ヒビキツアーズ
# 34
山採りした木で
庭をつくろう
2023.5.10

森みたいな庭をつくりたい。だったら、本当の山からそのまま自然を移してしまえばいいのでは?誰でもできそうで、実は難しいこのアイデアを形にしようと、飛騨の森で庭師と山師が連携し、新たな試みをはじめています。今回はその模様を取材してきました。

写真:孫 沛瑜/文:田中 菜月

山の自然を
そのまま庭に移す?

このクロモジの木、いくらで買える/売れると思いますか?そんな視点を交えつつ、自宅の庭に植える木を山採りするツアーが岐阜県飛騨市の森林内で行われました。

フィールドとなったのは、森林資源の新たな活用を探求する〈飛騨の森でクマは踊る〉の所有林でした。そして、このツアーを企画したのは、飛騨を拠点として森や木に関わる仕事をしている安江悠真さんです。響hibi-kiでもライターとして初期から活動しています。

※安江さんの記事はこちら
「あの日の森の記憶 岩手県遠野市」
「ある山主の手記① どうする?実家の山」

イベントのはじめに、安江さんから庭木における今の流通事情について話を聞きました。

「山採りして直で庭づくりをするというケースはあまりないです。植木の市場が富山県や愛知県にあって、そこで買い付けたものを庭づくりに使う形が実際は多いですね」

共同主催者である庭師の林さんによれば、市場で売られている植木は挿し木苗を畑で育てたものがほとんどだと言います。その一方で、東北や北関東の一部では、山採りの植物がブームになっていて、山採り生産者も存在しているそうです。

ただ、その場合は山主から樹木を買い上げて、山から出してきたものを市場に出荷しているのみで、庭の施工まで行っている事例はほとんどありません。こうした現状に、ブレイクスルーの萌芽を感じているようです。

「山にあんなに木があるのに、なぜかそれが建材以外で流通していない。やっぱりお金の循環が山にもないと、いくら山って大事だよねってきれいごとを言ったところで何もはじまらないから。ストイックにお金のことを追求できる人がテコ入れしないと、山で仕事をして食べていけるようにはならないと思います」

周囲の山を見渡せば、はげ山はほとんどなく、多くが木々で覆われています。これだけ森林資源が豊富な日本ですが、このうち資源として年間で活用されているのは、全体の1%もありません(木の体積で考えた場合)

節度のある使い方であれば、もう少し資源を活かして価値を生み出し、山で暮らす人の仕事を増やしていってもいいのではないかと思えてきます。

「植物も大事だけど、それ以前に人の生活も大事だから、それを踏まえた上で山を見直す機会が今回の取り組みなんじゃないかなと思っています。今日山を歩いて、『この木いくらですか?』って聞かれたら即答できますので、お金の話もバンバン聞いてください」

リアルな山からそのまま届いた木で庭づくりをした方が珍しいからこそ面白そうだし、それによって山で暮らす人の生活も潤う可能性があるのであれば、ますます庭木の山採りに興味が湧いてきた編集部。

期待感が高まったところで、いよいよ採取する木を探索する時間です。

自分がほしいのは
どんな木だろう?

まずは、山採りの木をどんな用途で使いたいかイメージしながら、それに見合った大きさ、好みの姿形の木々を物色。林さんは、庭木に使うものを選ぶときは見た目が重要だと話します。

「僕の場合は見た目が8割。品種よりも見た目がよくないと鑑賞できないですから。まっすぐな木よりも、雪でひん曲がった木の方が自分は面白いと思う。造園は地面に絵を書くようなものなので、アートとかクリエイティブの要素が強いんです。その材料として、曲がったり折れたところからまた生えたりしているような木は面白い。飛騨のように雪国の木は積雪の重みで根元が曲がったものが多いのでなおさらいいですね」

こうした話を聞きつつ、ぐんぐん森の中へ歩みを進めていきます。樹種の見分けがつかないと、最初はどれも同じような樹木に見えるのですが、時間が経つにつれて目が慣れてくるのか、林内に生えている木々の細かな違いが浮かび上がってきます。

葉っぱはつるんと丸いものか、ギザギザした形がいいのか、小ぶりか、大ぶりか。樹形はぐにゃぐにゃしたものか、まっすぐ伸びたものか、樹皮はゴツゴツしたものか、なめらかなものがいいか。

木々一つひとつの微細なディテールに目を向けると、同じものは一つもなく、森林内の情報量の多さに改めて圧倒されます。これだけ緑に取り囲まれてしまうと選ぶのもひと苦労ですが、ハッと一目惚れするように、ある木が目に留まる瞬間があります。

そうして出会ってしまった木に、マーキングテープを巻きつけて目印をつけておきます。この日持って帰ることができる木は一人1本だったため、もう少し粘って探したい人は他の候補も探し出し、その中からお気に入りの木を決めていきます。

そして、持ち帰る木が決まれば、あとは自分で掘り起こすのみ。「根を傷めないように周りの土ごと掘ってください。そうしないと植物にダメージが残るので。それと、葉っぱの大きい植物はその分根っこも大きいです。根っこが大きいとその分傷つきやすいので覚えておいてくださいね」という林さんのアドバイスを参考に、なんとか木を掘り出して、鉢植えに移していきます。

編集部・高岸くんは爽やかな香りが特徴のクロモジをゲット!何やら実験に使うようです。

ブナやホオノキ、ミズナラ、クロモジ、ハクウンボク、コアジサイなど樹種はバラバラ。

この取材は昨年6月末に行ったため、ここで山採りされた木たちは今、別々の場所で新たな日々を送っていることでしょう。

庭木として高く売れる
山の木とは?

「高さ2~3mくらいのハウチワカエデ(モミジの仲間)は市場の競りで7~8万円、お客さんに販売するときは17~18万円になります。1日気合い入れて作業すれば7~8本は採れるので、すぐ高級車も買えますよね(笑)」

山採りの合間には、庭師である林さんから夢のある話も聞くことができました。
「高さ数十mのスギやヒノキを伐っても、高さ数十cmのクロモジを伐っても、市場では1本数千円です」。当然小さい方が作業も楽なため、そちらの方が経費もあまり掛からないことが容易に想像できます。また、庭木の価格はトレンドや樹形、知名度によって左右されると林さんは言います。

「最近アオダモという樹種の人気が出てきたのは、ストレスに対して強いから。東北で掘ったアオダモが九州でも育つんですよ。逆にリョウブという木は関東で育たないから、商品価値はない。売り先の基本は東京になっちゃうんで。あと、今は原始系の植物もトレンドで、カヤ・ソテツ・ヤシでつくる庭が人気ですね」

こうした庭木として売れる樹木だけでなく、山にある資源はなんでも価値があると力強く林さんは話します。
「僕からしたら山に生えてるでかい木はどうでもいいんですよ。林業とは視点がまったく違うからこそ、林業との相性がいいんです。庭づくりではこのへんに生えてる草とかも使えるし、石とか砂利とか苔とか水とかすべて使えます」

「林業だと立木に限られてしまうし、今は立木の利用で難儀しているところがあるので、庭木を山採りする僕らがそこに加われば、別の角度から山でお金を生むことができると思うんですよね。ただ、日本中でそれをやりはじめると、共存できなくてねじれを起こしちゃうのでそこだけは配慮が必要です。だからこそ、飛騨の山採りっていうブランドをしっかり確立して、大きな資本力に負けないようにしていきたいです」

一筋縄ではいかない
庭木の山採り

「林業の生産価値を高めようと思ったときに、山採りの庭木のような商品価値があるものを出してくることができると、木材を伐って運び出して売る手前で山に一つ価値を乗せることができると思ってます」

そう話すのは安江さんです。自身も林業に身を置く存在として、庭木の山採りに可能性を感じています。こうした取り組みをはじめたのは2021年。この年の暮れにはWEBサイトも立ち上げ、情報発信にも力を入れてきました。

「一般のお客さんにどう訴求していくかはまだまだ難しい部分があります。切り口を変えながら、どうやったらお客さんに響くのか探りながらやっています。自分の家の庭に山の木を植えたいというような方と一緒に山へ行って、その場で選んでもらって、持ち帰った木を使って庭をつくるところまで、ストーリーがつながるといいな」

そうした理想の一方で、実現には障壁もあります。地主と土壌の2つが肝になると林さんは言います。

「本当は山奥まで来る必要はなくて、ぶっちゃけ麓でもやろうと思えばできるんです。だけど、地主さんの問題が一番大きくて、『この木いいな』と思う木がいっぱい生えている山があったとしても、地主さんにたどりつくまでの労力と、そこからの交渉が大変です。それと、山の土壌が掘り取りに適しているかどうかが重要になってきます。地中の環境が大事なんですよね、植物って。その両方がうまくいかないと、そもそも山採りができません」

「こんなに山に木がある飛騨でも、庭木の市場で産地不明の紅葉を買って庭に植えるのがほとんどです。それが当たり前なんですけど、本来は地元に生えている木を庭に植えるのが一番いいと思うんです。やっぱ風土になじんでいる植物って強いので。植物こそ地産地消です。逆に、飛騨の里山に憧れを持っている都市部の人って結構いるので、そこに対して飛騨の里山の風景をそのまま持って行ってあげるサービスもあったらいいですよね。一概に市場仕入が悪いってわけじゃなくて、新しいジャンルとしてできればいいかなって」

今回の庭木の山採りツアーに参加してみて、「これはいくらで、あっちはいくら」という感覚で山の中の小さな木々を見るのは新鮮で、面白く感じました。「この山の低木をすべて庭木として売った場合、お金に換算するとどれくらいになるんだろう」と考えると、夢がふくらみます。

ですが、林さんも話していたように、過剰な利用に走らない倫理性も問われるものです。価値の創出を目指した取り組みが資源の荒廃へと至った轍を踏まないよう、そして、その危うさを誰もが常にはらんでいることを自覚しておかなければと思ったのでした。この道のトップランナーとして、林さんと安江さんに駆け抜けてほしいなと願うばかりです。

●Information
家に住まう飛騨の里山
岐阜県飛騨市古川町是重218-2
0577-73-7728
https://www.hida-plants.com/

飛騨の森でクマは踊る
岐阜県飛騨市古川町弐之町6-17(FabCafe Hida)
0577-57-7686
https://hidakuma.com/

田中 菜月 (たなか・なつき)
1990年生まれ岐阜市出身。アイドルオタク時代に推しメンが出ていたテレビ番組を視聴中に林業と出会う。仕事を辞めて岐阜県立森林文化アカデミーへ入学し、卒業後は飛騨五木株式会社に入社。現在は主に響hibi-ki編集部として活動中。仕事以外ではあまり山へ行かない。