家にいてもどこで何をしていてもPCやスマホで情報が集められ、目の前に映される現在。その一方で、自ら足を運んで得た情報はインターネットでは伝わらない学びと感動があります。この連載では、編集部が実際に参加した森や地域の体験ツアーレポート、イベントの開催情報をお届けします。vol.2は2日目以降をレポートします。
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https://hibi-ki.co.jp/hibikitours006/
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初めての林業機械
操作して気付くこと
今回のツアーでもっとも貴重な経験となったのが、2日目の林業現場の視察・体験です。「明神林業」と「木こり屋」の事業体を視察しました。明神林業ではスタッフさんの指導の下、実際に大型林業機械の操作をしました。操作したのは、グラップルとフォワーダの2つです。この他、チェーンソーの操作体験もありました。
グラップルの操作体験では、地面にある丸太をつかむことがミッションです。運転席に座ると、2つのレバーと多くのボタンが……。何が何やらわからないので、スタッフさんの言葉に従って動かします。慎重にレバーを動かしながら丸太をつかもうとしますが空振りしてしまいます。思っていたよりも、アームを下ろすときの遠近感を把握するのが難しく感じました。自分の手のように自在に使いこなすスタッフさんが、いかに熟練した技術を持っているかを実感する機会になりました。
林内で作業するための道で丸太を運ぶだけのフォワーダですが、意外と事故が起きると怖い機械なのだそう。実際に乗ってみるとその理由がよくわかります。前方の道がよく見えない……!運転席の反対側にスタッフの方がいて教えてくれたので安心でしたが、実際に丸太を積んだときには作業道を踏み外してしまいそうです。
丸太を積んだ際には機械の重心にも注意が必要です。どのように積むのか。運ぶ丸太と森林に立っている木がぶつからないか。そんなことを考えながら機械が安定するように積まなければいけません。一見簡単そうなフォワーダでしたが、実際に運転してみるといろいろな知識や経験を持って乗らないと危険なのだと身を持って知ることができました。
森のように人も育てたい
地元林業家の思い
明神林業の現場では、片岡博一社長から担い手への思いを聞くこともできました。
最近、町の研修生制度を通じて若い世代と話す機会が増えたと片岡さんは言います。その中で、林業というよりも山そのものを理解していないと感じることが多いと話してくれました。そのため、林業の現場仕事で一人前になるには時間がかかってしまう実情があるようです。
「実際に教えてみると、伐倒するだけでも3年くらい。理解して造材作業(出荷先に合わせて丸太の長さを切ること)をするのに5年近くかかる。まったく知られていない世界なので、一から学んでもらわないといけない。今までの価値観でこの仕事を捉えてしまうとかみ合わないんです」
確かに、東京から参加した私にとっても、林業の世界は物事を考える時間軸や体の使い方など初めて知ることばかりでした。技術を習得するには鍛錬が必要なのだろうと感じます。
「とにかく若い人を育てていかんと次もない。一人ひとりが将来、独立してやっていくために山の仕事がどういうものなのかを理解して、山主(山林の所有者)さんとも話して、喜んでもらえる仕事ができる人に育てていきたいです」
森林が何十年、何百年かけて育っていくように、その森林を育てる担い手も長い目で見て成長させていかなければならない、という気概が伝わってきました。こうした親方のもとで林業の修行をしてみるのもいいですね。
高知の山奥から
最先端の木造建築を支える
2つ目の事業体の木こり屋では、ハーベスタでの造材も視察することができました。なかなか迫力があります!明神林業のようにチェーンソーによる伐採方法や、木こり屋のような伐採を含め一括してハーベスタで作業する方法など、林業と一口に言ってもやり方はさまざまです。自分に合った林業、やってみたい林業とはどんなものなのか、具体的に考えながら見ることができます。
こうして森林の中で丸太の生産現場を視察した私たちが最後に訪れたのは、丸太を製品へと加工する池川木材工業有限会社でした。人口5327人の町で60人以上の従業員を抱え、住宅の建材やスノコなどの木製品を製造しています。
工場のラインをたどってみると、木材を加工する工程がオートメーション化されているのがわかります。ビビットな色が並ぶ工場は、前日まで森の中を見ていた私には、なんだか新鮮に感じました。
包装されたスノコの出荷先には、見慣れたホームセンターの名前がいくつも並んでいました。私たちの生活と意外なところでつながっていることに驚きです。また、同社で加工している建材の中でも、「CLT(Cross Laminated Timber)」と呼ばれる特殊な木質材料は、ビルを建てることができるほどの強度を持っているため木造建築業界で注目されている材料なんです。
“日本の木造建築の最先端を形づくる工場が高知の山奥にあるんだなあ”。東京に戻って木の空間を目にしたら、そんなことを思い出しそうです。ツアーを通じて今までの街の景色が変わって見えると、自分自身の世界が広がっているようで嬉しいものです。
そしてもう一つ、面白くも疑問に思ったことがあります。明神林業さんと木こり屋さんは「原木(丸太)価格が安い!」と言っていたのですが、その原木を買い取る池川木材工業さんは「原木価格が高い!」という真逆のことを言っていたのです。出荷する商品の値段はすでに決まっているから、原価の割合の中では仕入れ値として原木が高いのだと教えてくれました。現在つくっている製品の中には儲けのない商品もあるそうです。この謎はいずれ別連載「林業NOW」で紐解いてみたいと思います。
移住を含めた
町の徹底的なサポート
事業体の視察を終えて、最後は町が提供する林業研修生専用住宅を見学させてもらいました。仕事だけでなく、どんな場所で生活をしていくのかを知ることも重要です。
訪れたのは、単身世帯が居住するアパートでした。室内は状態に応じて改修されています。立地は小学校や保育園などのある中心部で生活環境は良好です。ファミリー向けに一戸建ても用意されているそうです。また、それぞれの都合によって、研修の開始時期や居住開始日を調整してもらえるとのことでした。
ところで、先ほどから触れている林業研修生制度とはどんなものなのでしょうか。
●林業研修生制度の概要
・研修期間は1年間
・研修手当あり、家賃は無料
・受け入れ先の林業事業体で技術指導
・性別不問
・視察体験ツアーの交通費補助あり
1年間は生活費の心配なく、仁淀川町で林業の修行を積むことができるという制度です。地域おこし協力隊(最大3年)など他の政策と比較すると期間が短く設定されていますが、そこには理由があると奥田さん(産業振興課係長)は言います。
「3年間より1年間しっかりやって、決断してもらうほうがいい。合わないときは合わないしね。人生のタイミングも大事です」
地方自治体にとって移住者を増やすということは町を維持するためにも喫緊の課題です。しかし、移住者自身の人生がかかった問題でもあります。しっかり一人ひとりに考えてもらい、納得してもらうことに重点を置いているのだと話してくれました。
仁淀川町という見ず知らずの町で過ごした3日間。どんな人が何を思い、どんな生活をしているのか。ぼんやりしていた“森の中にある町”がはっきりと感じられました。そして、ともに3日という時間を過ごした参加者の皆さんとの情報交換や会話は本当に有意義でした。同じ体験をしても参加者それぞれ違うことを考えていたでしょう。他の参加者はどんなことを感じ、この先の選択をどう考えているのか。次回はそんなところに注目したインタビューをお届けします。
●vol.3の記事はこちら
https://hibi-ki.co.jp/hibikitours009/
●Information
仁淀川町 産業建設課
高知県吾川郡仁淀川町大崎200番地
0889-35-1083
仁淀川町林業研修制度について
https://www.town.niyodogawa.lg.jp/iju/life_dtl.php?hdnKey=1597
仁淀川町移住情報ポータルサイト
https://www.town.niyodogawa.lg.jp/iju/