログラムの質を高めて頂くお願いもできるなど、好循環になっています」
学校側の負担についても触れておきます。実施体制を見るとわかるように、学校側で行う準備は、申込書や要望書の作成、そして当日の班分けや名簿作成といった、比較的簡単な作業に限られています。それ以外の現地での準備や指導者との詳細な調整は、全て推進機構が担っています。もちろん、担当教員には、事前の現地踏査や、探究学習のテーマ決め、班分けなどの準備は求められますが、当日の進行はほぼ丸ごと推進機構にお任せできるため、林間学校の担当教員の負担が大幅に軽減されています。
このように、“森林ESDプログラム”は、教育委員会や教員の負担を減らしつつ、森林環境譲与税で予算措置することで、児童・保護者等にとっても経費的な負担を軽減するだけでなく、現地指導者への適正な報酬を保証することで、質の高い教育を担保することに成功した、関係者全員にとってメリットの多い仕組みとなっているのです。
「行くだけ、見るだけ、登るだけ」の
林間学校から卒業しよう
プログラムの骨組みを考案した木俣さんは、まずは移動教室等における“森林ESDプログラム”のモデルケースを作ろうと教育現場を探す中で、小金井市教育委員会の教育長である大熊さんと出会いました。大熊さんは、長年にわたり移動教室や林間学校のプログラムを実践しながら研究してきた特別活動のスペシャリストです。
「僕はこういう移動教室とか林間学校っていうのは、その子の人生を変える体験ができる可能性があると思っています。同じ学年の子どもが、みんなで共通の活動をする機会って本当に少ない。そんな貴重な機会なのに、これまでの林間学校なんかを振り返ると『行くだけ、見るだけ、登るだけ』の、工夫する余地のまったくない、先生から言われるままにやる。そういう活動だったと思うんです」
小学校教員を皮切りに、指導主事、東京学芸大学特命教授を歴任した大熊さんは、一貫して特別活動に情熱を傾けてきました。長年にわたり、子どもたちの活動を観察・分析し、その中で、従来の移動教室や林間学校には、子どもたちの主体的な学びを育むための工夫が不足していることに危機感を覚え、特別活動のあり方について深く研究を重ねてきました。そんな大熊さんと木俣さんが出会い、両者の想いが合致したことで、小金井市を舞台とした“森林ESDプログラム”の実現へと繋がったのです。
「今の学習指導要領は『主体的・対話的で深い学び』という、授業の方向性を初めて定めたもの。森林体験と言ってもただ森に児童を集めて『はい〇〇を探せ~』なんて活動は主体的でもなんでもないわけです。重要な点はそこにあって、この森林ESDに関しては指導者全員が研修で学習指導要領や教科書を読み込んできている。探究学習の教育方法も学んでいる。そうやって子どもの主体性を刺激するサポートの仕方を勉強しているからこそ、子どもの心に火をつけられる」
教育者の視点からみて、こうした体験活動の取組を全国に広めていくにはどうすればいいのか、大熊さんに質問してみました。
「教員だって探究学習をしっかり教えられる人はいません。僕自身も全部できているとは思わない。本当に少しずつ改善しながら、教員自ら探求の学びが生まれていくところを体験していけばいい。探究学習って火起こしみたいなもので、“子どもたちの興味”っていう火種が消えそうになっているところに、うまく風を送って、だんだん大きな炎にしていくものだと思う。いきなりすごく燃えるなんてなかなかない。そこは教える方が体験しないとわからない部分でもあるし、外部の誰かが『面白い活動できたよね』と言ってあげることが大事だと思うんです」
1日密着してみて、プログラムは単なる森林環境教育の枠を超えた、新しい教育活動の形なのだという事がわかりました。最後に木俣さんに今後の展望について聞いてみました。
「まずは小金井市の事例をモデルとして、指導者とプログラムの質をさらに高めていきます。そのうえで、今後は小金井市以外の自治体にも広げていきたい。清里高原や八ヶ岳山麓には、他の青少年教育施設があるので、さまざまな自治体への展開も目指します。また、一つの市町村だけでは、森林ESDの指導者養成を行うことは難しいので、ある県とは、従来の個別の学校向けの森林環境教育の支援策を、複数の学校が導入できる“森林ESDプログラム”の開発・導入に変えていくことを検討しています。都道府県等とも連携を深め、視察や意見交換の機会を設けることで、より多くの森林・林業関係者や教育関係者に重要性を理解してもらい、共に発展させていきたいと考えています」
林業ボードゲーム開発をきっかけに、森の教育サービスを開始した響hibi-ki編集部。持続可能なプログラム運営の難しさを実感する中で、今回の密着取材は大きな学びとなりました。“森林ESDプログラム”の普及により、日本全体の森に対する理解が深まり、より身近な存在となる日も近いかもしれません。響hibi-ki編集部も、より多くの人にこれまで以上に森の魅力を発信したいと、決意を新たにするのでした。