hibi-ki Hiker’s club
# 9
先端企業の都市から
カフェラテの絵の山へ
2022.6.17

山を、森を、ひたすら歩き続けたい。ただの山道じゃない、自然と融和できるような、そんな“トレイル”が世界各地にはあります。土地の成り立ちも、気候条件も、人の生活文化も異なれば、そこに立ち表れる自然の姿は多様です。世界各地のトレイルを走破している元地理教師でハイカーの玉置哲広さんを案内人に迎え、森の世界旅行へ一緒に出かけてみましょう。今回はアメリカ北西岸の都市・シアトルが舞台です。

写真・文:玉置 哲広

雪渓が広がる
マウントレーニア

世界中の飛行機をつくっているボーイング、巨大な物流を扱うアマゾン、ウィンドウズのマイクロソフトを生んだ都市をご存知でしょうか。USA北西岸の都市シアトルです。イチロー選手がマリナーズで活躍した事でもおなじみですね。今回はそのシアトルの山に登ったお話です。

山の名前は「レーニア山」と言って、標高4392mもある巨大な火山です。古くから在住している日系人からは「タコマ富士」(タコマはシアトル郊外の都市)とも称されている姿のいい山で、州の車のナンバーデザインにもなっていて、シアトルの象徴になっている所です。

ひところウィンドウズPCを開いたときに出る画面に、シアトルタワーとレーニア山が描かれた絵が使われていたこともありました。こんな格好いい山と自然があって、世界の先端を行く企業が育っているシアトルは、USAの人が住みたい都市NO.1と言われているそうで、休日には多くの人がトレッキングを楽しんでいるとか。

そんなレーニア山の姿を、実は多くの日本人も無意識に見ているはずなのです。コンビニの冷飲料コーナーで、山の絵が描かれているカップのカフェラテを見たことはありませんか?商品名も「マウントレーニア」です。単なる山の絵だと思っていた人は、よく見てみてください。

そして、カフェと言えば、冒頭に並べた巨大企業と同じように誰でも知っている店がありますね。そう、STARBUCKSです。スタバもまたシアトル生まれだそうで、タリーズ、シアトルズベストなどと共に、シアトルのカフェ文化をけん引してきた企業です。今では、市民がマイカップを持ち歩くほどだとか。

ちと前説が長くなってしまいましたが、今回はそんな世界の先端を行く企業が育った町の象徴であり、カフェラテの絵でもおなじみのレーニア山へ向かいます。USAは車の国なので、レンタカーを借りて西海岸を旅してからシアトルに入りました。

地図中央の緑色のゾーンがレーニア国立公園。

まずはレーニア国立公園内でキャンプしようとしましたが、週末だったせいか、「パーク内のキャンプ場はすべてFULL」との標示が出ていました。アメリカは国立公園の管理が徹底しているので、FULLだと泊まるのは無理です。そこで、地図で最も近い〈クーガークリーク〉というキャンプ場に行き、なんとかサイトを確保しました。

国立公園に入るとレーニア山が近づく。

翌朝は快晴、早々にレーニア国立公園に入り、レインジャーステーションで登山許可の申請をし、許可証をもらいました。トレッキングだけなら必要ないのですが、今回は雪氷域に踏み込むからです。公園内に入ると、市外から遠かったレーニア山の姿がどんどん大きく近づいてきました。惚れ惚れするような美しさです。

パラダイスから整備されたトレイルが伸びる。

車はパラダイスというポイントまで行けるので、そこに車を置き、歩き始めました。ここから、スカイライントレイルという道を2時間程トレッキングして行きます。

このあたり、じつにすばらしい感動的な風景が開けていました。目の前には真っ白な氷雪をかぶったレーニア山がどどーんとそびえて、快晴の青空に映えています。富士山のような形ですが、もっと図太く、雪や氷河の着き方も荒々しくて、どっしりとしています。

お花畑とレーニア山。赤い花が「インディアンペイントブラシ」

その前景には、背の高い針葉樹が覆う森があり、さらに足元までお花畑が広がっているのです。標高が高いせいか、空気がクリアーで山や雪や樹々がはっきりと見えました。お花畑は、日本やアルプスでも見たことがなかったような花々も咲き誇り、まさにパラダイスの名前のとおり、天国のような光景です。しばらく立ち尽くして眺め入りました。

一番印象的だったのが、ハケのような形をした深紅の花でした。後で調べたら、「インディアンペイントブラシ」なんてアメリカらしい名前がついていました。針葉樹はダグラスモミ、アメリカツガなどで樹齢は500年以上で、千年以上のものもあるとか。

それから、そんな場所をモソモソとモグラのでかいような動物が動いています。これがマーモットでした。この後、トレイル歩きはミューアスノーフィールドという雪渓まで続き、ただただ雄大で素晴らしい光景に心を奪われました。通常のトレッキングはここまでですが、晴れた日に訪れれば感動と充実の一日が送れるはずです。

氷河の山肌が迫ってきた。

ところで、ここから先は雪氷の世界に入ります。トレイル歩きのお話をするページなので、この後の雪氷域の登頂については、簡潔にしておきます。

頂上アタックの朝。氷河を行く人々。

色彩の世界が終わると、真っ白い雪渓をひたすら登り、テント指定地になっている雪原キャンプミューアで、一夜を過ごしました。そして翌朝は、午前2時前に出発。月明かりの下で、同行した相棒とザイルで体をつなぎ、氷河を渡り雪の斜面をひたすら登って行きました。

そんな場所でも、結構登山者は多く、トレースがはっきりとしているので、危険を感じることはありません。薄い空気の中、じっくりと登り、4000mを越える頂上のクレーターに上がったのが9時頃。そこから20分ほどで、レーニアの山頂に立つことができました。

山頂のプラトー(高原・台地)

着いたら、とっとと下るのみ。雪の下りは結構早く、13時前にキャンプミューアに戻り、スノーフィールドをどんどこ下って、花咲き乱れるトレイルまで戻ってきたのは15時過ぎでした。

そこから先は、多くのトレッカーが行きかうパラダイスのトレイルなのですが、ただただ疲労困憊で、ひいひいとひたすら歩き下りました。トレイル部分も2時間近くありましたが、もはや景色を愛でる余裕は残っていません。

ただ、多くのトレッカーから「アーユーメイキット(登頂できたの)?」と口々に聞かれるので、その時だけは無理やりシャキッとして“Sure”なんてドヤ顔で答えてしまうのでありました。

お土産に買ったマイカップ。スケールのペンと比べるとでかい。

●「レーニア山」トレッキングルート例
距離:約4km(パラダイス~スノーフィールド入り口までの片道)
時間:約2時間
標高:約1600~1850m

※スノーフィールド入り口から先は、アイゼン・ピッケル・ロープ持参の雪山経験者のルートで、登山許可が必要な所なので、トレッキングにはおすすめできません。トレッキングゾーンだけなら日帰りできるので、晴天を選んで行けば、すばらしい風景と出会えるはずです。

●レーニア山登山口へのアクセス例
・シアトル・タコマ国際空港
↓ レンタカー
・レーニア国立公園
↓ レンタカー
・パラダイス

玉置 哲広 (たまき・てつひろ)
広島県出身でカープファン。大学時代に登山を始め、板橋勤労者山岳会に所属して、広く内外の山に登っている。高校の地理教師をしていた。モノ好きで蒐集癖があり、様々な文化に首を突っ込むが、ヘタの横好き。愛読書は地図帳と山の歌本。