hibi-ki Hiker’s club
# 12
「巨人の住処」を歩く
ノルウェーの山旅 vol.2
2023.5.17

山を、森を、ひたすら歩き続けたい。ただの山道じゃない、自然と融和できるような、そんな“トレイル”が世界各地にはあります。土地の成り立ちも、気候条件も、人の生活文化も異なれば、そこに立ち表れる自然の姿は多様です。世界各地のトレイルを走破している元地理教師でハイカーの玉置哲広さんを案内人に迎え、森の世界旅行へ一緒に出かけてみましょう。今回は、北欧・ノルウェーのスカンジナビア山脈を歩く旅の続編です。

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写真・文:玉置 哲広

茫洋と広がる天上の大地

前回は、別世界のようなベッセゲン縦走の紹介でした。でも、ノルウェーのトレッキングルートは、これからが本番、ハットトゥハット(小屋から小屋)で最高峰の「ガルホピッゲン」をめざしてロングウォークが始まります。

ベッセゲンから湖のほとりの小屋まで下りてきているので、2日目は斜面の登り返しから始まります。でも実は、顕著な登りはここだけで、標高差400mを登り切ってしまえば、あとは広大な野歩きの道へと変わります。前回、山の上から平野のように見えた高原状の大地をひたすら進んで行くのです。

ベッセゲン分岐から、ルッス湖へ。

ベッセゲンへの分岐までは多くのハイカーがいましたが、そこから北上していくルートに入ると、まばらになりました。ルッス湖という大きな湖をめざしてタラタラの平坦な道を進みます。湿原を抜けて、その湖水に出ると、延々と湖畔の道を進みます。縦走とは思えない平坦な湖畔歩きですが、それでも山の上なのです。

スカンジナビア山脈は、あくまで広大、平坦、なだらかなのです。時とともに美しく湖の色が変化していくのを楽しみながら、浜や滝や吊り橋などを通って延々と歩くのがこの日の行程でした。登り下りもありますが、緩傾斜なのでほとんど負担を感じません。

とにかく、この日に感じたのはスカンジナビアの自然の雄大さでした。大きく、優しく、見上げる空も広いのです。本当に、ただただ広い。果てしない天空を秋のような雲が流れて、大地がどこまでも茫洋と広がっています。はるかな広い空を見ながら、ひたすら歩きに歩きます。このスカンジナビア最大のヨートュンヘイメン山地は、「巨人の住処」という意味だとか。うーむ、確かに自分が、巨人の国の中を歩く小人のように思えてきました。

左にガルホピッゲンを遠望、正面にグリッターティンド。
広大なVEO川。

湖を過ぎた先の峠を越えると、初めてノルウェーの最高峰・ガルホピッゲンの姿が見えました。そしてもうひとつ、一昔前までノルウェー最高と言われていたグリッターティンド(グリッテルティンデン)のなだらかな山容も見えてきました。その手前にはVEO川という大きな川が流れています。こんな山の中に大井川のような幅広の川が!と驚かされます。まあ、巨人の住処ですから、その位の規模があるのでしょう。その彼方にこの日の目的地グリッテルハイム小屋が見えますが、広大なのでなかなか近づきません。ワタスゲの咲く湿原を通り、川をゆっくりと回りこんで小屋に到着した時刻は20:00になっていました。でも、夜が遅い白夜の北欧では夕方って感じです。

巨人の正体は……?

3日目、第2の高峰グリッターティンドへ登ります。この山は長らくノルウェーの最高峰だと思われていたのですが、ある時、正しく測量してみると、ガルホピッゲンの方が高いということがわかってしまい、第2位になったそうです。今でも市販の地形図には2472mとこちらが高いままで修正してありません。このあたり、鷹揚なノルウェー人気質が伺える気がしますが、正式には2465mだそうです。第2の峰ですが、とてもなだらかな山容です。

トナカイあらわる。

天気は高曇りで、風の冷たさは、日本なら11月下旬の北八が岳という感じです。登山者はまばらで、広大な砂礫斜面にぽつりぽつりと見えるだけです。ふと見るとトナカイがツンドラの上を進んでいます!おお、北欧の風景だー!と思いましたが、ノルウェーでは、別段さわぐような事ではないらしく、この後トナカイは頻繁にあらわれました。

グリッターティンド頂上。

2200mから上は、雪原になりました。でも、なだらかなので問題なく進みます。この日は頂上部だけ、雲がかかっていたのですが、登るにつれて雲があがって行ってくれました。限りなくなだらかに見えたこの山も、さすがに頂稜部は片側が氷河の侵食で切れ落ちていて、回り込む形でピークへ近づきます。多少ガスが湧いてきましたが無事到着。すると、頂上にはお子様ランチのように、小さなノルウェー国旗が突き刺してありました。下りは、なだらかな雪渓を駆け下り、グリッテルハイムの小屋に連泊しました。

天上の荒野を進む。

4日目は、最高峰ガルホピッゲンの登山口シュピターシュトゥレンという所まで歩きます。でも2日目と同じく、山の中といいながら広大な平原が続いています。うす曇の空で、日本の10月から11月を思わせる雰囲気、天上の荒野といった趣です。延々と賽の河原のような中を歩きます。ノルウェーを代表する山の登山口を結ぶルートのせいか、トレッカーが増えてきました。

クラシカルスタイルのおばあちゃん。山小屋が見えてきた。

若い地元トレッカー達にはハイスピードでどんどん追い抜かされました。彼らは皆屈強そうに見えました。欧州人の中でもノルウェー人は男女問わずデカく、体格がいいのです。寒さにも強いらしく、みんな日本の真夏のような薄着で歩いています。私は、キャンパス地のザックに皮の編み上げブーツのクラシカルな二人のおばあちゃんトレッカーと相前後しながら進みました。おばあちゃんといえども、コンパスが長いので私とスピードが変わりません。なんかすごい人たちだなあと思っているうちに、最高峰ガルホピッゲンも近づき、谷筋を下ると森林限界から下に入り、森に囲まれた山小屋が近づいてきました。ここまで壮大なヨートゥンヘイメン山地=巨人の住処を歩いてきましたが、「そうか!巨人って、どでかいノルウェー人そのものじゃないか!」と思いました

さて、翌日はいよいよ最高峰登頂です。でも、そのお話はまた次回としましょう。(つづく)

●メムルブからグリッテルハイムまでのルート例
距離:約15km
時間:約8時間
標高:約1000~1400m

●グリッテルハイムからグリッターティンドまでのルート例
距離:約10km(往復)
時間:約7時間(往復)
標高:約1100~1400m

●グリッテルハイムからシュピターシュトゥレンまでのルート例
距離:約12km
時間:約6時間
標高:約1100~1400m

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玉置 哲広 (たまき・てつひろ)
広島県出身でカープファン。大学時代に登山を始め、板橋勤労者山岳会に所属して、広く内外の山に登っている。高校の地理教師をしていた。モノ好きで蒐集癖があり、様々な文化に首を突っ込むが、ヘタの横好き。愛読書は地図帳と山の歌本。