ひビキのヒび
# 11
来年度の新入社員に
ライブ配信でインタビュー
2021.3.10

制作の裏側や取材時の裏話など、編集部の日常をあれこれと綴っていく「ひビキのヒび」。今回は響hibi-kiの取材や執筆に協力してくれているインターン生の高岸くんに注目してみます。というのも、今年の春、彼が編集部に正式加入することになったからです!これまで一緒に制作をしてきたものの、意外と高岸くんについて知らないことが多いなと感じたので、インスタライブでコラボ配信しながらいろいろと話を聞いてみました。

写真:敷地 沙織、西山 勲/文:田中 菜月

経済大学なのに
なぜ林業分野へ?

響hibi-kiの立ち上げ時からインターン生として関わってくれている高岸昌平くん。高崎経済大学(群馬県)に通う4年生です。地域政策学部に所属し、地方創生や地域づくりについて学んでいます。

そんな彼のイメージは“林業マニア”です。

仁淀川町の林業体験ツアーに取材を兼ねて参加したときの一コマ。

1年間の休学中を含め、在学時に全国の約20の林業地をまわり、さまざまな林業人に会って話したと聞いていたので、その強烈なイメージがありました。林業への目覚めから大学に入るまで、どのような経緯があったのでしょうか。

「最初のきっかけは、小学生のときに見た世界の夜を映した衛星写真です。日本列島がはっきり見えるくらい明るくて、『こんなにエネルギーを使っているんだ』と思いました。そのころ京都議定書が話題になっていた時期でもあって、環境というものを意識するようになりましたね。『環境を守るには自然が大事らしい。でも関わっている人が少ないみたいだし、もっと何かできるんじゃないの?』と小学生ながら考えるようになりました」

そんな高岸くんが小学校の卒業文集に書いた将来の夢は「山で暮らす」だったそうです。こんなに渋い小学生そうそういません。

「『山と関わるにはどうしたらいいんだろう?』とずっと考えていて、山は地方と密接につながっているという発想から、(地域社会について学べる)今の大学を選びました」

しかし、実際は座学が多く地域のことを知る機会はあまりなかったと言います。

「現場を知らないのに山や地域のことを語るのはおかしいなと感じて。だから実際に自分の目で見たいと思って休学することにしました」

その後、地域や森林・林業が専門のコンサルタント企業へインターンに赴きます。そこで日本各地の農山村や林業地を訪れ、その地で働き、暮らす人々の生の声を浴びていくのでした。

響hibi-kiとの
ファーストコンタクト

最初のインターン先以外にも、個人でさまざまな会社を見学した高岸くん。その中の一つが、この響hibi-kiを運営する飛騨五木株式会社でした。そして、その会社見学の案内担当が私だったのです。当時はまだ響hibi-kiの構想段階で、メディアの話にはあまり触れずに通常通りの見学を終え、駅まで彼を送り届けることになりました。

「新しい森林系メディアの立ち上げに誘われていて、手伝うことになるかも」

そう言い放った高岸くんの一言を耳にした運転中の私は、「え、他にもメディアできるんだ…!」と少したじろいだ記憶が強く残っています。それが高岸くんとのファーストコンタクトでした。

その後、響hibi-kiの立ち上げにあたって、編集部の人員をもう少し増やした方がいいんじゃないかという話になりました。そのときに彼の存在をハッと思い出し、声をかけることになって今に至ります。

インターン中に高岸くんが取材に同行したのは高知・埼玉・山梨の3ヵ所。

入社後の高岸くんはどんな形で響hibi-kiに関わっていくのか。それはまだはっきりとはしていません。一方で、彼の“ある趣味”を活かしたコンテンツも生まれてくる予感がしています。ただ、ここに書いてしまうともったいない気もするので、そのあたりの話は配信のアーカイブに譲ります。

配信のアーカイブ

編集部の変化以外にも、写真と文章以外のアウトプットを模索していたり、イベント的な何かを計画中だったり、いろいろと画策している段階です。この先、響hibi-kiがどう変わっていくのか。その変化を見届けてください!

田中 菜月 (たなか・なつき)
取材・記事執筆担当。印刷会社で働いていた数年前、ふと森に関わる仕事がしたいと思い立ち林業の学校へ。それ以来どっぷり森の沼にハマる。もう抜け出せない。伐木作業者特別教育修了/狩猟免許の更新忘れた…/休日はアイドル、キャンプ、純喫茶巡り、読書。