ヒビキツアーズ
# 38
林業機械に“乗車”?!
森町森林教室
2024.3.8

フリーランスのフォレスターであり、暮らしと森をつなげる取り組みを行う〈MORI・IKU〉代表の山田真弓さんが企画した森林環境教育の活動を取材しました。静岡県森町の小学生を対象にした森林教室の模様と、この森林教室が形になるまでの裏話をお届けします。

▶真弓さん取材記事はこちら

写真:小林 茂太/文:田中 菜月

初めての林業との出会い

静岡県森町にある全小学校、飯田小学校・宮園小学校・森小学校の5年生を対象に2023年11月15日(水)から17日(金)の3日間で森林教室が開催されました。会場は廃校となった森町の旧三倉小学校の校庭と学校林です。

当日のスタッフは真弓さん以外に、森町森林組合から3名とインターン生が1名、森町地域おこし協力隊が2名、LEAFインストラクター1名、森町教育委員会1名の計9名が参加。

響hibi-kiが取材に訪れたのは11月16日(木)の森小学校の回でした。急激に冷え込みが厳しくなったこの日の朝、校庭には2クラス67名の児童と引率の先生3名が集まりました。まずは、今回の目標が「森町の森林を知る」「森の仕事を知る」「自分の暮らしと森町の森林のつながりを考える」であることを確認するところから始まります。その取っ掛かりとして、“森町森林クイズ”が行われました。

森町の森林面積や、川と飲み水の関係、人工林のことなどに関する〇×クイズが5つ出題されました。それぞれの生徒が〇か×に分かれ、正解を競います。古典的ともいえる手法ですが、〇か×かどちらが正解かドキドキしながら臨むこのスタイルはやはり盛り上がるものです。

クイズを通じて少しだけ森の知識が増えたところで、校庭のすぐ横にある学校林へ移動し伐採の見学に移ります。とその前に、木を伐るまでに林業ではどんな仕事があるのかといった話や、伐採で使う道具や身に着けるウェアの紹介、そして木の伐り方をじっくり解説していきます。伐採は森町森林組合のフォレストリーダーである山出哲聖さんが担当しました。

より安全に伐倒するため、木にロープをくくりつけている様子。チェンソーで切り口をつくったあと、ロープとチルホール(けん引具)で引っ張って木を倒す。

子どもたちにとっては生で伐採を目にするのは初めてのことです。興味深げに山出さんの一挙手一投足を見つめていました。いよいよチェンソーが動き出すと、その音にびっくりしている児童もいましたが、地面に木が倒れると歓声が沸き起こりました。

伐倒後の切り株に集まってきた児童たちは、断面をさわって濡れていることを感じたり、年輪をじっくり観察したり、伐りたての木に興味津々の様子でした。五感で体感した伐採見学は一つの思い出として子どもたちの心に刻まれたことでしょう。

いろんな森の姿を知る

ここからはクラスに分かれて、2つの体験を行いました。1つは学校林内での森林環境教育プログラムLEAF、もう1つは高性能林業機械「ハーベスタ」の見学です。森林環境教育プログラムLEAFでは、袋の中に入った“あるもの”を手でさわり、その感覚を頼りに同じものを林内で見つけ出すというゲームを行いました。

さわってみて心当たりがあったのか、身をかがめて地面に近づき、目的のものを探す児童たち。手でふれた感覚を思い返しながら森林の中を見渡すと、また違った姿が見えてきて新鮮だったかもしれません。ちなみに袋に入っていたのはスギの球果(松ぼっくりのようなもの)でした。

続いては森の中でクイズです。立っている木の中で一番古い木と若い木はどれか、それぞれの班ごとに考えて選んでもらいます。一番古い木はより太い木を、一番若い木はより細い木を選ぶ班が多くありました。正解はというと、この学校林は“一斉林”と呼ばれる同じ樹種・年齢の木が育っている森林なのです。つまり、太さはバラバラでも植えられた年は同じです。実は伐採見学の前にこのことに少しふれていたのですが、児童たちはすっかりトラップに引っかかっていたのでした。同じ木でも条件によって育ち方が違うということを、身を持って体感することができたように思います。

高性能林業機械の見学では、「ハーベスタ」と呼ばれる機械の実演に加えて、コックピットに一人ずつ乗る体験をしました。ハーベスタは、立っている木を伐倒し、その木の枝を払い落し、必要な長さの丸太に切り落とすことができる機械です。普段は山の中でしか見られない機械で、全国の小学校の中でも生でハーベスタを見て乗ることができる小学生はめったにいないであろうめちゃくちゃ貴重な体験です。ハーベスタに乗るために順番待ちしている子どもたちのドキドキソワソワしている緊張感が校庭に漂っていました。

こうして、すべての体験が終わった後は昼食と昼休みの時間です。私たちも子どもたちの輪に混ざって昼食を食べながら、近くの女の子たちに森林教室の感想を聞いてみると、「一番印象に残ったのはハーベスタ。かっこよかった」「虫がいるから森の中に入るのが嫌だったけど、入ってみたら楽しかった」といった声があがってきました。また、引率の先生からは「普段の授業ではリアルなものがなかなか体験できないので良い機会になった。継続できるのであれば来年以降も続けたい」という感想もあり、参加側の満足度が高いことが伺えました。

また、講師として参加した森町森林組合の森林整備課長・鈴木啓史さんは「人前で話す経験は普段の仕事にも活きてくると思うので、こうした機会をいただけてありがたい」と話します。日頃接しないような人たちと交流することで、相手にどう伝えたら理解してもらいやすいのかといったことを考える機会になり、それが職場でのコミュニケーションにもつながってくるだろうという思いがあったようです。林業側にとっても森林教室の存在は刺激になっているようでした。

昼食を食べ終わると、各々自由に過ごします。学校林を駆け上がって眺望を楽しむグループもいれば、冬イチゴの採取に勤しむグループもいたりと、思い思いの時間を過ごしていました。なんだか森林教室を経て、森との距離がぐっと近づいたように感じられます。

昼休みも終わって、学校へ帰る時間になりました。最後に丸太の輪切りのお土産を一人ひとりに手渡しして、お見送りです。バイバーイと手を振り合う姿が今も脳裏に焼きついています。きっとそれぞれにとって思い出深い1日になったのではないでしょうか。

私たちも普段は学校の授業の一環として、子どもたちに森林や林業のことを話す機会があるのですが、今回の森町森林教室は自分たちにとっても多くの学びを得ることができました。何と言っても本物のハーベスタに乗れるのがすごいです。私たちも林業ボードゲームの授業でハーベスタの動画などを流しているのですが、ゲームに次いでハーベスタの動画が一番盛り上がります。子どもたちが実際に見て乗れる体験ができたらもっと強烈な印象が残るだろうなと思いました。ただ、ハーベスタのレンタル費用もさることながら、操作する人や丸太の手配なども考えると、自分たちではそう簡単にマネできるものではないなと思います。こうして実現できている森町森林教室は本気度が違うなと感じました。

森町森林教室ができるまで

ちょうど今年から課税が始まる“森林環境税”。以前響hibi-kiの記事でもふれたことがある、森林整備等の財源として活用される税金です。国民が支払ったお金は、“森林環境譲与税”として国を通じて都道府県や市区町村に分配され、森林整備等の行政サービスが提供されるという流れになっています。

●林業NOW #13「森林環境税は良い税?悪い税?」
https://hibi-ki.co.jp/ringyonow013/

この森林環境譲与税ができたときに、「もっと森林や林業の普及啓発に使ってほしい」と真弓さんは思ったと言います。そこで、みえ森林・林業アカデミーに通っていた4年ほど前、自身のプロジェクトとして“森林環境譲与税を活用した森林教育”をテーマに取り組むことにしました。最初は浜松市での実施を検討しますが、規模が大きすぎたため、地元である森町での開催を考えるようになります。

森町森林教室の企画・運営を担当した山田真弓さん。

「月1で森林の勉強会を有志でやっていて、その中に川岸和花子さんっていう森町の町議会議員さんがいらっしゃって、私が『森町で森林教育をやりたいんです』って言っていたら興味を持ってくださったんです。議会で2度も質問してくださって、そこから役場の方を含めて話が進んで、森林教室が実現しました」

森林教室ができることは決まったものの、開催に向けた企画は難航しました。そもそも子どもたちを乗せた大型バスが入れるような林業現場はそうありません。そこで真弓さんは、かつての勤務先である森町森林組合へ相談に行きます。

「ちょうど廃校になった学校があるし、学校林があるから木を伐るところも見せられるし、重機も見せてあげるよみたいな話が出てきて、それで今の森林教室ができました」

森林教育の内容については、北欧発祥の森林教育プログラム「LEAF」がベースになっています。森林産業の普及啓発のために開発されたもので、大きな特徴としては文化的・生態学的・社会的・経済学的な森林の役割を知り、それらのバランスを考えることに重きを置いている点です。真弓さんはLEAFのナショナルインストラクターでもあります。

「LEAFは“こうでなければならない”みたいな決まりがなくて、それぞれの人のいろんな感性を大事にするようなプログラムで、その点は今の時代に合っているんじゃないかなと思っています。それに、森のことを自分の生活に近づけて、そのために自分がどんな選択をするべきかっていうことを考えて、行動できるような人を育てたいっていう思いでやっているので、その点でもLEAFとの相性はいいです」

LEAFの視点に限らず、学習指導要領も参考にして社会科や総合の授業にも合うような内容を考えていると言います。さらに、森林教室の当日だけで終わるのではなく、事前・事後の学習内容についても提供・提案しているのでした。

「今年は学校側で事前学習してもらえるように資料やパワポを作って、先生にお渡ししました。5年生の3学期には社会科で森林のことを習う機会があるので、森林教室のことも含めそうした単元のまとめとして壁新聞のようなものを作る提案もしています。そうすれば他の学年の子の目にも触れるようになって、“5年生になったら森に行ける”っていう機運を作れないかなと思って。この先にもつながっていくようにね、できるだけ何とかしたいと思って動いているところです」

唯一ネックなのが教室を続けていくための費用です。森林教室の目玉ともいえるハーベスタのレンタル代や当日の人件費、そして何よりも開催までの企画部分も人工がかかってきます。学習内容を考えること、教室を開催するための関係各所との調整には膨大な時間がかかるものです。とてもボランティアでできるものではなく、事業として継続するためにスタッフ側が食べていけるかどうかも肝心です。現状では予算が厳しいそうで、今の形の森林教室を続けられるかわからないと真弓さんは話します。

「普段の仕事では森林経営のプランニングでお金の計算をひたすらしているので、森林の教育分野でも経済性にふれてほしいなあって思いますね。日本はなぜか教育とお金がすごく離れているので。ただ、私が取り入れているLEAFは経済的な価値、林業として回していく経済性の部分が入っていて、そこがすごくいいなと思うんです」

こうした森林教室は、中身は違えど各地で行われていると思います。手間をかけない内容であればコスト的にも継続しやすいでしょうが、子どもたちにとって学びのある内容になっているのか、そこに対してどれだけの熱意と労力がかけられているかは疑問が残ります。これは自分たちにとっての課題でもあるのですが、より質の高い内容を提供しながら継続していくためには、事業としての経済性も重要です。

林業ボードゲームでもテーマにしている“環境と経済のバランス”。自分たちの活動でもまさに同じように、学びの内容とお金のバランスを考えながらやっていくのが大事だなと改めて感じる機会となりました。いい塩梅を探るためにも、他の地域の事例も追っていきたいと思います!

●Information
MORI・IKU
〒437-0202 静岡県周智郡森町亀久保351
mori.iku2016@gmail.com
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田中 菜月 (たなか・なつき)
1990年生まれ岐阜市出身。アイドルオタク時代に推しメンが出ていたテレビ番組を視聴中に林業と出会う。仕事を辞めて岐阜県立森林文化アカデミーへ入学し、卒業後は飛騨五木株式会社に入社。現在は主に響hibi-ki編集部として活動中。仕事以外ではあまり山へ行かない。