hibi-ki Hiker’s club
# 16
サウダージな国のハイキングは
山火事注意
2025.5.2

山を、森を、ひたすら歩き続けたい。ただの山道じゃない、自然と融和できるような、そんな“トレイル”が世界各地にはあります。土地の成り立ちも、気候条件も、人の生活文化も異なれば、そこに立ち表れる自然の姿は多様です。世界各地のトレイルを走破している元地理教師でハイカーの玉置哲広さんを案内人に迎え、森の世界旅行へ一緒に出かけてみましょう。今回は、南欧の国・ポルトガルでのハイキングです。

写真・文:玉置 哲広

ハイキングで
燃える山を見た

大規模な山火事がロサンゼルスの高級住宅街を襲ったと思ったら、今度は大船渡が襲われ、その後、日本の各地で山火事のニュースが次々と伝えられました。山火事ってこんなに怖いんだ、そしてこんなに頻繁に起こるものなんだと思いながら、ポルトガルの山歩きで、燃える山を見たことを思い出しました。

ポルトガルに滞在した際、ホテルから見えた山火事。

ロサンゼルスもポルトガルも、直接地中海に面してはいませんが、どちらも地中海性気候のもとにあります。地中海性気候は、夏を中心に強烈に乾燥する気候です。アテネでオリンピックがあった時は、雨の確率がゼロに近いので、水泳会場に屋根が作られなかったくらいです。

それだけに、地中海沿岸の山では、山火事対策として、夏の間入山を規制する場所もあるといいます。それに比べると、日本は湿った気候の国です。そんな日本でも、最近山火事が頻発しているのは、気候が変わってきたからでしょうか?

無名で辺鄙な
最高峰へゆく

さて、ポルトガルに行ったのは、ファドの音楽を聴いたり、レトロなリスボンのトラムに乗って、サウダージ(郷愁や切ない感じ)を感じようと思ったからです。でも山好きとしては、それだけではなく、どこか自然も歩いておきたい。それで、北部の「エストレーラ山地」という場所に行きました。本土の最高峰がその辺りにある(同国最高峰は島嶼にある)ということと、ハイキングがもっとも盛んな地域と聞いたからです。

しかし、そこは国際的には無名で辺鄙な場所でした。ローカルな列車で、最寄りの町Covilhaまで行き、そこからレンタカーで移動するしかありませんでした。慣れない左ハンドルとミッションのギアチェンジ、謎のポルトガル語を喋るナビに四苦八苦しながら、山道をドライブして、本土の最高峰「Torre」(標高1,993m) というところにやってきました。

ここは最高峰といっても、車で行ける場所で、ロータリーがあり、土産物屋もあります。でも、一番高い場所だから、周囲の乾いた大地を一望できました。ところが、その大地から、まるで噴火のような煙がもうもうと上がっているのです。「山焼きかな?」とその時は思いましたが、そんな風景を連日目にしたのです。

ポルトガル本土の最高峰・Torre(トーレ)から見えた山火事。

灼熱の暑さと乾燥した
大地の先にあったもの

ハイキングの方は、このTorreをベースに色々なコースがあることがわかり、翌日から歩き始めました。1日目はPoios Brancosというピークをめぐるルートです。なだらかな斜面をのんびり歩くので、息ははずまないものの、サウダージどころではない暑さです。南欧の日差しは強烈で、樹木の丈が低いので、影で暑さをしのげる場所がそれほどありません。

poios brancosからエストレーラ山地の中心部。

そして、山を上がるにつれ、巨岩だらけの風景に変わってきました。この巨岩群、驚くほど怪しい形ばかりです。巨大な亀とサンショウウオが並んでいたり、頭にフトンを載せたアヒルのようなのもいます。花崗岩みたいですが、あまりの乾燥で風化がどんどん進んでいるから不思議な形になっているのでしょう。オモシロランドにやってきたぞと思いました。

巨岩群・カメとサンショウウオ。
巨岩群・怪しい動物。

視界をさえぎるものがないので、展望も開けています。岩の上から、この日も山火事のような煙が、遠方に立ち昇っているのが見えて、こんなに乾いてたら火は怖いゾと思いました。

翌日も、Torreからスタートして、この山域の中心部らしい、中央ルートを歩きました。こちらは、Cantaro Magroという巨大な岩峰を巡って歩くコースです。

エストレーラ山地の象徴、Cantro Magro。

ところがこちらは、どっしりとした岩山の間に円形劇場のような湿原が開けていて、樹木の緑も広がっています。ヒースのような花々も咲いていました。ちょっとした条件の違いで、樹々はしっかり育つようです。パンフで調べたら、イチイとかセイヨウネズといった、耐乾性の強い丈夫な木のようでした。

岩山の間に湿原。
ヒースのような花。

それから、青々と水をたたえる池塘が広がったり、庭園のように小川が流れる変化に富んだ水の風景も展開しました。カラカラに乾いた土地とは思えない美景でしたが、ハイキングする人には全然出会いません。雄大な自然の中に、自分たったひとりというのは、これぞサウダージな思いでありました。

青々とした池が広がる。

そうして、ベースのTorreに戻って来たのですが、この日もまだ煙が見えています。乾いた山のハイキングって、のんびりしていられないなと思いました。宿に戻っても、燃えている山が見えるので気になりました。その割に、地元の人たちは全くふつうで、騒いでいなかったのが、今でも不思議です。とにかく、どこの山に行っても、安易に火を扱わないことですね。

アズレージョ(青いタイル)にポルトガルを感じる。

●エストレーラ山地の登山ルート例
<1日目:Poios Brancos Route>
距離:約8km
時間:約4時間
標高:1440m~1680m

<2日目:Central Massive Route>
距離:約10km
時間:約8時間
標高:1420m~1930m

1日目はtorreからスタート地点(上の点)まで車で移動。

●Torre(エストレーラ山地の最高峰)へのアクセス例
リスボン
↓ 鉄道
コビリャン(Covilha)
↓ レンタカー
トーレ(Torre)

玉置 哲広 (たまき・てつひろ)
広島県出身でカープファン。大学時代に登山を始め、板橋勤労者山岳会に所属して、広く内外の山に登っている。高校の地理教師をしていた。モノ好きで蒐集癖があり、様々な文化に首を突っ込むが、ヘタの横好き。愛読書は地図帳と山の歌本。