ひビキのヒび
# 22
間取りのない家
2022.11.14

制作の裏側や取材時の裏話など、編集部の日常をあれこれと綴っていく「ひビキのヒび」。今回は“家の間取り”についてちょっと考えてみたいと思います。

というのも、昨年秋、職場の先輩である設計士さんが自宅を完成させたということで、新築の家へ遊びに行ってきました。あまり建築に興味のなかった編集部でしたが、完成した建物に入ってみたらとんでもない衝撃を受けました。その模様を皆さんにもおすそ分けさせてください。

写真:ToLoLo studio/文:田中 菜月

部屋が消えた家?

2021年秋に竣工した井端邸。goboc設計事務所の設計士である井端菜美さんの自宅であり、彼女自身による設計です。そして、施工の現場監督は夫の井端啓輔さんが担当しました。

実は工事がはじまった夏にも現場を見学させてもらっていました。セミの鳴き声が暑さを際立たせる炎天下の中、大工さんたちがさくさくと建方(たてかた:柱や梁などの構造材を組み立てる作業)を進めていくさまは圧巻です。このとき設計図を見せてもらったのですが、どんな家ができあがるのか、その時点ではまったく想像ができていませんでした。

完成した井端邸。写真中央のガラス扉が玄関の役割を担う。現在は左手にある木の幹にインターホンもついている。初めて訪れた配達員は困惑することだろう。
最初は川側のガラス扉が玄関になる予定だったが、実際は反対側から入ってきてしまう人が多かったそう。

そして数か月が経ち、実物を前にしてみると、まったく既視感のない家が建ち上がっていました。まず、玄関がよくわからないし、外観は家というより秘密基地のような不思議なフォルムです。

早速中に入ってみると、「なんかすごい!」しか言えない空間が広がっていました。見たことないものすぎて、とにかく「なんか」しか言葉が出てきません。あと、なんか外と近い感じがします。家の中にいるのに。

もともと堤防に生えていたミカンの木をそのまま活かしたつくりのデッキ。そしてすぐ目の前には川がある。編集部撮影

すぐそばを流れる川があることで快適な環境が生み出されていることは確かですが、その一方で氾濫する危険とは常に隣り合わせでもあります。そのため、最下層の床はコンクリートだけの土間のようなつくりになっています。多少浸かるのはやむを得ない、という感じです。

そうしたリスクも織り込み済みで、それでも工夫すれば暮らしていける、という考えを感じ取れるのがぐっときたポイントでした。

水回りがありそうなエリアに目を向けると下段の奥にはお風呂場とトイレ、洗面所があり、上段にはキッチンスペースがあります。まとまりとしてはなんとなく分かれているんだけれど、明確な境界線があるわけではない感じがとても新鮮です。

中央の階段にはカーペットが敷かれているのと広々しているからか、ついゴロゴロしたくなってしまいます。ベンチ代わりにもなるし、ちょっとした集会も開けそうな多義的なスペースです。

さて、階段を上がってみると、またしてもユニークな空間が現れました。こちらもはっきりとした境界がない点は共通しています。

視線の高さが変わると、外の風景の見え方も変わって面白いです。一度、泊まらせてもらったときに最上部のスペースで寝たのですが、真横に大きな窓ガラスがあるので朝陽とともに気持ちよく目覚めることができました。ただ、柵のようなものがないため、落ちる夢は見ましたが。

時間によって陽の光の差し込み具合が変わり、外の景色も刻々と移り変わっていくさまは雄大で、ただそれだけで心地よく感じられます。こんな家だったら建ててみたいなあと思いました。

▼設計についてはこちら(goboc設計事務所HP)
https://www.goboc-sekkei.com/

間取りの概念を
崩したい

この何とも形容しがたい家は、「間取りの概念を崩したくて、部屋を規定しない設計にした」と菜美さんが話すように、彼女にとって新たなチャレンジとなった作品でもあります。

そんな間取りのない家で過ごす井端家の子どもたちを観察していると、カーペットが敷かれた階段で宿題をしていたり、また別の階段でフィギュア遊びに興じていたり、過ごし方がとても自由で素朴にいいなと思います。

さて、ここで疑問が湧いてきました。なぜ“間取り”という概念があるのだろう、と。当たり前になっている間取りという考え方に縛られているのはなぜなのか、気になって仕方がなくなりました。

編集部撮影

早速図書館に赴いて住宅関連の書籍を調べてみると、面白そうな書籍を発見しました。建築学者・西山卯三(うぞう)が記した『すまい考古学 現代日本住宅史』(彰国社)という本です。まさに今メジャーとなっている間取りが生まれる経緯が書かれていました。

2DKや1Kといった間取りのタイプを見聞きしたことはあると思いますが、これは戦後の公営住宅を建設する際に登場したようなのです。背景にあるのは、第二次世界大戦で焼け野原となったまちの復興でした。

戦争で建物が焼き尽くされ破壊されているため、前提として住宅がかなり不足している状況があったわけです。もちろん建築の資材も潤沢にあるわけではありませんでした。加えて、戦後の復興とともに農村から都市部へ人口が集中したことにより、ただでさえ少ない住空間に、人が過密に暮らしていたそうなのです。劣悪な環境で暮らしている人も多くいたとされています。

家を建てるには十分な空間も資源もない中、低所得層であっても快適な生活が送れるようにと編み出されたのが公営住宅であり、現在に続く間取りなのでした。(経緯はかなり端折っています)

物質的な側面だけでなく、戦後民主化の思想も大きく影響していることが伺えます。プライバシー確立の意識から部屋に間仕切りを設けられるようになり、男女平等の観点から住空間の民主化として台所が中心的存在として押し出され、DKの形も生まれてきました。(他の理由もありますがここでは割愛します)

こうして、間取りが規格化したことで部品などを画一的に大量生産できるようになり、住宅産業が盛んになっていきます。ちなみに、それまでは地元の大工などが設計の段階から家づくりを担っていたそうで、住宅メーカーや設計士といった存在は戦後になって増えてきたのでした。

少し歴史をさかのぼってみるだけでも、今の当たり前は全然当たり前じゃなかったことがわかります。この当たり前を自分から崩しにいくのは刺激的で結構面白いものです。

編集部撮影

余談ですが、借りた本の中で間取りについての記載がある箇所に誰かの書き込みの痕跡がいくつか残っていました。同じような点について気になった人が過去にもいたのかもしれません。

普段、hibi-kiの取材・執筆を通じて山の仕事や暮らしの過去と今を知る中で、いち通過点としての自らの暮らしや生き方が見えてくるように、住宅でも同じことが言えるのだと思います。それは住宅に限らないでしょう。もっともっと知りたくなってきますね。

と、こんな感じで他のジャンルも気になりすぎて、山離れ(?)しているかもしれない編集部なのでした。

●Information
井端邸「川と家」が「JIA東海建築住宅賞」の優秀賞を受賞しました!
おめでとうございます!!
http://tokaiarchiprize.jp/news

【参考資料】
西山卯三(1989)『すまい考古学 現代日本住宅史』(彰国社)
吉田桂二(2004)『間取り百年 生活の知恵に学ぶ』(彰国社)

田中 菜月 (たなか・なつき)
1990年生まれ岐阜市出身。アイドルオタク時代に推しメンが出ていたテレビ番組を視聴中に林業と出会う。仕事を辞めて岐阜県立森林文化アカデミーへ入学し、卒業後は飛騨五木株式会社に入社。現在は主に響hibi-ki編集部として活動中。仕事以外ではあまり山へ行かない。