hibi-ki Hiker’s club
# 6
神々の住処へ侵入する
ギリシャ最高峰、オリンポス山へ
2021.7.9

山を、森を、ひたすら歩き続けたい。ただの山道じゃない、自然と融和できるような、そんな“トレイル”が世界各地にはあります。土地の成り立ちも、気候条件も、人の生活文化も異なれば、そこに立ち表れる自然の姿は多様です。世界各地のトレイルを走破している元地理教師でハイカーの玉置哲広さんを案内人に迎え、山の世界旅行へ一緒に出かけてみましょう。今回はギリシャ最高峰のオリンポス山への旅です。

写真・文:玉置 哲広

神界への巨大な門前に
降り立つ

これを書いている現在、東京オリンピックの開催がどうなるのか気になりますが、現在の所、聖火リレーは続いています。今回はその聖火がやって来る国、ギリシャの山旅です。

ひと頃、夏になると地中海性気候の国々の山へよく出かけていました。それは、夏の地中海域が、まず確実に晴れるからです。サハラ砂漠からやってきた高気圧がカラカラに乾かしてくれるので、晴天が保証されるのです。アテネ五輪では競泳プールに屋根がありませんでしたし、南伊リビエラや南仏コートダジュールに欧州人がバカンスに出かけるのも、そのためです。これは、登山するにも何よりの魅力。そこで、ギリシャの最高峰「オリンポス山」に向かったのです。

「オリンポス」という名称、私はオリンピックと関係あるのでは?と思っていました。古代ギリシャのオリンピアでの競技会に着想を得て、120年前に近代五輪がこの国を端緒として始まったし、田中英光の小説「オリンポスの果実」は昔のオリンピックが舞台なので、すっかり混同してしまったのですが、とくに関係ないそうです。でも、ギリシャの人々にとって、このオリンポス山は五輪以上に重要な場所とか。それは、ギリシャ神話に出てくる、ゼウスをはじめとしたオリンポス十二神がこの山を住処としていると言われているからです。ギリシャ神話には詳しくありませんが、ヨーロッパの人々の心に古くからかかわる神聖な領域と言って良さそうです。ちなみに、オリンポスの名は火星の巨大な山の名称や、カメラの会社オリンパスにも使われています。

リトホロ 氷河性の深い谷の入り口
リトホロの街と氷河性の深い谷の入り口。

神々の領域を尋ねる山旅は、まずギリシャ第2の都市テッサロニキからバスに乗って、麓の町リトホロヘ向かいます。途中、トラックが数珠つなぎに止まっている光景が目についたら、「ストライキだよ」と教えられ、この国の経済事情が垣間見えました。やがてそびえ立つ山の間にパックリと割れた谷間が見えてきて、そこにリトホロの街がありました。まさに神の世界への入り口に開けた町という感じで、氷河谷のような深い谷は、神界への巨大な門という感じです。

この門を通って、登山口のプリオニアヒュッテに向かうにはまだ距離があります。そこで、私と同じような登山者を見つけて、タクシーをシェアしました。一気に狭くなった谷間をぬけて標高1000mの登山口に着くと、地中海のギラギラ太陽が幾分和らぎ、涼やかな山の空気に変わりました。昔の人はそれだけで神聖な思いを抱いたにちがいありません。

松の木と白い岩の道
松の木と白い岩の道。

そこにはレストランもあり、現在はハイカーが集う和やかな場所になっています。パカパカと馬が下りてきたので、山小屋まで乗せる商売まであるのかと思いましたが、小屋へ荷を運ぶお仕事をしているのだとあとでわかりました。歩を進めると、ブナのような森林帯に入って日本の森のようです。標高が上がっているので、地中海特有の硬い葉の広葉樹林から変わってきたのでしょう。さらに標高を上げていくと少しずつ針葉樹林に変わっていき、白っぽい地肌も目立ってきました。このあたり一帯は石灰岩の領域のようです。上部の岩壁からなだれ落ちてきた雪が残っているような所も出てくる頃、標高2000mにある山小屋に到着しました。松の樹林に囲まれた立派な小屋です。夕刻、ここから麓の岩の門と地中海が光って見え、明日はゼウスの神殿へ侵入だ!という気分になりました。

山頂に残る
神様の痕跡?

ピークへ向かう朝 地中海から朝日 前景にリトホロと岩の門
地中海から昇る朝日。前景にリトホロと岩の門。
モルゲンロートに染まる頂上部
モルゲンロートに染まる頂上部。

翌朝、その地中海から真っ赤な朝日が昇りました。振り返ると、これから向かう上部の岩峰が、神々しい雰囲気で静かにバラ色に輝いています。これは山の言葉では「モルゲンロート」と言います。夏の清澄な朝の空気を吸いながら、神の領域へと登り始めます。

森林帯からお花畑に

まもなく、松の木々が矮小化していき、森林限界となりました。代わりに、高山植物の花々に彩られていきます。さすが、神の世界は天国のようなお花畑ではないかと、美景にしばしひたりましたが、神界はそう甘くはありません。上部の峩々たる岩稜帯へとやがて変わっていきました。

山頂のミティカス峰が間近に
山頂のミティカス峰が間近に。

オリンポス山頂部は、最高峰ミティカス(標高2918m)が巨大な屏風のような岩壁をそそり立たせ、神の城壁のような巨壁の姿が、よく紹介されていますが、一般登山ルートは、その巨壁を別方向から回り込んで、岩壁上にたどりつくようになっています。岩稜帯に入ると、花は少なくなり、ひたすら灰色の岩と、地中海ブルーの青空がおりなす二色の世界となりました。

東側は絶壁で西側は緩傾斜の片斜面、そんな岩の上にトレイルがのびています。やがて、主稜線に入ると、最高峰まで急傾斜な岩稜を上下していく形です。ペンキ表示に従って慎重に足を進めますが、緊張を強いられます。アバランチシュートというノミでくりぬいたような雪崩が侵食した谷の光景は、地中海性の南国でも豪雪におおわれる事を教えてくれます。巨大に切れ落ちた懸崖を覗ける恐ろしそうな箇所も幾度か通過、なかなかハンパない高度感です。しかし、慎重に足を置いて進めば、岩は階段状で固く安定しているので問題ありません。これは神様のやさしさでしょうか。

ギリシャ国旗の立つ山頂
ギリシャ国旗の立つ山頂。
神の痕跡?舟のような岩
神の痕跡?舟のような岩。

そうして、ギリシャ国旗たなびく快晴の頂上にたどりつくと、満足感でいっぱいでした。神様はどこ?と見回すと、船のような巨岩が!これぞ神の痕跡?

オリンポス土産のマグネット。この巨壁の眺めを見落とした!
オリンポス土産のマグネット。この巨壁の眺めを見落とした!

喜びいさんで下山して行ったのですが、頂上の屏風のような巨壁を一望できる地点があったのに、寄り道していくのをすっかり忘れて、大分下ったあとに気付きました。しまった!やっぱり神の領域は甘くない。

●「オリンポス山」ルート例
距離:約10km(登山口~ミティカス山頂までの片道)
時間:6時間半~7時間
標高:約1000~3000m
※最高峰ミティカスへ至る岩稜地帯は登山に慣れていない人には危険なゾーンです。
オリンポスmap2
今回のトレッキングルート。

●オリンポス山登山口へのアクセス例

テッサロニキ・マケドニア国際空港
↓ エアポートバス or タクシー
テッサロニキ市街地
↓ バス or タクシー
リトホロ
↓ バス or タクシー
プリオニア登山口
玉置 哲広 (たまき・てつひろ)
広島県出身でカープファン。大学時代に登山を始め、板橋勤労者山岳会に所属して、広く内外の山に登っている。高校の地理教師をしていた。モノ好きで蒐集癖があり、様々な文化に首を突っ込むが、ヘタの横好き。愛読書は地図帳と山の歌本。