hibi-ki Hiker’s club
# 11
まさに別世界!ベッセゲンを歩く
白夜の北欧・ノルウェーの山旅 vol.1
2023.2.13

山を、森を、ひたすら歩き続けたい。ただの山道じゃない、自然と融和できるような、そんな“トレイル”が世界各地にはあります。土地の成り立ちも、気候条件も、人の生活文化も異なれば、そこに立ち表れる自然の姿は多様です。世界各地のトレイルを走破している元地理教師でハイカーの玉置哲広さんを案内人に迎え、森の世界旅行へ一緒に出かけてみましょう。今回は、北欧・ノルウェーのスカンジナビア山脈を歩く旅です。

写真・文:玉置 哲広

スカンジナビア山脈で
最大の山地へ

北欧といえば、高福祉で女性の社会進出率が高い先進的なイメージと、白夜のもとで森と湖が広がる美しい光景を想起します。中でも、ノルウェーには雄大なフィヨルドとノルディックスキーを生み出したスカンジナビア山脈が広がっているので、長らく憧れてきた場所です。

そこで今回は、スカンジナビア山脈で最大のヨートゥンヘイメン山地のトレイルを、ハットトゥハット(山小屋から山小屋へ)で歩き、北欧らしい自然にどっぷりとつかってきた山旅のお話です。

首都オスロへはスウェーデンからの夜行列車で向ったのですが、夜中に目覚めると幻想的な白夜の森の中を走っていて、すぐに「世界の車窓から」の例の音楽が心の中で流れ出しました。オスロでは有名なムンクの「叫び」を見たりして、十分に山の準備を整えてから、翌日、列車で3時間ほどの町オッタへ向かいました。途中には冬季五輪の開催地リレハンメルもあり、ノルディック競技に向いていそうなゆるやかな起伏の針葉樹林が続きます。その合間に湖も点在していて、「おお北欧に来たな」って感じです。

イェンデ湖の釣り人。

オッタはログハウスの駅舎で、周囲は山の木材集散地という風情。ここからバスで、山小屋のあるスタート地点のイェンデスハイムに着きました。ここは広大な氷河湖イェンデ湖の湖尻にあって、湖畔ではフィッシャーマンが竿を振っていました。それを眺めながらのんびり過ごしましたが、ここはノルウェーの釣りでは超有名な所だと後から知りました。

ノルウェー人も
憧れる地

イェンデスハイムからトレック開始。

翌朝、いよいよトレイルへスタートです。この日に通るベッセゲンと呼ばれる場所は、今回のルート最大の見どころで、ノルウェー人にとっても憧れの地らしいです。天気が気になりましたが、やったー!ラッキーにもクリアな青空です。

まるでフィヨルドのようなイェンデ湖。

イェンデスハイム小屋から標高をあげて登っていくと、長細い氷河湖イェンデ湖の全容と、背後に広がる雪の山々の光景が次々に展開していきました。尾根に出ると幅のある高原状になり広々としています。そこから見下ろす湖は両岸に高い崖が迫り、まるでフィヨルドのように見えますが、ここは内陸なのでやはり湖です。まあ、フィヨルドは氷河湖が海に水没したようなものなので、似たようなものと言えます。

平原のような広がり。

また、ここから遠方に霞む平原も下界の平野のように見えますが、そこも山上のなだらかな場所です。地理の勉強でスカンジナビア山脈は代表的な古期造山帯(古い時代から侵食の進んだ山々)、と扱われるのですが、このなだらかな広がりこそまさにそうだと、日本の山やアルプスなどとの違いを実感させられる風景です。とてつもなく広大で、地球の広さを山脈の中なのに実感できる場所と思えました。遠くの道路もゆるやかな広がりの中を走っているのが望めます。

そして、次第に尾根がやせて下りにかかると、いよいよ有名なベッセゲンにさしかかりました。ここは稜線の尾根が最もやせた地点で、尾根をはさんで北のベス湖と南のイェンデ湖の二つの氷河湖が隣り合い、その間を歩くというすばらしい所なのです。

氷河の谷が直交する。

反対側のベス湖も見えてくると、ふたつの氷河湖の色の違いが美しく見渡せました。湖がとなりあっているように見えますが、実は標高差が400mもあるといいます。北のベス湖がインク状の紺色、南のイェンデ湖はエメラルドにグレイシャーミルクをまぜた色。これはなんともすばらしい眺めです。憧れの場所が最高の天気に恵まれたことに感謝して、この場所で2時間近く休憩をとりました。

このベッセゲンへは反対方向からも、たくさんのハイカーが息をゼーゼーさせながら登ってきました。なんでも、イェンデスハイムから今夜泊まる予定のメムルブ小屋までは、湖を観光船が頻繁に行き交っていて、逆方向から日帰りでここに登る人たちが多くいるとの事。さすがノルウェーの誇る大人気のトレッキングエリアとあって大賑わいでした。

ところで、かつて400mの落差を利用してベス湖の水をイェンデ湖に落とし発電所にしようという計画があったそうです。昔の日本でも尾瀬をダムにしようとした事があったように、経済効率でしかものを考えない時代がどこの国でもあったのですね。

リトルベッセゲンと呼べそうな場所。

さて、ベッセゲンを過ぎても基本的に尾根上なので、眺めは引き続き大変よく、氷河が侵食したあとのU字形の谷が直角に交わった地形が見られたり、ベス湖よりも小さな別の湖が現れてリトルベッセゲンと言えるような場所もありました。

そして、相変わらず、シベリアのツンドラ地帯の写真でみたような、天まで続くような広大な土地の広がりが背後に見えています。この、茫洋とした天地の光景こそ、スカンジナビアを実感できるものだと思いました。そうして、午後の斜光の中で縦走路を下って行き、夕刻イェンデ湖の中ほどの湖岸にあるメムルブの小屋に到着しました。夜中にトイレに起きて外を歩いていると、薄明るい白夜の夜空に、満月が煌々と湖を照らしていました。異世界にいる雰囲気を感じる時間でした。そうか、ベッセゲンには別世間の字をあてるといいかもと思いました。(つづく)

●「ベッセゲン」トレッキングルート例
距離:約14km(イェンデスハイムからメムルブの小屋)
時間:約8時間
標高:約1000~1700m

●ベッセゲン(イェンデスハイム)へのアクセス例
オスロ駅 or オスロ空港
↓ ノルウェー国鉄
オッタ駅
↓ バス
イェンデスハイム

▶vol.2はこちら

玉置 哲広 (たまき・てつひろ)
広島県出身でカープファン。大学時代に登山を始め、板橋勤労者山岳会に所属して、広く内外の山に登っている。高校の地理教師をしていた。モノ好きで蒐集癖があり、様々な文化に首を突っ込むが、ヘタの横好き。愛読書は地図帳と山の歌本。