制作の裏側や取材時の裏話など、編集部の日常をあれこれと綴っていく「ひビキのヒび」。今回は、元新聞記者で現在は林業に身をおき、響hibi-kiのライターとしても活動している渕上健太さんに、移住後の暮らしについて考えていることを綴ってもらいました。
クルマが命綱
街中での暮らしと仕事に区切りを付け、八ケ岳山麓で林業関係の仕事に就いて7年。暮らしも仕事もずいぶん地域に馴染んできたと感じる。一方で自分自身のライフスタイルに対して、モヤモヤとした苛立ちや違和感もわき起こるようになってきた。
「田舎暮らしって、実は環境に優しくないのでは?」
そうした疑問の大きな背景がクルマなくしては一日として成り立たない暮らしや仕事のスタイルだ。八ケ岳山麓に限らないが、地方や田舎では一家に3、4台のクルマがあるケースが珍しくない。文字通り「生活の足」だ。
主に林業関係の仕事に携わる自分自身の場合、日々の現場が自宅から10~15㎞程度離れているのが普通。距離的には自転車で行くことは可能だが、チェーンソーや刈払機といった大荷物を持っての移動は現実的ではない。さらに住まいがある八ケ岳南麓の山梨県北杜市は八町村が合併して生まれたため市域が広大。スーパーや公共施設などが八ケ岳の裾野から南アルプス山麓まで広範囲に点在している。
このため同じ市内の移動でも場所によっては標高差が700~800m程度になることも珍しくない。700mといえば東京の高尾山(599m)の標高を大きく超える。徒歩や自転車で移動するにはアスリート並みの心身が必要になってしまう。
こうした地理的な要因に加え、街灯や歩道が未整備の道路が多く、日暮れ後は漆黒の夜道を家路を急ぐクルマがすっ飛ばすという自動車優先の道路事情も、徒歩や自転車移動を難しくさせる要因になっている。そうした現状はホームセンターの品ぞろえにも現れる。例えば東京の店では一年中活況の自転車売り場だが、八ケ岳山麓の店では自転車の取り扱いはほとんどない。代わりに充実しているのがカー用品コーナーだ。
徒歩や自転車、公共交通で買いものや公共施設に気軽に出掛けられるコンパクトシティとは対極的な八ケ岳山麓の居住環境。行政もこうした事情を改善すべく取り組んでいる。例えば北杜市はデマンドバスの運行など地域内公共交通の整備や見直しを進めている。ただクルマの便利さに替わるのは難しく、80歳を超えても自らハンドルを握って買い物や病院に通う高齢者は多い。
気になるCO2排出増
こうした暮らしはどうしても化石燃料多消費型になる。自分自身の場合、日々の仕事や暮らしに加えて、遠方への旅行や取材、都内の実家への帰省などでクルマを使う機会が多いため、ここ数年、年間走行距離は1万5000~2万㎞に達している。EVではないため、乗った距離がストレートにCO2排出につながる気の重さがある。
さらにCO2排出増に拍車を掛けているのが前述した標高差だ。下り坂ではほとんどアクセルを踏まなくても済むとはいえ、上り坂では極端に燃費が落ち、平均燃費は悪化する。例えば愛車の日産エクストレイルの場合、平坦地ではリッター当たり15㎞程度の燃費だが、自宅と400mほどの標高差がある場所に毎日通勤すると12㎞を割り込みそうになる。2割ほどの燃費悪化だ。燃料価格高騰の折、経済的な負担も増す。
「ふんわりアクセル」「タイヤ空気圧の点検」「信号の先読み運転」「早めのシフトチェンジ」など、エコドライブに努めているものの、思うように伸びない燃費に徒労感を抱く。
ちなみに、かつて勤めていた八ケ岳山麓の林業会社には、40㎞ほど離れた県庁所在地の甲府市から通勤する従業員も少なくなかった。標高260m程度の甲府盆地から、標高約1300mの場所にある会社まで、約1000mの標高差を毎日クルマで移動する場合、日々のCO2排出量は高燃費車に乗ったとしても、徒歩や自転車、公共交通を利用する都市住民の通勤を大きく上回ることは想像に難くない。
環境省によると、一人を1㎞輸送する際に排出される二酸化炭素は自家用乗用車では約147g。これに対して鉄道は約19g、バスは約51g。通勤方法だけで比較した場合、クルマに頼る田舎暮らしは公共交通機関を使う都市住民よりおよそ3~8倍多く二酸化炭素を排出していることになる。
縮小する公共交通
冬場は厳しい寒さに見舞われ、水も乏しい標高1000m以上の八ケ岳山麓では戦後、開拓者の入植で定住が始まった。その後、高度経済成長に伴う観光地化や別荘ブームで開発が進行。近年は暖冬傾向や住宅の断熱性能の向上、道路網の整備などで標高1300m前後の高原地帯でも定住者が増えてきた。当然ながらそうした場所での暮らしは、買い物や通勤などあらゆる場面でクルマに強く依存するものとなる。
クルマ利用の増加は、八ケ岳山麓を訪れる観光客も同じ傾向のようだ。例えば1975年頃に始まった「清里高原ブーム」では、八ケ岳山麓の高原列車として知られるJR小海線に乗って清里高原や野辺山高原を訪れる観光客が多く、沿線駅は夏場を中心ににぎわいを極めたという。
しかし現在はクルマで訪れる観光客が圧倒的に多い。連休や週末には清里高原などへの玄関口となる中央自動車道長坂インターチェンジ周辺の幹線道路が県外ナンバーのクルマで混み合う光景が恒例だ。背景には高速道路網の拡大や旅行スタイルの変化、コロナ渦に伴うマイカー移動志向の強まりなどがありそうだ。
そうした影響もあって2017年春には北杜市内の主要駅であるJR中央本線長坂駅で、新宿‐松本間を結ぶ特急あずさの停車が廃止に。特急通過駅になるとともに、無人化された。さらに小海線の利用者減も深刻で、今後の路線の存続を不安視する声も沿線住民から聞かれる。
自分自身を振り返っても八ケ岳山麓への移住7年目にして小海線への乗車回数はゼロ。北杜市内の路線バスにも一度も乗ったことがないという典型的なクルマ依存者だ。電車で県庁所在地の甲府市に行った経験も数えるほどしかない。環境や地域内公共交通維持のため、もっと電車やバスを利用しなくては…と頭では分かっているものの「クルマの方がラクで安くて早い」という現実に抗うのは難しい。
森の中の「コンビニ社会」
クルマ依存のこうした暮らしは街並みや住民のライフスタイルにも大きな影響を与えている。その象徴とも言えるのがコンビニとドラッグストアの増加だ。例えば長坂インター周辺には、全国展開のドラッグストア2社が今年それぞれ新店をオープン。地場チェーンの既存店を含め3店が集客を競うようになった。
無人化した長坂駅周辺では、閑散とする商店街を貫くメイン通り沿いに駐車場を設けた3軒のコンビニが立地し、仕事帰りの住民などがクルマで立ち寄っていく。リゾートエリアがある小淵沢地区でもここ4年ほどの間に、大手コンビニが2箇所に新店をオープンさせた。
一方、林業などの現場作業者にとってもコンビニは欠かせない存在になっている。クルマで現場に行く途中で朝のコーヒーを買い、ついでに弁当やパン、カップめんといった昼食を購入する林業者は少なくない。自分自身も仕事帰りにコンビニの駐車場にクルマを停めてコーヒーを買い、スマホをいじりながら車内でひと息つくのが習慣化している。そして地元のドラッグストアにクルマで立ち寄り、食品や日用品をまとめ買いするのがルーティンだ。
自然が身近な場所で暮らし、森の中で仕事をしているものの、本質は都会での消費生活と何ら変わりない。それどころかクルマに頼り切っている分、化石燃料多消費型の経済システムにより強く組み込まれているのでは…と自問自答する毎日だ。
田舎暮らしで運動不足?
「田舎暮らしは果たして健康的なのか?」という疑問もここ数年感じてきた。クルマ依存の暮らしは必然的に歩行数が減るからだ。自宅の玄関を出てクルマに乗り職場へ直行。帰りは大型駐車場があるスーパーに寄って帰宅…。こうした暮らしは「歩く」場面が極端に少なくなりがちだ。
「東京に電車で出掛けたら乗り換えやホームでの移動、改札を出てから目的地までへの徒歩移動などでへとへとになった。東京にいると田舎よりも逆にたくさん歩くね…」。こんな会話は身の回りでしばしば聞かれる。一方、子どもたちの場合、八ケ岳山麓では小中学校が自宅から遠いため、徒歩での通学が難しいケースが多い。このため都市部と異なり、通学バスや保護者のクルマでの送迎による登下校が一般的だ。毎日徒歩で学校に通う市街地の子供たちと比べると、一日の歩行数はかなり少なそうだ。
こうした現状を見渡すと、一次産業などで身体を使う仕事をしていない限り「田舎に住むこと=健康的」とは言えない現実にもたどりつく。しかし例えば林業にしても現在は機械化が進み、一日中、重機を運転する仕事も増えている。このため「一次産業=健康的」という図式も必ずしも成立しない。
何となく「エコ」?
都心から中央道などで2時間程度で行き来できる北杜市は首都圏住民の別荘が多く、コロナ渦以降は二地域居住者も増加。住宅建設や中古別荘のリフォームが活況だ。八ケ岳南麓エリアでの移住や別荘暮らしをテーマとする情報誌も発行され、ページをめくれば「森に囲まれた豊かな暮らし」「上質な木の家で丁寧に暮らす喜び」…。そんなテイストの言葉や写真が目に飛び込んでくる。そこから描かれるのは「自然が身近な森の中に住めばSDGs的な暮らしを送れる」という漠然としたイメージだろう。
移住者や別荘住民の中にはピカピカのSUVに乗り、アウトドアブランドのウエアで身を固め、家の周りにきれいに薪を積み上げて「八ケ岳で自然派暮らしを実践しています」的な雰囲気を醸し出しているひとも少なくない。しかし実際は都会の便利なライフスタイルを森の中に持ち込み、さらにクルマへの依存度を高めただけ、という「いいとこ取り」の場合が多い。朝、鳥の鳴き声で目覚めるのは、自然と共生しているからではなく「ただ森の中に家を建てたから」という理由に過ぎない。
コロナ渦以降、八ケ岳山麓で新規開設が増えているキャンプ場を見ても似たような印象を受ける。グランピングに代表されるように、都会の便利さを自然の中に持ち込む形のアウトドア体験が、あたかも「大自然に触れる旅行スタイル」「自然と共生した週末の過ごし方」といったイメージに仕立てられている、と感じるのは自分だけだろうか。
八ケ岳山麓は移住者を中心に薪ストーブの人気が高く、冬場のバイオマスエネルギー利用という観点では「エコ」かもしれない。しかし上述したようなクルマ依存の暮らしを考えれば、都会で暮らすひとよりも自然環境への負荷が少ない暮らしを送っている、と言えるひとは少ないはずだ。
再スタート
自分自身の暮らしをあらためて振り返ると、環境負荷低減のためにできることはやってきたという自負はある。クルマの燃費向上への取り組みに加え、生ゴミをコンポスト化する、電力会社を自然エネルギー電力系の会社に切り替える、紙類やプラスチック類などを可能な限り細かく分別してリサイクルに回す、洗濯には粉せっけんを使う…etc。それでも食品などの容器包装を中心に、毎日たくさんのプラスチックゴミが出る。そして愛車への給油量も多い月で100リットルを超えてしまうのが現実だ。
世界的ロックバンド「ピンク・フロイド」の中核だったロジャー・ウォーターズが四半世紀ぶりのニューアルバム「Is This the Life We Really Want?」をリリースし「これは我々が本当に望んだ人生なのか?」と社会に問い掛けたのは5年前。自然が身近な土地に移住し、林業関係の仕事に携わることで「何となくエコな暮らし」を送っているように錯覚していた自分自身にとって、このアルバムのタイトルは示唆的だった。
畑を耕しニワトリも飼って、クルマで遠くのスーパーへ買い物に行く機会をなるべく減らす。調理や暖房、風呂には薪を燃やして使い、化石燃料消費を極力抑えるーー。 自分自身の今の暮らし方に対する居心地の悪さを解消するには、月並みだがこうしたライフスタイルへの変革しかないようだ。そうした暮らしを実践しているひとは移住者を中心に、八ケ岳山麓では少なくない。クルマをEVに乗り換えるだけでは本質的な解決にならないことは、自分自身がよく知っている。
来年で移住8年目。ちょうど知り合いが「仲間でやっている無農薬のお米作りを来年から手伝わないか?」と声を掛けてくれた。平日は林業などの現場作業、週末は原稿仕事で時間がない…などと言い訳や文句ばかり言っていられない。自分自身にとって本当の意味でストレスが少ない暮らしの実現に向けて、新しいスタートを切りたいと思っている。