ひビキのヒび
# 32
“FOREST BALANCE GAME”
制作記【後編】
2024.8.7

丸2年の開発期間を経て、2024年4月30日にリリースした林業ボードゲーム“FOREST BALANCE GAME”。販売に至るまでのゲーム制作記を前後編でお届けします。後編では、クラファン成立後から1年間を要した、商品開発の苦悩の歴史を赤裸々に綴ります。
前編はこちら https://hibi-ki.co.jp/hibikinohibi031/

写真:編集部/文:狩野 和也

試行錯誤の連続
初めての商品開発

2023年5月、クラウドファンディングの達成によりめでたく商品化が決定した“FOREST BALANCE GAME”。同年11月の販売に向けて、商品開発が始まりました。響hibi-ki編集部に商品開発のノウハウは一切ありません。販売にあたって準備が必要なものを洗い出すところからのスタートでした。まずは、これまで授業を行ってきて把握した2つの課題を解決する必要がありました。一つは「チップのクオリティ」です。これまでのチップはプリンターで普通紙に印刷したお手製のもので、使用中に折れ曲がることがありました。そして何より、よくある紙なので触れているときのワクワク感に欠けていました。

もう一つの課題は「アイテムのしまい方」です。出張授業時はチャック付きのポリ袋に各アイテムを収納し、封筒に入れて持ち運んでいました。こだわりのないチープな見た目になってしまうので、このまま販売するわけにはいきません。商品化にあたって、「ゲームアイテム」と「外箱」を新しいものに変更する必要がありました。これまでのゲーム体験をつくってきた、思い入れのあるアイテムたちにさよならを告げる時です。

学校の授業で使ってきたプロトタイプのゲーム一式。写真左下の会社のA4封筒にアイテムを入れて持ち運んでいた。

ゲームアイテムの制作については、岐阜市の総合印刷会社〈ヨツハシ〉さんに依頼しました。「Kamiasobi」(https://www.yotsuhashi.com/service/card-game/)というブランドでカードゲームやボードゲームの制作を行っています。
アイテムはゲーム時間中ずっと触るものであり、大きくゲーム体験を左右します。厚さや大きさ、耐久性、触り心地など、一つひとつ確認しながら調整を行いました。ヨツハシさんは同じ岐阜県内の企業ということもあり、サンプル品を迅速に提供していただいたり、実物を見ながら意見交換できた点が非常にありがたかったです。

ヨツハシさんでは「デザインと印刷のプロが本気でカードゲームを作ったら…?」をコンセプトにオリジナルのカードゲームを制作販売(写真提供:ヨツハシ株式会社)

同時並行で外箱の開発も進めました。クラファン終了後に社内で話し合い、「林業を取り扱うゲームだから、外箱は木箱にしよう!」とすぐに決まりました。当初、木箱は井上工務店に依頼し、グループ会社内で完結させる方針でした。しかし、工務店で請け負う場合、大工さんが1箱ずつ手作業で作ることになります。木箱の単価が大きく上がってしまうことがわかり、社内での制作は断念しました。

餅は餅屋ということで、木箱の制作は木製品制作をしている会社にお願いすることになりました。響hibi-kiのネットワークを活用し、岐阜県内外の会社を検討した結果、最終的にお願いしたのが三次市の〈一場木工所〉さんでした。

一場木工所さんの取材の1コマ。取材記事は近日公開予定。©Isao Nishiyama

一場木工所さんは、地域材を活用した木のおもちゃの制作を行っており、2016年から2023年までウッドデザイン賞を毎年受賞するなど実績が豊富な会社です。代表の一場美帆さんは広島県の「木育普及委員会」の代表としても精力的に活動されています。

木育や林業の普及啓発に積極的に取り組む様子を拝見し、響hibi-ki編集部と思いを同じくする点が多いと感じてお声がけをしました。「一般の人が当たり前のように林業を学ぶ社会になってほしい!」という林業ボードゲームを開発した経緯をお話したところ、快く引き受けていただきました。

木箱の開発では、本体の大きさや仕切りのレイアウトなどを考える必要があります。初めは編集部がパソコン上で図面を書いて考えていましたが、実物がないとどうにもイメージが湧かなかったため、試作品を作って検討していきました。

外箱の試作品の数々。いくつもの型をつくりサイズ感、蓋の開き方を検討してきた。また、石油製品を使わないことにこだわり、小分けの袋を使わない、木箱と一体型の仕切りでアイテムを分類することを考案した。

最初の試作品は編集部がベニヤ板を切ってつくったものでした。仕切りの厚さや空間の広さは数ミリ違うだけで使用時の扱いやすさが変わってきます。試作品を見ながら社内で何度も打ち合わせを行い、収納方法や構造を検討しました。写真の木箱は試作品の中でも見栄えの良いごく一部で、この裏には段ボールでつくったお粗末な試作の箱が無数に存在しています。これといった正解のない木箱のレイアウトをとにかく手探りで考える日々でした。

木箱は天然の素材でできているため、均質化するのが難しいという課題もありました。そのため、ある程度形ができた段階で、作り手の一場さんにもアドバイスをいただきながら、サンプル品を送ってもらい検討を進めていきました。こうして、ゲームアイテムや木箱の最終調整が終わったのが9月末でした。説明書をつくるなど、アイテム以外の準備も完了させ、いよいよ販売目前となった2023年の秋、大事件が発生してしまうのでした。

このゲーム買う人いるの?
ちゃぶ台返し事件

2023年11月の販売に向けてほとんどのデザインが完成した“FOREST BALANCE GAME”。しかし、波乱が起きたのは同年10月のこと。社内での打ち合わせにて、デザインを担当する上司の山崎から厳しい指摘が入りました。

2023年10月時点で販売目前の商品。

「一般向けに販売するんだよね。このままのデザインで買ってもらえるかな?定価7000円だとして、自分なら買わないかもしれない。どんな人に手に取ってもらいたいのか、どんな世界観を伝えたいのか。もう少し検討してみてほしいです」

まさに寝耳に水でした。ようやく販売開始というところで、商品の根本からひっくり返される指摘が入り、編集部一同困惑してしまったことをありありと覚えています。一方で、デザイン面に改良の余地があることは全員が感じていた部分でもありました。授業で使う分には、私たちが手取り足取りゲームの内容について教えることができます。ただ、購入する人にとっては届いた商品が全てです。「この商品を購入した林業を何も知らない人が、林業を具体的にイメージできるか」という点を考えると、答えはノーでした。

出張授業時は画像を見せながら林業を説明してきた。こうした要素をすべてゲームの中に落とし込む必要性を再認識した 。©Hiroaki Tanooka

商品の再検討が決まったこの時点で、11月の販売には間に合わないことが確定しました。クラウドファンディングの支援者の方々、ヨツハシさんや一場木工所さんに断りを入れ、販売の延期を決定しました。今まで創り上げたゲームの方向性を保ちつつも、もっとビジュアルで分かりやすく、なにより楽しいゲームプレイができるようなデザインに変更する。最高の林業ボードゲームを世に送り出すための延長戦が始まったのです。

デザインの力で林業をもっと身近に!

ゲームの根幹は変えず、デザインを刷新する作業が始まりました。すべてのゲームアイテムを再検討する必要があります。どうすれば林業を全く知らない人々に林業を身近に感じてもらえるのか。そこから議論はスタートしました。

最初に修正を考えたのは「フィールド」でした。旧デザインでは山を模した緑色の三角形が存在するだけの盤面になっており、フィールドから森の姿を全く想像できないという課題がありました。森林をメインとしたゲームであることを伝えつつ、森林に馴染みのない人々にも親近感を持ってもらう。この条件をクリアするために、ゲームの盤面に人々が生活する「まち」と「森」を描き、暮らしと森のつながりや身近さを感じられるデザインにすることが決まりました。

デザインを一新することになった最初の会議で出たフィールドのラフ。中心の薄い緑の線が森のイメージで、周りにゲームアイテムを置く場所をつくることになった。林業のマニアックな要素も入れるために、木材輸出用の港や船、シカなどを入れることにした。

出来上がったフィールドがこちらです。中心にはゲームのメインとなる森林を配置し、川や海などの自然地形を描きつつ、街で生活する人の様子が感じられるようなフィールドとしました。ゲームで使うチップ置き場もフィールドに馴染んだ「倉庫」などの見た目にして直感的にプレイできるようになっています。

また、道路の数字には日本の森林率を反映させ、駅名や船の名前には林業界隈の偉人の名前を採用しました。林班の境には境界杭を設けるなど、業界関係者が見て楽しめるような小ネタも満載です。林業の知識に関わらず、誰が見てもワクワクできるような、かつ、気になった部分があれば深掘りできるようなデザインとなっています。

前のフィールドを見慣れていただけに、このイラストを初めて見たときの編集部の驚きはすさまじいものでした。この見た目なら誰がやってもゲームを楽しめるはず。「絶対にこのゲームをより多くの人に届けなければ!」と気合を入れ直したのを覚えています。変更したフィールドに合わせて、アイテムに関しても細かい調整を加えました。「お金はコインよりも紙幣っぽい方が稼いでいる感が生まれていいよね」、「森が育つのも☆マークじゃなくて木っぽい見た目にした方がフィールドに合う!」といった具合に、実現できるかどうかはさておき、「こうなったら面白いよね」という要素をひたすら話し合っていきました。

新旧のデザインを並べたもの(左が旧デザイン、右が新デザイン)。細かい変更は挙げるとキリがないが、育林チップが盤面に増えることで森がどんどん育つ様子が再現されているほか、おみくじはフィールドの神社に対応していたり、鹿よけネットはリバーシブルのチップでフィールドの中心の「鹿のすみか」に置くと効果が発揮されたりと、より直感的なゲームデザインになっている。

印刷物の一新については、ヨツハシさんに再度相談して対応してもらいました。丸から六角形に変わったチップなどもあり対応可能か心配でしたが、過去の制作実績もあり問題なく印刷できることが確認できました。

また、アイテムサイズが変わったため、木箱にも変更の必要が生じました。こちらも一場木工所さんにお話をして、扱いやすさはこれまで開発したものと同様にしつつ、仕切りのレイアウトを変更してもらいました。

レイアウト変更のほか、木箱にはレーザーでゲーム名の印字も依頼。画像は会社で購入したレーザー彫刻機を使い自分たちで試作したもの。ゲーム名のフォントやスライド蓋の方向を伝える矢印の形について、いくつかのパターンを検討して決定した。

すべてのアイテムのデザインの変更が終わったのが2024年3月上旬でした。変更後の最終調整として、ゲームがちゃんと進行できるか確認するための社内大会を開催しました。

社内大会の様子。ゲーム本体とルールブックについて、一般目線での評価をもらった。

参加した社員は旧デザインの時に一度体験して以来のゲームプレイです。まずは大きく変わったデザインに対して、「めちゃくちゃかわいくなってる!」と、新鮮に驚く様子が見受けられました。内容については、細かい修正点が挙がりましたが、ゲーム全体として問題ないことが確認できました。こうして完成を迎えたデザインがこちらです。

これらの新デザインはすべて社内デザイナーの伊藤さんが一人で書き起こしたものです。編集部が挙げた膨大かつ林業のディテールにこだわった細かいリクエストに一つひとつ対応してもらいました。伊藤さんがいなければ間違いなくこのゲームは完成していません。

最後のキーアイテム、テキストブック

思い入れを抜きにしても、かなり高いクオリティで仕上がったと感じる“FOREST BALANCE GAME”。このまま販売しても魅力的ではありますが、商品としての価値をさらに向上させるためのキーアイテムがまだ残っています。それが「テキストブック」でした。このボードゲームはもともと、公教育の場で森林学習教材として使ってもらうことを目的としていました。しかし、林業について学ぶ機会の少ない現代では、学生だけでなく教員も林業の知識に乏しいことが当たり前です。教材として普及させるには、業界についての理解度を高める助けとなるような補助教材が必要でした。

そこで、制作することになったのが「テキストブック」。学校の教科書でいう「副読本」にあたるものです。しかし、ただゲーム内容を淡々と解説する本では面白くないし誰も読まないでしょう。そこでまずは、「山の神の七不思議」という形式で、キャッチ―さを前面に出して制作することを検討しました。

最初期のラフ。ゲームで出てくる専門的な部分(林班や獣害など)を七不思議の形式で解説する形で考えていた。

ゲームはあくまでも森林や林業に興味を持つ入り口です。ゲームで気になった言葉などをテキストブックで深掘りできるように作りこんでいきました。ただ、制作を進める中で、「七不思議」をテーマにした内容では少し子供向けすぎるのではないかという懸念が生まれました。子どもが何気なく読んでも楽しめる一方で、大人が読んでも深い学びが得られるような本にするにはどうすれば良いか。世の中の名著を参考にして考え、最終的には「人生に迷う少女が森との出会いをきっかけにこれからについて考える話」を物語形式で描くことに決めました。

物語調のテキストブックのラフ。

テキストブックの文章は響hibi-ki編集部の腕の見せどころ。編集部の田中が全編書き下ろしで執筆しました。文章内に登場するキャラクターは、編集部がこれまでの取材で出会った方々がモデルになっています。取材時に伺った、森に関わる人ならではの深みのある考え方や、心に響いた言葉を再構築して書かせていただきました。

イラストは、ゲームデザインに続きデザイナーの伊藤さんが書き下ろし。物語の合間に差し込まれるコラム記事には専門用語の細かい解説が記されている。©田宮麗名

テキストブックの印刷は、響hibi-kiに立ち上げから携わっていただいている加藤さんが運営する出版社〈NEUTRAL COLORS〉にお願いしました。リソグラフというシルクスクリーン印刷機で印刷しているため、ズレやかすれ、色の濃淡が生まれやすく、同じページでも一枚一枚が微妙に違う表情を見せる特別な本となっています。

テキストブックは本の真ん中を糸で綴じる「ミシン綴じ」で製本している。刷り上がった印刷物をミシンで1部ずつ綴じていった。

販売開始1ヵ月前というギリギリのタイミングで制作を依頼することになってしまいましたが、急ピッチで仕上げていただき、なんとか販売に間に合わせることができました。

構想開始から2年と4カ月
いよいよ販売開始!

すべての商品が手元に揃ったのは、2024年4月下旬のこと。4月30日の販売開始直前にギリギリ間に合う形でした。商品関係を揃えるほかにも、販売開始前にはやらなければいけない細かい作業が山積みでした。

例えば、ゲームのルールをもっと分かりやすくするために動画を制作したり、

販促用の写真や動画を撮影するため、先行体験会を開催したり、

自社で運営する遊び場施設“KAKAMIGAHARA PARK BRIDGE”にて、施設利用者の中から協力してくれる方を探し、体験会を実施した。 ©こばやしりほ

商品発送のために、手作業でアイテムを1枚1枚確認しながら箱詰め作業を行ったり、

販売当日の発送が決まっていた約100セットをつくるだけで丸2日かかった。

公式ホームページを作成したり、プレスリリースを作成したりと様々な販売準備を行いました。一つの商品を販売するためにはこんなにも時間と労力がかかるものなのかと、新鮮な驚きを感じながら進めていきました。これらの工程は基本的には編集部の田中・狩野の2名(HPなどのデザインに関する部分は伊藤さんも含む)で進めて、自社でほぼ全てを完結させました。3月、4月と目が回るような忙しさの中で準備していったことを覚えています。

ホームページもすべて自分たちで作成した。基本構成は狩野が考え、伊藤さんがデザインに落とし込んでいった。

こうして、“FOREST BALANCE GAME”は4月30日に販売を迎えました。響hibi-ki編集部一同、やったことのない仕事にとにかく体当たりで挑み、悪戦苦闘しながらなんとか商品として形になりました。私たちの思いはすべてゲームに込められています。直接手に取って使ってもらうこと。体験したあとに山や森を見てどういう気持ちになるか。ボードゲームは完成しましたがゴールではありません。森の入り口に立ったところです。

©こばやしりほ

そして、“FORESTBALANCEGAME”の販売はあくまでも、我々が達成しようとする“林業教育革命”のきっかけにすぎません。このゲームは、私たちだけでは到達できない「学校教育で当たり前のように森林や林業のことを学ぶ社会」を目指すうえで不可欠な、思いを同じくする未来の協力者と巡り合うためのツールです。

ありがたいことに、販売開始から記事執筆までの2か月の間にも日本各地から問い合わせがあり、少しずつかもしれませんが“林業教育革命”の輪が広がっているのを感じています。編集部が拠点を置く岐阜県でも、ゲームがきっかけで声をかけていただく機会が増え、森林環境教育の新たな動きが生まれつつあるのを実感しています。

最近では岐阜県内で市町村向けの研修会や森林組合の初任者研修でゲームを活用する機会が増えている

最後になりますが、“FOREST BALANCE GAME”は我々だけでは決して製品化することができなかったゲームです。多くの方に、ご意見やアドバイスをもらい、強く背中を押してもらったことで販売に至ることができました。この場をお借りして、これまで関わってくださった全ての方に感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。

今後も、我々響hibi-ki編集部は、「森の世界と社会をつなぐ架け橋」になるために、出張授業の対応や森林を活用した体験学習のサポートを行っていきます。全国各地で取材を行う中でつながった多くの方々とのご縁を大切にしつつ、林業ボードゲームにとどまらない活動を広く展開していきたいと思います。

響hibi-ki編集部と“FOREST BALANCE GAME”のこれからに、どうぞご期待くださいませ!この林業教育ムーブメントの先で、森を起点に皆さんと交わる日を心から願っています。

FOREST BALANCE GAME
公式HP https://forestbalancegame.com/
販売ページ https://hibi-ki.shop-pro.jp/?pid=180640634

<制作協力>
ゲームアイテム:kamiasobi https://kamiasobi.theshop.jp/
木箱:有限会社一場木工所 https://www.ichibamokko.com/
テキストブック:NEUTRAL COLORS https://neutral-colors.com/

狩野 和也 (かの・かずや)
将棋の町、山形県天童市出身。前職は林業系の地方公務員。情報収集のために響hibi-kiを見ていた一人の読者に過ぎなかったが、気づいたら編集部に仲間入りを果たす。他人の思想とそこに至るまでの過程を覗くのが好きな思想マニア。