hibi-ki Hiker’s club
# 5
世界遺産の
氷河を見に行く
2021.4.15

山を、森を、ひたすら歩き続けたい。ただの山道じゃない、自然と融和できるような、そんな“トレイル”が世界各地にはあります。土地の成り立ちも、気候条件も、人の生活文化も異なれば、そこに立ち表れる自然の姿は多様です。世界各地のトレイルを走破している元地理教師でハイカーの玉置哲広さんを案内人に迎え、山の世界旅行へ一緒に出かけてみましょう。今回はヨーロッパアルプス最大の、氷河への旅です。

写真・文:玉置 哲広

氷河のプロトタイプ
「アレッチ氷河」

トレッキング王国と言えば、やはりヨーロッパアルプスでしょう。その壮大さ、美しさは何度行っても感動させられるし、爽やかな空気と歩く楽しさにすっかりハマってリピーターとなってしまっています。中でもスイスは、その美観で群を抜いています。代表的2大観光地であるマッターホルン山麓の「ツェルマット」や、アイガー山群のある「ベルナーオーバーラント」は有名すぎますね。今回は、そこから少し離れた「アレッチプラトー」(アレッチ高原)歩きを紹介します。

上記の超有名ゾーンの間くらいに、アルプス最大と言われる氷河があります。「アレッチ氷河※」です。世界遺産にも指定されていて、氷河らしい形をしたプロトタイプの山岳氷河と言えます。かつて、私が山岳スキーにハマっていた頃に、欧州好きな仲間が「この氷河の上を滑ってみたいんだ」と、地図を開いて見せてくれました。その時、地図上に白く長くのびた姿に俄然興味を感じたのです。未だに滑るプランは実現していないのですが、周辺をトレックするだけでも楽しそうです。超人気ゾーン「ユングフラウヨッホ」からのアレッチ氷河風景がよく紹介されますが、そこは氷河源頭部(谷の最上流部分)なので、あまり河らしく見えません。中流から下流部にあたるアレッチプラトーなら、氷河らしい姿を眺めて楽しめるはずです。

※アレッチ氷河は全長約23㎞のヨーロッパ最大の氷河。幅は平均で1.5㎞、氷の厚さは最大900m。最大200m/年の速さで源流から谷へ氷河が流れ落ちている。温暖化の影響で消滅の危機にあると言われる。

アレッチプラトーへはローヌ川の谷から1300m上がる必要がありますが、そこは伝統の観光国スイス、ゴンドラでワープして簡単にプラトーに上がることができます。3ヵ所ある拠点集落のうち、「リーダーアルプ」に宿がとれたので、そこをベースに歩き回ることにしました。スイスの地図には、ハイキングトレイルが赤線で網の目のように記されて無限に歩き放題ですが、このプラトーにも多くのトレイルがありました。

黒い太線が「グレイシャートレイル」

アレッチプラトーの最高峰は「エッギスホルン」(標高約2926m)です。そこへ向けて「ユネスコハイトレイル」という縦走路があり、このトレイルなら氷河ビューを楽しめそうです。出発地までゴンドラに乗ってイージーに到着。ところが!上がってみたら予報では晴れているはずなのに、稜線をガスが流れています。頂上部を雲が覆って、道には雪も残っていました。寒気が流入したようで、まあアルプスではよくあることです。氷河が見えなければ意味がありません。そこで、山腹を氷河と並行してトラバース気味に進む「グレイシャートレイル」へ、急遽ルート変更しました。ピークを踏めないのは残念ですが、氷河観察にはむしろ最適のルートです。

眼前に氷河が迫る!
グレイシャートレイル

スタートするとすぐに、雄大な氷河が圧倒的に迫ってきました。歩いても歩いてもひたすら大氷河が続きます。アルプス各地で氷河を見たり、時にはスキーで滑ったりしてきましたが、ここは本当に大河といった趣です。トレイルから氷河までかなりの高度差があるのですが、すぐそこにあるようです。大きさのスケール感覚がマヒしてしまって、例えるのが難しい広さです。その巨大さに圧倒されっぱなしのまま、歩き続けました。そんな斜面にも時折羊が休んでいるのがアルプスならではの光景です。

右奥の山が「マッターホルン」(標高4478m)

そして、ふと下流の方向を眺めると、おお!マッターホルンが見えます。ツェルマットからと違って、やや遠め、富士山でいえば八ヶ岳くらいから見ているような距離感でした。

左奥の山が「アレッチホルン」(標高4193m)

感動しながら進むうちに、遠方の見え方が少しずつ変わっていきます。上流彼方に氷河源頭が望めるようになり、名前のもとになった「アレッチホルン」も見えてきました。

池塘(ちとう:湿原や泥炭地にある池沼)から望む「メンヒ」

その近くの山々も「メンヒ」(標高4107m)、「アイガー」(標高3970m)といった有名どころだなと山名が判ってくるとうれしくなります。トレイルはエッギスホルン東側の湖沼地帯の平まで達してゴール。その周辺も氷河に磨かれたツルツル岩があったり、氷河まで下れる道があったりで、堪能できました。

氷河に磨かれたツルツルな表面の岩。

恐怖の吊り橋と
アレッチの森

翌日は、アレッチ氷河末端部へのトレックです。「ウンターアレッチウェッグ」(アレッチ下流の小径)を進みました。下流は氷が消え、かつて氷河が削り込んだ目もくらむような深い谷になっています。豪壮な岩壁が続くはるか下に渓流が見えます。

そこに巨大な吊り橋がかかっていて、恐怖で足がすくみました。心落ち着かせ、勇気を振り絞って渡りましたが、アレッチ谷の強烈さが際立って感じられる場所でした。

アレッチの森から見える氷河。

そんな巨大スケールの道行きでしたが、心癒される場所もありました。氷河谷の斜面一帯がアレッチヴァルト(アレッチの森)という緑の森になったのです。カラマツやゴヨウマツの樹林を前景に、氷河の白と懸崖の土色がいい感じでした。木陰も作る森にはホッとさせられます。この森は世界遺産の保護区域。氷河や牧場風景ばかりに喜んでいる日本人があまり注目しないフツウの自然林こそ、スイスの人々には貴重な場所なのでありました。

●「グレイシャートレイル」ルート例
(ゴンドラのベットマーグラート駅から、エッギンスホルン東側の湖沼地帯まで)
距離:約6km
時間:約2時間半
標高:2000m前後

アレッチプラトー全体図

●アレッチプラトーへのアクセス例

チューリッヒ空港
↓ 徒歩
チューリッヒ空港(Zürich Flughafen)駅
↓ スイス国鉄SBB(IC:特急列車)
ブリーク(Brig Bahnhofplatz)駅
↓ スイス国鉄SBB(R:各駅停車)
メーレル(Mörel)駅
↓ ゴンドラ
リーダーメーレル(Ried Mörel)駅
↓ ゴンドラ
リーダーアルプ(Riederalp)駅

玉置 哲広 (たまき・てつひろ)
広島県出身でカープファン。大学時代に登山を始め、板橋勤労者山岳会に所属して、広く内外の山に登っている。高校の地理教師をしていた。モノ好きで蒐集癖があり、様々な文化に首を突っ込むが、ヘタの横好き。愛読書は地図帳と山の歌本。